投資判断を「買い」へ引き上げ

 中部電力(9502)(株価1,729円)の投資判断を、Hold(保有継続)からBuy(買い)に引き上げます。2022年5月10日の終値で1,345円をつけたのを受け、11日に同社投資判断をAvoid(見送り)からHold(保有継続)へ引き上げましたが、それから1年2カ月を経て、買い判断へ引き上げます。

 2022年5月11日のレポートは、このレポート末尾の「著者おすすめのバックナンバー」よりお読みいただけます。

中部電力以外、買い推奨できない理由

 中部電力について書く前に、まず電力業界全体の投資の考え方を書きます。最初に私の気持ちから書かせてください。

 私は、ファンドマネージャー時代、日本の電力株が好きでした。世界トップクラスの送配電・発電技術を持ち、当時、大規模停電をほとんど起こさずに電力インフラを守っていたことを高く評価していました。将来は、非効率な電力インフラを持って苦しむ新興国に、電力インフラを輸出する輸出産業になると期待していました。日本人として誇りに思っていました。

 2011年の東日本大震災後の原子力発電(原発)事故で全て暗転しました。被災された方のことを思うと心が深く痛みます。電力技術の輸出も視野に入れて努力してきた電力産業の方々にとっても大変な惨事だったと思います。

 それ以降、電力株は私の投資対象から完全に外れました。私は2014年1月までファンドマネージャーを務め、2014年2月から楽天証券のストラテジストとなりましたが、電力株(原発非保有の九社)の投資判断はAvoidでした。

 2022年から、久々に電力株への投資を再開して良いと判断を変えました。その理由は二つあります。

【1】脱炭素で原発の果たす役割への期待が高まったこと
【2】安全管理技術が高まり、再稼働して良いと判断できる原発が出てきたこと(筆者の独自分析による判断、あくまでも私見)

 ところが、投資して良いと判断できるのは、中部電力しかありませんでした。非稼働原発を抱える負担から日本の電力各社の財務は痛み、中部電力以外は連結自己資本比率が10~20%程度に低下してしまったからです。連結自己資本比率31.9%(2023年3月末時点)と3割を超えているのは中部電力だけです。

過去2年、電力産業は巨額の赤字を計上

 あくまでも私見ですが、日本の政策当局が電力産業を大切に育てる政策を取ってこなかったことが、日本の電力株の財務を痛めてきました。

 エネルギー価格急騰によって、電力産業が巨額の赤字を計上することもその事例です。

電力九社、連結純利益:2022年3月期実績~2024年3月期予想

コード 銘柄名 2022年
3月期
2023年
3月期
2024年
3月期
会社予想
9501 東京電力HD 56 ▲ 1,236 非開示
9502 中部電力 ▲ 430 382 2,300
9503 関西電力 858 176 3,050
9504 中国電力 ▲ 397 ▲ 1,553 590
9505 北陸電力 ▲ 68 ▲ 884 200
9506 東北電力 ▲ 1,083 ▲ 1,275 非開示
9507 四国電力 ▲ 62 ▲ 228 285
9508 九州電力 68 ▲ 564 900
9509 北海道電力 68 ▲ 221 非開示
出所:各社決算資料、億円未満切り捨て

 日本以外の国々では、電力インフラを守るため、燃料価格が上昇した時は速やかに電力料金の引き上げを認め、電力産業の財務が痛まないようにしています。電力産業について独占によって過剰に利益をあげることがないように規制しつつ、燃料価格上昇で財務が痛むことも無いように管理するのが普通です。

 ところが、日本では、エネルギー価格が急騰すると電力産業が巨額の赤字を計上します。2023年3月期と2022年3月期、日本の電力各社は、エネルギー価格急騰によって業績が大幅に悪化しました。コストアップに、電力料金引き上げが追い付かなかったからです。

 日本にも「燃料調整費制度」があって、通常だと遅れて料金引き上げが実現し、次の期には「期ずれ」で大幅な黒字をあげて利益を取り返すことができます。ところが、今回は利益を完全には取り戻すことができませんでした。その原因が二つあります。

 まず、個人向けの規制料金に上限価格があることがネックとなりました。上限を超えて燃料価格が高騰したため、料金に転嫁できずに、電力産業の負担となる部分が残りました。

 また、日本卸電力取引所での電気の市場価格が急騰したことも、電力各社の負担となりました。燃料調整費制度が、卸電力の高騰を考慮して調整される仕組みになっていなかったからです。規制緩和で新規参入した新電力は、このために破綻したところもありました。大手電力も大きな負担を強いられました。

 ただし、今期は、電力九社は軒並み、黒字転換する見通しです。電力料金の引き上げが通ってきた効果が出ます。上限価格の引き上げも一部認められ、燃料価格上昇による負担も減ります。中部電力の投資判断を「買い」に引き上げるのは、こうした環境変化によって業績が回復するからです。

 ただ、電力産業の財務を悪化させる根本問題は、未解決です。原発再稼働は見通せず、非稼働原発の負担は続きます。したがって、電力産業で買い推奨するのは、現時点では中部電力だけです。

中部電力は経常最高益を更新の見通し

 中部電力の2024年3月期会社予想は、経常利益2,800億円とし、2016年3月期の過去最高益(2,556億円)を更新する見通しです。

中部電力の連結営業収益・経常利益推移

出所:同社決算資料

 今期は、燃料調整費制度による期ずれ利益の計上があるため、そのまま実力値とは言えません。ただ、これでようやく正常に利益をあげていく一歩を踏み出したと言えます。

原発についての考え方

 電力株の投資判断をする際に避けて通れないのは、原発事業のリスクについて考えることです。

 再稼働できないまま原発を保有し続けるコストが高いこと、使用済み核燃料の最終処分方法が決まっていないことが、電力九社の投資にネガティブに働いています。

 今回、中部電力の投資判断を「買い」に引き上げるのは、私が考える原発再稼働の条件が一部整いつつあると考えるからです。

 原発事業についての私の考え方は、レポート末尾の、著者おすすめのバックナンバーに記載していますので、ご参照ください。

脱炭素の影響について

 日本だけでなく地球全体の未来を考える上で、再生可能エネルギーの利用拡大が必要です。二酸化炭素(CO2)排出の大きい電力産業にとって、脱炭素は大きなリスクと考えられています。私は、電力自由化を合理的に進めれば、電力産業の価値を高めつつ脱炭素を進めることが可能と判断しています。

 電力の安定供給を維持しつつ、出力が不安定な太陽光・風力発電の利用を拡大するためには、広域での電力需給調整が必須です。送配電事業を電力九社でばらばらにやっていては、それは不可能です。

 電力自由化で、発電事業と電力小売り事業の競争を促進することは必要ですが、送配電事業については、逆に、全国で1社または2社に統合する必要があります。

 その原理は、通信インフラの管理と同じです。短距離通信網(ラスト1マイル)は、NTT東日本と西日本の2社に支配させているために効率的管理が可能となっています。2社独占とする代わり、誰にも安価に通信網を使わせる義務を負わせることで、安価で効率的な通信網の恩恵を国民全体で受けられるようになっています。

 電力事業も、送配電事業を1社か2社に統合すれば、広域の需給調整が可能になるので、再生可能エネルギーを大量に受け入れる余地が出ます。欧州で再生可能エネルギーの利用拡大が急速に進んでいるのも、EU(欧州連合)各国による広域の需給調整が可能だからです。

 日本で、大手電力が再生可能エネルギーの出力が拡大した時に、買い取りを拒否する問題が起こるのは、広域の需給調整ができていないためです。

 電力自由化が、日本の電力インフラを強化し、脱炭素を促進する正しい方向で進むことを切に願っています。

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2022年5月11日:中部電力の投資判断をAvoid(見送り)からHold(保有継続)へ引き上げ