今日は、投機筋の動き、裁定残の読み方を解説します。中上級者向けの内容ですが、なるべく初心者でもわかるように書きますので、初心者の方にも読んでいただきたいと思います。

日本株を動かす外国人の先物売買

 本欄で繰り返しお伝えしている通り、日本株を動かしているのは外国人投資家です。外国人が買い越す月は日経平均株価が上昇し、外国人が売り越す月は日経平均が下落する傾向が30年以上、続いています。

日経平均と外国人の売買動向(買越または売越額、株式現物と先物の合計):2022年1月4日~2023年8月8日(外国人売買動向は2023年7月28日まで)

出所:東京証券取引所データ、QUICKより楽天証券経済研究所が作成

 中でも、外国人投機筋による株価指数先物(日経平均先物・TOPIX[東証株価指数]先物など)の売買は大きな影響力を持っています。2020年2~3月コロナ・ショック時に日経平均を暴落させたのは、外国人の先物売りです。

 その後の急反発を主導しているのは、外国人の先物買いです。最近の日経平均の上昇下落を先導しているのも、外国人を中心とした投機筋の先物売買です。

 その動きをくっきりと表しているのが、裁定売り残高・裁定買い残高の変化です。詳しく説明すると難解になるので、説明は割愛して結論だけ述べます。

 東京証券取引所が発表している「裁定買い残」の変化に、投機筋(主に外国人)の日経平均先物「買い建て」の変化が表れます。外国人の先物買い建てが増えると裁定買い残が増え、買い建てが減ると裁定買い残が減ります。

 また、「裁定売り残」の変化には、投機筋(主に外国人)の日経平均先物「売り建て(空売り)」の変化が表れます。売り建てが増えると裁定売り残が増え、売り建てが減ると裁定売り残が減ります。

2021年7月以降の日経平均の動きと、投機筋の先物売買

 2021年から2022年にかけて、日経平均は狭いレンジのボックス圏で推移していました。ボックス圏の中で、上昇と下降を繰り返していました。2023年に入ると、ボックスを上放れして、大きく上昇しました。その動きを主導しているのは、投機筋の先物売買です。

日経平均と裁定売り残・買い残の推移:2021年7月4日~2023年8月8日(裁定売買残高は7月28日まで)

出所:QUICK・東京証券取引所データより楽天証券経済研究所が作成

 日経平均の上昇下落に合わせて、裁定買い残高が増加減少を繰り返していることがわかると思います。先物買い建ての増加減少が、日経平均の上昇下落を主導していることがわかります。

 また、裁定売り残は、買い残に比べると水準が低いものの、裁定売り残が増える時に日経平均が下落、裁定売り残が減る時に日経平均が上昇していることが多いこともわかります。

 2021年7月以降、現在まで、日経平均の動きは主に裁定残高の変化で説明できます。

【1】日経平均、2021年8月30日から9月14日にかけての上昇

 2021年8月30日から9月14日にかけて日経平均は急騰し、9月14日に2021年の高値3万670円をつけました(2021年の日経平均チャートで赤の上向き矢印をつけたところ)。ここでは、裁定買い残高が大きく上昇しています。

 外国人の投機筋が、日経平均先物の買い建てを増やしたことがわかります。つまり、外国人投機筋の先物買いによって日経平均が急騰して高値をつけたことがわかります。

【2】日経平均、2021年10~11月の下落

 2021年10~11月に日経平均は下落しています。その間、裁定買い残高が大きく減少しています。外国人投機筋が、日経平均先物の買い建てを減らしたと考えられます。つまり、外国人の先物売りによって、日経平均が下落したと言えます。

【3】2022年の日経平均

 1月から9月くらいまで、裁定買い残高が増えると日経平均が上昇し、裁定買い残高が減ると日経平均が下落していることが、わかります。投機筋が日経平均先物の買い建てを増やしたり減らしたりするのに応じて、日経平均が上昇下落していることがわかります。

 2022年10-12月は、裁定売り残高の変化も影響しています。裁定売り残高が増えると、日経平均が下落して、裁定売り残高が減ると、日経平均が上昇していることがわかります。投機筋が日経平均先物の空売りを増やしたり、減らしたりしている影響が出ていると、考えられます。

【4】2023年の日経平均

 4月から6月にかけて裁定買い残が増え、売り残が減る時に、日経平均が急騰しています。6月後半以降、裁定買い残が減る中で、日経平均は反落しています。

 少し説明が難しかったかもしれません。結論だけ理解してください。結論は、「日経平均の短期的な値動きは、投機筋、主に外国人の日経平均先物売買が先導している」ということです。

2018年から2021年までの投機筋の売買を読み解く

 投機筋が日経平均を動かしてきていることを、2018年から2021年までの裁定残高の増減で見てみましょう。

日経平均と裁定売り残・買い残の推移:2018年1月4日~2021年12月30日

出所:QUICK・東京証券取引所データより楽天証券経済研究所が作成

 上のグラフの見方がわかって説明できるようになれば、投機筋の動き、裁定残の読み方は完璧です。以下、2018年以降の動きを説明します。

【1】裁定買い残高が高水準だった2018年

 上のグラフを見ていただくとわかる通り、裁定買い残高は、2018年初には3.4兆円もありました。この時は、「世界まるごと好景気」と言って良い状況でした。したがって、投機筋は世界景気敏感株である日本株に強気で、日経平均先物の買い建てを大量に保有していていました。

 ところが、2018年10月以降、世界景気は悪化しました。投機筋は、日経平均先物を売って、買い建てをどんどん減らしていきました。

【2】売り残を積み上げた後、踏み上げが起きた2019年

 2019年には製造業を中心に中国や日本の景気が悪化しました。それを受けて、投機筋は日経平均先物の売り建てを増やしました。そのため、裁定売り残は一時2兆円まで拡大しました。

 ところが、2019年10月以降、世界景気回復期待が高まって世界的に株が上昇するとともに日経平均が上昇する中で、踏み上げ【注】が起こりました。日経平均先物を売り建てていた投機筋は、損失拡大を防ぐための、先物買い戻しを迫られました。その結果、裁定売り残が減少しました。

 ここで「踏み上げ」という相場の専門用語を使いましたので、説明をつけます。

【注】踏み上げ
日経平均が下落すると予想して日経平均先物の売り建てを積み上げていた投機筋(主に外国人)が、日経平均がどんどん上昇していく中で、損失拡大を防ぐために日経平均先物の買い戻しを迫られること。

【3】コロナ・ショックで売り残が再び急増、その後踏み上げで減少に向かった2020年

 2020年、コロナ・ショックで日経平均が暴落した2~3月、投機筋は再び日経平均先物売り建てを増やしました。裁定売り残は一時2兆6千億円近くまで増加しました。ところが、その直後から、世界的な金融緩和と景気回復を受けて日経平均は急騰、ここでも先物の踏み上げが起こりました。

【4】裁定買い残の増減にしたがって日経平均が上下した2021年

 裁定売り残は2021年になると低水準となりました。コロナからの世界景気の回復が鮮明となったので、日経平均先物をあえて売り建てしようとする投機筋はほとんどいなくなりました。

 2021年は、日経平均は、先物の買い建ての増減にしたがって、上下する動きとなりました。投機筋が先物を買い建てる時に裁定買い残が増加し、日経平均は上昇しています。

 しかし、継続的な上昇は見込めず、投機筋が先物の買い建てを閉じる時に、裁定買い残が減少し、日経平均は下落しています。投機筋が日本株に強気になったり弱気になったりを繰り返していることがわかります。日本株について外国人の投資スタンスが定まらない状況が続きました。

2023年8月の裁定残高の意味

 7月28日時点で、裁定売り残は1,387億円、裁定買い残は1兆127億円あります。売り残高は低水準です。日経平均先物を空売りしている投機筋はほとんどいないと考えられます。裁定買い残高は1兆円ありますが、1兆円くらいあるのが普通なので、特に大きいということはありません。

 相場が過熱している時には裁定買い残高が3兆円くらいに増えたこともあります。投機筋の先物ポジションは、特に買いも売りも大きいということはありません。特に、警戒シグナルも売られ過ぎのシグナルも出ていません。

 裁定残高からわかることは、それだけです。日経平均の先行きを判断するためには、ファンダメンタルズ(景気・企業業績)の変化と、投機筋の動きを両方見ていく必要があります。

 日本株の投資判断として、結論はいつも述べていることと変わりません。日本株は割安で、長期的に良い買い場と判断していますが、短期的には急落・急騰を繰り返す可能性もあるので、時間分散しながら、少しずつ割安な日本株を買い増ししていくことが、長期的な資産形成に寄与すると判断しています。

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