これまでのあらすじ

 信一郎と理香は小学生と0歳児の子どもを持つ夫婦。第二子の長女誕生と、長男の中学進学問題で、教育費の負担が気になり始めた。自分たち家族の人生に必要なお金について、話し合い始めた二人は、毎週金曜夜にマネー会議をすることに。信一郎の友人、工藤の助けで、投資信託の選び方の基本を教わった。さらなる知識を得るべく、動画を見ることにした二人は…。

「遅すぎた」でなく「間に合った」と考える

 分かりやすくてためになる投資動画をお互い一つ探してくること。

 そんな宿題をお互いに出し合った信一郎と理香の夫婦は、「テレビにつないで大画面でいっしょに見よう」という信一郎の提案で、スマホとノートPCを手にソファに座った。お互いの画面をのぞき込む。

「私、一つに絞れなくて、二つになっちゃった」

「僕は、株式投資じゃなくて資産形成がテーマの動画でいいのを見つけたんだ。僕のから見たほうが勉強になると思うよ」

 

 まずは信一郎のノートPCをテレビ画面につなぐ。いきなり大音量で動画が始まり、理香が慌てて音量を落とした。ふだん、「テレビ画面でゲームしたり、動画を見ちゃダメ」と健に言い渡しているだけに、健が起きてきたらメンドウなことになりそうだ。

 男性と女性が登場し、女性が男性に質問する、という形式の動画が始まった。資産形成の相談を多く受けているコンサルタントが、聞き手の女性からの質問に答えていく。

「どんな方が相談に来られるのですか?」

「60歳で定年を迎えて、退職金を手にしたご夫婦が、今後の御相談に見えることが多いです。ただ、できるならば、30~40代くらいで、お仕事や育児がお忙しい方にぜひ来ていただきたい」

 男性は冷静にそう答え、信一郎と理香は顔を見合わせた。

「ズバリ、私たちの世代じゃない?」

「定年してからじゃやっぱり遅いのか?」

 資産形成は早く始めれば始めるほど複利効果があり、リターンが期待できる。ただ、株や投資信託を選んだり、保険とのバランスを考えたり、住宅ローンについて考えるなど、お金の問題はとかく難解で、知識も時間も膨大にかかる。仕事や育児に忙しい40代はそこに時間をかけられないことが多いが、年を取ってからは、時間が確保できても、今度は理解がついていかない。

 30~40代こそ、資産形成の相談をアウトソーシングして、その分空いた時間を仕事や家族と過ごす時間に使ってほしい。メガネのコンサルタントはそう続け、信一郎と理香はため息をついた。

「まさにそのとおりだな」

「そうよね…。自分たちだけでやろうとしても、もうすでに行き詰まっているもん…」

 保険や年金が充実していないアメリカでは、若いうちから資産形成に着手する人々が多く、そうした層が経済を活性化させる原動力の一つにもなっている、というくだりで、「アメリカじゃお金持ちじゃなくても投資するんだよね…」と理香がポツリと感想を漏らす。

「お金持ちじゃない人のほうが大事なんじゃないかな。富裕層って言われる人たちは、投資で利益を出さなくても、現金や不動産だけで余裕で生きていけると思う。僕たちみたいな中間層のほうが、運用する人としない人で、老後に大きな差が出るって僕が読んだ本に書いてあった」

「なんか…私たち、資産形成を始めるのが遅すぎたかもって思ってたけど、今は、間に合ったっていう実感がスゴイわ。勇気が湧くわね」

「そうだね。保険とか家とか、そういうことも総合的に考えて計画しないと、何かしら抜け漏れが出そうだ」

 早く気付いてよかった、と二人はうなずきあった。

「僕は、やっぱり小遣い制でいいよ。お金は全部一元管理しよう」

「いや、別に小遣い制じゃなくてもいいから、お互いに収支を共有して、お金の流れを透明化するだけでいいわよ。毎週金曜のマネー会議で反省会をして、使い過ぎとか、不要な支出を控えるように注意しあおうよ」

 私とシンちゃんだと性格も視点も違うから、別行動でも分散投資になっていいんじゃない?

 理香はそういうと、今度は自分のスマホをテレビにつないだ。

「私はだいたい固まってきた。マイケルにも話を聞いてもらったんだけど、全世界を対象としている投資信託に6割、将来の成長を期待して新興国に2割、自分の理解のために日本に2割、っていう割合でどうかな」

 月に3,000円ずつ、合計1万円弱からまず始めて、感じがつかめてきたら、月々の積み立て額を増やすつもり、と理香は一つの動画を再生し始めた。

「このYouTuberさんは主婦なんだけど、投資信託に詳しくて、何本か動画を見た中で一番納得できたのよ」

 猫のイラストで顔を隠した女性YouTuberが、円グラフや折れ線グラフを使いながら、投資信託について丁寧な説明をテンポよくしゃべっていく動画を二人で見入る。15分もかからずに動画は終わったが、端的な解説はかえってすっきりと二人の頭に収まった。

「僕は、やっぱり、取引先の医療系A社の株と、もう一つ食品系B社の株を1万5,000円ずつ買ってみる。株主優待欲しいって言ってたでしょ、B社は年に1回、自社製品の缶詰とか食品を送ってくれるらしいよ」

「え! ほんと!? やったぁ!」

 理香は手をたたいて喜んだ。

「ただし、100株以上保有していることっていう条件が付くから、今すぐには株主優待は受けられないと思うけれど、まあコツコツやってみるよ」

「楽しみにしてるわね」

 今後の金曜マネー会議では、投資の結果を報告しあい、保険や住宅、お互いのおこづかいの使い道などについても話し合おう。そう提案しながら、理香は、明日から毎朝、カフェでコーヒーを買うのはやめよう、と心に誓った。家からマグボトルで持っていけば経費節約になるし、そのほうがよっぽどおいしい。

 傍らでは信一郎が、新しく買おうと思っていたパターを、こっそりネットショップのカートから消していた。グリーンに乗ってからのミスが多いのは、パターが古いせいではなく自分がヘタなせいなのだから、新しいパターは必要ない。

「今後、最終的な目標額とかも決めていきたいわね」

「ひとまずは健が中学受験するかどうかで、今後の資金を具体的に計算してみよう」

 お互いに見つけた動画をおススメしあっているうちに、信一郎と理香は、昔二人でハマった海外ドラマを見始めてしまった。藤元家のリビングから明かりが消えたのは、それからたっぷり1時間近く後のことだった。

<3-1>値動き、毎日見なきゃ気がすまない!

 

 

 

 

身近な銘柄から始めること

 投資をする上で、身近な会社の株式を少し買ってみるというのも、投資について理解を深める良い方法です。

 例えば、信一郎&理香夫婦のように、日ごろから頻繁に利用するサービスを提供している企業や、自分自身がよく知っている企業の株を買うとします。その銘柄が「優待銘柄」だった場合、優待が発生する株数を保有すれば、配当金や優待券などの「優待品」が株主に送られてきます。さらに、条件を満たしていれば、株主総会への出席案内が送られてくる場合もあります。

 株式会社というのは、広く株主から集めたお金で新しい設備やサービスを開発し、それによって得る利益でさらに成長をし、それが株価の上昇につながっていきます。

 例えば東京ディズニーランドの歴史を見ると、常に新しいアトラクションを開発し、サービスを向上させ、新たにディスニーシーを作ったりしながら利益を積み上げ、株価を上昇させてきました。

 私たちはディズニーランドに行くことで、チケット代を払い、運営会社であるオリエンタルランドを応援していることになりますし、同時に株主になることによっても応援ができ、その会社が成長を続ける限りは経済的なリターンももらえます。

 この構図というのは、座学だけで理解するのは難しく、NISA(ニーサ:少額投資非課税制度)口座など、国が用意している税制優遇がある制度を使いながら、株式や投資信託を購入することで、より投資が身近なものになっていきます。

 まずは「習うより慣れろ」です。信一郎&理香夫婦のように「まずは始めてみる」というのが、資産形成および投資の大事な第一歩です。

POINT

1 サービスを利用したり商品を購入することは、間接的に企業を応援していることになる

2 一歩踏み出し、その企業の株に投資することで、直接的に企業を応援することになる

3 投資に「まだ早い」はない。少額でも、まずは始めることが重要。

中桐 啓貴
(なかぎり ひろき)

IFA法人GAIA代表 ファイナンシャルプランナー
山一證券、メリルリンチ日本証券を経て米国でMBA取得。米国のファイナンシャル・アドバイザーが長期的に顧客に寄り添う姿に感銘を受け2006 年GAIA創業。価値観を重視したヒアリング型の資産運用コンサルティングを提供している。

値動き、毎日見なきゃ気がすまない!<3-1>夫婦、暴落を経験する