これまでのあらすじ

 信一郎と理香は小学生と0歳児の子どもを持つ夫婦。第二子の長女誕生と、長男の中学進学問題で、教育費の負担が気になり始めた。自分たち家族の人生に必要なお金について、話し合い始めた二人は、毎週金曜夜にマネー会議をすることに。無事ネット証券の口座を開設できたのだが、投資信託の種類の多さに頭を抱えてしまい…。

似たような名前の投資信託、どうやって選べばいい?

「理香さんはつみたてNISAにして正解だったかもと思うよ」

 国内大手金融機関に勤める工藤は、チェス友の藤元信一郎とオンラインチェスの約束をしていた。

 土曜日の午後、「今日こそ圧勝してやろう」とやる気満々でパソコンの前に座った工藤は、「勝負の前に一つ相談に乗ってほしいんだけど…」と切り出されてうなずいた。

 先週あたりから、なんだかんだと資産形成周りの相談をしてきた信一郎に、「そろそろ次の質問が来る頃かなと思った」というと、「お見通しですね」という返事が返ってきた。画面を見せながら話したほうが早い、と上にオンライン会議を立ち上げ、画面越しに顔が見える状況で、二人は話し始めた。

「投資信託って何を基準にどうやって選べばいいんです?」

「日本には、約6,000銘柄の投資信託があるんだけど」

 工藤がそう話し始めると、画面外から「ろ、6,000?」という小さな悲鳴が聞こえ、工藤はクスリと笑った。

「理香さんもいるの? 久しぶり」

「こんにちは。よろしくお願いします」

 画面の隅っこから、信一郎の妻、理香がひょっこりと顔を出す。

 

 まずは夫婦で違うタイプのNISAを始めることにした、という話を聞き、納得した工藤は、慎重派の信一郎がじゃんけんで成長投資枠のNISAを勝ち取ったと聞いて、だいたいの裏事情や信一郎の狙いを察した。

 工藤と信一郎は大学の先輩後輩の間柄で、工藤家と藤元家は家族ぐるみの付き合いがあり、妻の理香とも飲み会や食事会などで何度か顔を合わせている。工藤が知る理香は、楽観的でポジティブな明るい女性だが、猪突猛進型であることも信一郎から聞いていた。

 その勢いで信一郎の尻を叩き、その日のうちに口座開設させたと聞いて、「それはすごい、さすがは理香さん」と大いに褒めると、不安そうだった理香の顔がみるみる明るくなった。

「確かに分かりにくいよな、実際、似たような値動きをする投資信託はたくさんあるし。でも全部に目を通す必要はないよ。つみたてNISAでは購入できる投資信託は限られているんだ」

「へえ、そうなんですね…」

 つみたてNISA口座で購入できるのは年間40万円まで。12カ月で割ると月々3万3,333円までが上限となる。つみたてNISAで購入できるのは投資信託のみ。しかも、つみたてNISAの対象商品は国が定めた基準を満たした、200弱の投資信託のみであることを説明すると、理香と信一郎の表情はぐんと明るくなった。

「だいぶ減ったけど、それでもまだ200本近くもあるんですね…」

 みんなどうやって投資信託を選んでるのかしら…と理香は首をかしげる。

「目論見書っていうのを見てみたんですけど、何が書いてあるのか、目がすべって全く頭に入ってこなくって…」

「理香さん、言いにくいなら具体的な金額を言わなくてもいいけど、毎月いくらぐらい出せそう?」

 工藤は改めて一番重要な質問をしてみた。

「毎月どれくらい投資に回せそうか、まずそれを決めよう」

 生活が苦しくなるほど突っ込んじゃダメだよ、と念を押しておく。

「毎月…」うーんと理香は考え込む。

「1万円や2万円くらいじゃ意味ないですよね」

「そんなことない。500円や1,000円ずつ積み立ててる人もたくさんいるよ。自分の小遣いとか、毎月の予算で、長く続けられる金額を設定することが大事だよ」

「長く…。長期投資っていうやつですね」

「それそれ。理香さん、だいぶ勉強したでしょう」

「はい」理香が笑う。

「契約してるけど、ほとんど行けていないジムを解約して、ビールを発泡酒に変えたら、毎月1万円くらいは確実に出せそう…」

 横にいる信一郎がうへ、という顔をする。

「発泡酒は別にいいんじゃない?」

「値段が全然違うんだから。それにプリン体や糖質も減るのよ。私は前からアリだと思ってた」

「む…」

 画面上の夫婦の駆け引きに工藤は笑いをこらえてつづけた。

「ネット証券で開設したんでしょ。一回決めたら変えられないわけじゃないし、変えたくなったら商品も金額も割合も、いつでもネット上で変えられるよ。まずは無理のない金額で、三つくらい投資信託を選んでみたらどうだろう」

「長期分散投資ですね」

 信一郎がうなずく。

「そうそう。銘柄はぶっちゃけ、つみたてNISAで選ぶなら、めちゃくちゃ危なっかしい銘柄はそんなに多くないと思う。日本国内に投資するもの、海外に投資するもの、っていうのは、銘柄名に入っていると思うからいくつか見てみようか」

 画面が投資信託を選べる画面に切り替わった。工藤が画面共有してくれたのだ。

「目論見書を読み込むのが苦手なら、まずは銘柄名を見るといいよ。銘柄名の中に、全世界、全米、新興国、日本除く、とかのワードが入ってる銘柄があるでしょう。それが、投資信託の投資先」

 コロナ禍のときはだいぶ値段も下がったけど、今は比較的景気もよくなってきているから、自分が信用できたり、応援したい国やエリアで銘柄を選ぶといいよ。工藤はそう言いながら、ざーっと画面をスライドさせながら、いくつかの銘柄を見せていった。

「そして、投資信託選びで大事なのは、手数料を見ること」、と工藤は口調を強めた。

「手数料がかかるんですか?」

「そう。選ぶときの大きな基準になるから覚えておいたほうがいいよ」

 工藤は一つの投資信託の説明書に画面を切り替え、マウスでポイントを示しながら説明を開始した。

12.投資信託には、買うとき、保有しているとき、売るときに手数料がかかる。
13.保有している期間中にかかる手数料=信託報酬が高いものは避ける

 信一郎のノートには、さらに二つの重要ポイントが追加された。理香が赤で星印を付ける。

 工藤の解説は10分程度で終わり、満足げな理香は、何度も手を振って画面から消えた。

 コーヒーを淹れるいいにおいが漂ってくる。お疲れ様、と前に置かれたマグカップを手にとり、信一郎はコーヒーをすすった。

「どうだった?」

「コテンパンに負けた。今日は全然調子が出なくて」

 質問の後、チェスを終えて、自室から出てきた信一郎は頭をかきながらソファに身を投げた。

「事前の質問大会で体力も頭も使い果たしちゃったのかもね」と理香が笑う。

「でも勉強になったわ、私はもう[ありがとう]しかない。工藤さんって、説明も上手で、さすがね」

「あんなこと、ホントは無料で教えてもらっちゃいけないのかもしれないな」

「確かに。工藤さんがお勤めの証券会社じゃないのに、スゴイ親切に教えてくれて悪い気がしてきた」

と理香がうなずく。

「セミナーとか説明会とか、探してみようか。やっぱりプロに聞くのが一番だな」

「え、もっと勉強してからじゃないとセミナーとか行っても分かんないかもよ。YouTubeで投資の動画探してみない? 証券会社が出してる動画とかもあるかもしれないし。来週は何か、短めの投資動画を見てみようよ」

 理香はそういうと、クッキーを一つ口に入れた。

「いいアイデアだな。お互い、お勧めの動画を一つずつ探してこよう。僕は株式投資関係の動画を探してくるから、理香は投資信託関係の動画を探してきてよ」

「OK」

 YouTubeのゲーム攻略を見ながら、ゲームの難所に挑戦している健を見て、信一郎は便利な時代になったもんだとしみじみため息をついた。知りたいことはいくらでも情報が転がっている時代だ。手探りでも、一歩ずつでも前に進んでみよう。しばらくして知識がついてきたら、二人でセミナーにも行ってみたい。理香と二人で出かけるのもたまにはいいかもしれない。信一郎は疲れた頭をリフレッシュすべく、普段はあまり口にしないクッキーに手を伸ばした。

<2-5>投資が、仕事をがんばる理由の一つになる