新興国・途上国の人口増加はあと60年続く

 日本、北米、欧州などの北半球の主要都市で、気温が極端に高くなっていると報じられています。以前の「「スーパーエルニーニョ」が世界と投資家を揺さぶる」で、今回のエルニーニョ現象が、冷夏ではなく記録的な酷暑をもたらす可能性があると書きましたが、現実のものとなりつつあります。

 こうした気象状況の際、筆者の周辺では生育期にある「穀物」がダメージを受ける可能性がある、という趣旨の話が持ち上がることがあります。足元の極端な気象が目先の穀物の生育、引いては穀物相場に影響を及ぼすのではないか、という話です。

 こうした話は多くが、生育悪化→今年の生産量減少懸念発生→短期的な穀物価格高騰という流れが発生するのか、という議論です。

 目下発生中のスーパーエルニーニョが穀物価格を急騰させるかどうかについては、上述のレポートの最後で述べたとおり、させるかもしれないし、させないかもしれない。そう考える理由は、この30~50年間で穀物相場を取り巻く環境が複雑化し、エルニーニョ=穀物相場急騰という方程式が成り立たない場合が頻出しているためです。

 今回のレポートでは、目先ではなく超長期視点で、穀物相場の動向を考えます。この30~50年、変動要因としてさほど想定されてこなかった事象が、穀物の価格を超長期視点で上昇させる可能性があると考えています。

 以下は、今回のレポートの重要な前提となる「人口」の推移です。IMF(国際通貨基金)が提唱する定義に従い、「先進国」と「新興国・途上国」の二つの推移を示しています。また、国連(国際連合)が公表した人口推移の予測(中程度)を加えて、2100年までの人口推移のイメージを示しました。

図:先進国および新興国・途上国の人口推移(予測は国連の中程度を参照) 単位:億人

出所:国際連合(国連)のデータおよびIMF(国際通貨基金)の資料をもとに筆者作成

 先進国(41の国・地域)の人口は2042年をピークに減少すると予想されています。一方、新興国・途上国(155の国・地域)の、大規模な人口増加は2088年まで(これから60年以上)続くと予想されています。

 ピークの2088年は、新興国・途上国の人口が約93億人、先進国が約10億人(減少中)ですので、地球上の10人中9人は、新興国・途上国に住んでいることになります。

※グラフ内の「IMF未分類」には、IMFに加盟していない北朝鮮やキューバなどが含まれている。

新興国・途上国の穀物の爆食は続いている

 本レポートで扱う穀物は、しばしば「世界三大穀物」と呼ばれる、トウモロコシ、米、そして小麦です。人類の主食になり得る、農産物の中でも貿易額が大きい、歴史的に人類を支えてきた、などが「世界三大穀物」たるゆえんです。

 先ほど、新興国・途上国で、超長期視点の「圧倒的な数の増加」が予想されていると述べました。

 このことは、肉や乳製品を獲得するために欠かせない「トウモロコシ」、世界各国で幅広く主食として愛用されている「米」や「小麦」といった、間接・直接に関わらず人類の胃袋事情に強く影響し得る穀物の、長期視点の需給動向や価格動向を考える上で欠かせない要因だと言えます。

 以下は、先進国と新興国・途上国の世界三大穀物の消費量の推移です。1960年ごろ、二つの消費量の差は2億トン弱(3億8,000万トン-1億9,000万トン)でしたが、新興国・途上国の消費量が長期的に急増し続けたことで、2023年には12億トン強(18億7,000万トン-6億3,000万トン)の差が生じるまでになりました。

図:世界三大穀物(トウモロコシ、米、小麦)の消費量 単位:百万トン

出所:USDA(米農務省)のデータおよびIMF(国際通貨基金)の資料をもとに筆者作成

 先進国の需要は徐々に頭打ちになっています。人口の増加傾向が緩やかになってきていること(2042年にピークをつけるとみられる。国連の中程度の予想)、高齢化が進んでいること(食が細くなっている人が増えていることが影響か)、菜食主義が徐々に拡大していることなど、大小さまざまな要因が考えられます。

 長期視点の人口増加が主因と見られる「新興国・途上国」の穀物需要の増加傾向が続けば、需給は引き締まり、穀物相場に上昇圧力(長期視点)がかかりやすくなると考えられます。

新興国・途上国の穀物需要が二倍に!?

 以下は、「人口」を考慮した世界三大穀物の消費量(人口一人あたりの消費量)の推移です。世界三大穀物の消費量(合計)を、先進国の人口(合計)、新興国・途上国の人口(合計)、それぞれで割った値です。

図:世界三大穀物(トウモロコシ、米、小麦)の一人あたり消費量 単位:キログラム

出所:USDA(米農務省)・国連(国際連合)のデータおよびIMF(国際通貨基金)の資料をもとに筆者作成

 筆者の推計によれば、先進国の一人あたりの消費量(トウモロコシ、米、小麦合計)は、年間およそ579キログラムです(2023年)。肉や乳製品など(家畜のエサとなり)間接的にトウモロコシを消費したり、米や小麦など直接的あるいは直接的に近いかたちで消費したりしたことを想定しています。一日あたりおよそ1.6キログラムです。

 このおよそ579キログラムは、新興国・途上国の2倍強です。新興国・途上国の食文化が先進国並みになった場合、新興国・途上国の穀物需要(合計)は2倍強に跳ね上がります。

 先述のとおり、人口急増の波が今後60年間は続く可能性があるため、食文化が完全に先進国並みにならなくても、新興国・途上国の穀物需要は増加し、穀物の需給構造をじわじわと引き締め方向に可能性があります。

「おいしいものを食べたい」「食べ続けたい」という、人類の根源的な欲求が絡んでいるため、いったん増加した需要は減少しにくい(需給引き締まりが長期化する可能性がある)と言えそうです。

 新興国・途上国が先進国のような食文化を目指さない場合はその限りではありませんが、「おいしい」を追求することは人間の性(さが)であるため、新興国・途上国は先進国の食文化を目指すと考えられます。

「人類が住まない地球がもう一つ」必要

「需要が急増するのであれば、それに見合うだけ供給を増やせばよい」と、誰しも考えると思いますが、実際のところ、そう簡単ではありません。以下は、世界三大穀物の収穫面積の推移です。

図:世界三大穀物(トウモロコシ、米、小麦)の収穫面積 単位:百万ヘクタール

出所:USDA(米農務省)のデータおよびIMF(国際通貨基金)の資料をもとに筆者作成

 近年、新興国・途上国の収穫面積は、増加しています。「この増加傾向を続ければよい」という声が聞こえてきそうですが、各種報道などを参考にすれば、この面積増加は森林伐採などの環境破壊によって実現したものであると、考えられます。

「望まれない収穫面積増加」が、長期化するとは考えにくいでしょう。森林が減少すれば、吸収できる大気中の二酸化炭素の量が減り、同時に大気中に排出される酸素の量が減少します。「焼き畑」によって畑の面積を拡大させた場合は、大気中に大量の二酸化炭素を排出してしまいます。

 森林伐採でも焼き畑でも、生態系を変化させてしまう可能性が高まります。環境問題解決を推進している先進国は、こうした手段による収穫面積の増加を認めないでしょう。

 社会や政治的な圧力により、新興国・途上国の収穫面積は今後、伸び悩む可能性があります。このため、新興国・途上国の需要は急増しても、それに見合うだけの供給を実現できない可能性があります(先進国の収穫面積はすでに横ばいになっている。増やさないのではなく、増やせない可能性がある)。

 作付面積や単収(単位面積当たりの収量)が今と変わらなければ、途方もない新興国・途上国の需要増加を満たすため、「人類が住まない地球がもう一つ」必要になる時がくるでしょう。

穀物価格は長期高止まりへ

 以下は、世界三大穀物の価格推移です。

図:世界三大穀物(トウモロコシ、米、小麦)の価格推移 単位:ドル/トン

出所:世界銀行にデータをもとに筆者作成

 1960年代から2020年代にかけて、穀物価格は二度、均衡点の大規模な変化(この場合は上昇)が起きました。新興国台頭による需要急拡大や、トウモロコシをバイオ燃料の原料とするとした政策的な需要増加などが、一因とみられます。

 本レポートで述べた「新興国・途上国」の人口急増期における食文化の発展(先進国化)、および収穫面積の増加の鈍化は将来、三度目の大規模な「均衡点の変化」を生じさせる要因になり得ると、筆者は考えています。

 これにより、先進国ではインフレ起因の政治混乱が慢性化したり、新興国・途上国ではインフレ起因の政情不安が頻発したりする可能性があり、注意が必要です。超長期視点の穀物価格の推移に、今後も要注目です。

[参考]穀物関連の具体的な投資商品例

国内株式・ETF

丸紅
農産物上場投資信託
穀物上場投資信託
小麦上場投資信託
とうもろこし上場投資信託
大豆上場投資信託

外国株式・ETN

ディアー
コルテバ
ニュートリエン
アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド
ブンゲ
ヴァンエック・アグリビジネスETF
インベスコDBアグリカルチャー・ファンド
iPath シリーズB ブルームバーグ穀物サブ指数 トータルリターンETN

商品先物

国内 トウモロコシ 大豆
海外 トウモロコシ 大豆 小麦 大豆粕 大豆油 もみ米
CFD トウモロコシ 大豆 小麦