深まる回復の遅れ、中国政府は景気支援に奔走
先週のレポートでPMI(製造業購買担当者景気指数)をケースに検証したように、中国経済がなかなか思うように回復してきません。この1週間では、9日に国家統計局が5月のPPI(生産者物価指数)とCPI(消費者物価指数)を発表しました。
PPIは前年同月比4.6%減、市場予想の4.3%減を上回る落ち込み様でした。需要不足が最大の原因です。一方のCPIは前年同月比0.2%増となり、前月の0.1%増からは伸びが加速。ただ、市場予想の0.3%増には届かず、政府が年間目標として掲げる3.0%増とはだいぶ開きがあるのが現状です。
この物価上昇率の低さから、市場関係者からは中国人民銀行(中銀)の利下げや追加の流動性供給を期待する声が上がってきました。6月13日、同行は、期間7日のリバースレポを2.0%から1.9%に引き下げ(2022年8月以来10カ月ぶり)、20億元を市場に供給しました。景気回復の遅れや需要不足といった足元の障壁を打破するための政策ツールと解釈できます。
この期間で言えば、6月8日に大手国有銀行が、12日に一部商業銀行が人民元預金の金利を引き下げてきました。生産、投資、消費を含めた需要回復に向けた措置だと見ることができます。このように、中国政府は景気回復の遅れという現状に向き合うべく、あらゆる政策ツールを使って景気を刺激、支援していく態勢を前面に打ち出しています。
本日(6月15日)、5月の工業生産、消費、投資といった統計が発表される予定ですが、私は極めて注目しています。前年同月比、前月比でどのような数字が出てくるか、見ものです。
李強首相が国務院常務会議で「ビジネス環境の最適化」を主張
6月2日、経済政策を統括する李強(リー・チャン)首相が月例の国務院常務会議を主催しました。議題となったのが「ビジネス環境を最適化するための仕事の進展状況と、これから重点的に取るべき措置」です。
上記とも関係しますが、新型コロナウイルスの感染拡大を徹底的に抑え込むことを目的とする「ゼロコロナ」政策が解除された一方、足元では解除後の第二波が押し寄せている。そんな中、景気回復のために企業をどう生かすべきかという中央政府の問題意識が、このテーマ設定から顕著に垣間見れますし、それだけ切羽詰まっているということでしょう。
李強首相は次のように指摘します。
「今年に入って、我が国の経済運営は良好な開局を実現してきたが、経済回復の基礎はいまだ安定しておらず、市場化、法治化、国際化に立脚したビジネス環境を作り上げることを重要視しなければならない。社会における期待値を安定させ、成長に向けた自信を鼓舞し、市場の活力を促すことで、経済運営を持続的に回復、好転させていく必要がある」
国務院の上層部や国家統計局などがこの期間公言してきた経済状況を巡る現状認識、見通しを踏襲するもので、何ら目新しい表現ではありません。中国のビジネス環境が「市場化」「法治化」「国際化」に基づいたものであるべきという点も、中国政府は繰り返し主張してきました。
要するに、中国のビジネス環境は、(1)市場原理で、(2)法律に基づいた、(3)国際標準に符合する、場であるべきだという立場です。言うまでもなく、中国政府が定義、実践する「市場」「法律」「標準」と、多くの日本企業や海外投資家が一般的に認知するそれらの間には少なからずギャップが存在しますから、そこの歩み寄りは容易ではありません。
ただ、少なくとも、巨大市場を抱える中国の為政者が、(1)~(3)の実現が必要であるという点に自覚的である、というのは歩み寄りの可能性が残されている、という意味で重要だと思っています。
注目すべき李強首相の「経済観」
李強首相は、政府の政策がどうあるべきか、企業にどう向き合うべきかについて、次のように語ります。
「とにかく問題解決に焦点を当てるべきだ。企業が反映する突出した問題に焦点を当て、企業が実際に有する需要から出発するのだ。市場参加の拡大、公平な競争の促進、知的財産の保護、統一的な巨大市場の建設といった面で、段階を踏みながらも、焦点を明確化した、実質的な価値が高い政策措置を加速的に打ち出していこう」
「ビジネス環境を巡る重点分野の改革を深化させることで、政策の有効性を確実に向上させるのだ。政府として民間に奉仕するのだというサービス精神を強化し、政策の実効性を高めると同時に、政策を実行する上での障害物も取り除こう。政策を地に足のついたものにし、企業が確かな納得感、獲得感を味わえるようにしていこう」
私が特に着目したのが「段階を踏みながらも~打ち出していこう」というフレーズです。浙江省という民間の商人が活気づき、自由に、伸び伸びと活動してきたことで経済が栄えた地域で長年働いてきた為政者・李強首相の「経済観」がにじみ出ていると解釈しました。
「段階を踏みながらも」という言葉には、市場動向、消費者・投資家心理というのは一筋縄では行かない、一気には動かせないという謙虚さと慎重さが、「焦点を明確化した、実質的な価値が高い」は、市場の論理やそこで動くプレイヤーのことを把握せず、独りよがりな政策を打ち出すようなことがあっては意味がないという経験値と政策観を表していると思います。
政府は企業に奉仕する身として、サービス精神を持ち、政策もただ発表、実行して終わりではなく、企業が政策から果実を得られていると思えるようにしっかりフォローアップしていこうという主張は、多くの市場関係者を勇気づける言葉だと理解しました。
私が本稿を通じて伝えたかったことをまとめると三つあります。
- 中国政府は景気が回復していない現状を懸念し、確かな手を打とうとしている
- 中国政府は「ビジネス環境の最適化」を一つの起爆剤に景気回復を狙っている
- 李強首相の「経済観」は地に足の着いたもので、市場関係者を勇気づけるものである
これらの3点はいずれも、中国経済、市場動向にとって追い風となるものです。問題は、それらが実際の景気回復につながり、国内外の市場関係者の中国経済への自信と期待値を回復させることができるかどうかに他なりません。動向を注意深く追っていきたいと思います。
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