3年半ぶりに訪れた中国大陸、ポストコロナとデジタル化を実感
6月下旬、約3年半ぶりに中国大陸の地に足を踏み入れ、1週間ほど滞在してきました。今年年初までの約3年間、中国は新型コロナウイルスの感染拡大を徹底的に封じ込めるための「ゼロコロナ」策を堅持していたわけで、仕事などで駐在するならともかく、出張ベースで中国を訪問することは、限定されたビザの発行、長期にわたる隔離といった意味で、なかなか難しいものがありました。
早速ですが、今回の出張を通じて実感したことを3点書き記しておきます。
一つ目に、「ゼロコロナ」政策の解除は確かであり、コロナ禍は過去の遺物と化し、時代はポストコロナに突入しているという点。出入国の際には「健康状態申告書」を電子版で記入する必要がありましたが(事前に記入しておくといい。5分くらいで済む)、空港、高速鉄道、スーパーマーケット、オフィスビルなどを含め、感染症対策が原因で制限されるという状況は見られず、自由に移動をすることができました。
二つ目に、電子化、自動化が一層進んでいた点。日本や、私が2018~2020年まで暮らした香港などと比べても、中国大陸のデジタル化は大規模かつ急ピッチで進んできました。1週間の滞在で、都市部、農村部を含め、一度も現金を見なかったのは衝撃でした。上海のコンビニで、百元札(約2,000円)を取り出し、使用しようとしたら、店員から「釣りがない」と言われ、追い返されてしまい、「付近で現金が使える店はないか」と聞くと、「おまえはいつの時代を生きているのだ」と言わんばかりの表情で無視される羽目でした。
三つ目に、経済がよくないという点。出張前に配信したレポートで扱ったように、中国経済を巡る主要統計は足元、軒並み低迷していますが、現地での視察や、政府、市場関係者との議論はそれらの数値を裏付ける結果となりました。中国政府も金融緩和や財政出動といった政策ツールを駆使していますが、投資や消費を含めた内的原動力に乏しく、外需も鈍化する中、景気が上向いてきません。インフラ投資と不動産市場に過度に依存してきた経済成長モデルの限界を垣間見た思いです。
中国第3の淡水湖「太湖」に面する浙江省湖州市で見た農村の今
今回の出張で是が非でも肌で感じてみたかったことがあります。2012年秋の第18回共産党大会で最高指導者に登り詰めた習近平総書記は、就任早々、当時約7,000万人いたとされる絶対的貧困人口をゼロにするという政策を掲げました。
その5年後、2017年秋の第19回党大会で、「郷村振興」と称し、発展の遅れた地域、特に農村部を振興させる政策を大々的に掲げたのです。習近平政権の特徴の一つは、2021年から本格的に打ち出している「共同富裕」政策にも表れているように、低所得者層の救済を通じて経済全体を底上げすること。
実際の現場はどうなっているのか。
今回、上海市から車で2時間ほど西に行ったところにある、浙江省湖州市の農村部を視察しました。そこまで有名なわけでも、発展しているわけでもない地域の農村部を見てみたかったという思いがありました。湖州市の2022年のGDP(国内総生産)は3,850億元で、浙江省内では第8位(1位の杭州市は1兆8,753億元)で中堅クラスと言えます。
日本円にすると7兆7,000億円くらいですから、日本の47都道府県で22位に位置する岡山県と同じくらい。浙江省全体だと7.77兆元(中国31の省・直轄市・自治区のうち第4位)、すなわち155兆円くらいで、東京都も上回ります。中国経済の規模感を感じさせる数字です。
湖州市は「太湖」という中国で3番目に大きい淡水湖に面しています(江蘇省蘇州市、無錫市なども面する)。その面積は2,250平方キロメートルですが、日本最大の琵琶湖が670平方キロメートルですから、その壮大さが伝わってきます。地元の住民に湖州の特徴を聞くと、とにかく「水」を指摘してきます。「水郷」といわれるほど水資源が豊富な地域で、湖畔だけでなく、農村部にも、それを生かした建物、施設、別荘地が並んでいました。
住民たちは、「湖州の税収が潤沢なのは太湖のおかげだ」と口をそろえていましたが、政府はこれらの資金の多くを、まさに習近平政権が掲げる「郷村振興」プロジェクトに投入していたのです。村の外観を良くするという観点から、古びたバラック小屋が次々に取り壊され、村民たちは政府が新たに造った公営住宅のような空間に暮らしていました。
古びた小屋から新築のマンションにタダで引っ越すことができ、かつ政府主導で進められた立ち退きに協力したということで、日本円で数百万円の「補助金」を得た農民は大いに喜び、政府を称賛していました。
一部住民(特に地元の富裕層)は立ち退きに協力せず、辺りには違和感を覚えるほどにポツンポツンと一軒家が散見されましたが、絶対多数の農民は、「郷村振興」政策の下で取られたこれらの措置に大満足で、「この農村で暮らすほぼ全ての家庭は住宅と自家用車を持っている」(農業を営む地元住民)と自慢していました。
地元政府からすれば、何か問題が起きれば暴れるリスクのある農村の住民たちを集合的に住まわすことで、村民の管理や治安の維持にとっても有利だと考えているようでした。
「中国は日本の[列島改造論]からの教訓を学んでいない」
街並みが改造されていく農村部には、太湖に面する市街地や、省都である杭州市へと続く道路が整備されていました。その脇には、きれいに整備された花壇が置かれ、脇にはランニング用の歩道や、水路の上に架けられた中国的な橋、住民が休息を取るための洒落たベンチ、子供が遊ぶ遊具や公園、エンターテインメントやスポーツ関連の施設も造られていました。街中には、「郷村振興」、「共同富裕」といったスローガンが掲げられ、これらの施設やインフラが、プロジェクトの一部として整備されている現状を物語っていました。
ただ気になることがありました。
これらのインフラや施設の使用者がほとんど見られなかったことです。北京へと続く大運河の横に新たに整備された道路でも、走っている自動車はほぼ皆無でした。この違和感を、政府との付き合いが緊密な地元の富裕層に当ててみると、「政府は非常に浪費的な投資をしている」と不満をあらわにしていました。別の実業家は、「日本の高度経済成長期に列島改造計画というものがあったと思うが、あの時のような改造計画が中国の地方や農村でも行われている。多くのインフラは無駄になる。日本の教訓を生かしていない」と指摘していました。
「ゼロコロナ」策が解除された後においても低迷する中国経済を刺激すべく、中央政府はマクロ政策の代名詞である「積極的な財政出動」を通じて、特に地方、農村部におけるインフラ投資で成長を支え、雇用を確保していきたいのでしょうが、前述したように、地方や農村部では相当な無駄、浪費につながっており、供給と需要とマッチしておらず、見せかけのパフォーマンスになっていると実感しました。
もちろん、浙江省湖州市における今回の視察だけを根拠に、中国経済の持続性、成長モデル、都市化といった大きなテーマを論じることはできません。中央政府がもくろんでいるように、発展の遅れた地域を振興させることで、不動産市場を含めた投資や消費を促すことにつながるのは事実でしょう。ただ、一筋縄ではいかない、相当な無理をしている、従来の成長モデルにも、低所得者層を喜ばせることに注力する経済政策にも限界があるのではないか、と感じさせられた、今回の中国出張でした。
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