※この記事は2019年8月23日に掲載されたものです。
前回の第8回では、コーヒー相場の急騰について書きました。今回は貴金属銘柄の一つ、「プラチナ」の急騰の噺です。プラチナは過去数回、価格が変動していますが、今回はリーマン・ショック直前の急騰について解説します。
※プラチナの生産、消費、輸出、輸入などの基礎的なデータは以前のレポート「コモディティ☆クイズ 今回のテーマは「プラチナ」!」 で確認することができます。
2000年から2008年半ばにかけて、プラチナ先物価格が急騰
図1は、米国の先物市場で取引されているプラチナ先物の価格です。プラチナ価格の国際的な指標の一つです。
2000年ごろからプラチナ先物価格は記録的な上昇トレンドに入りました。1トロイオンスあたり500ドル近辺だったプラチナ先物価格は、2008年初旬から半ば(リーマン・ショック直前)にかけて、その約4倍となる2,000ドル台に急騰。
図1を一目見て分かる通り、プラチナ価格の歴史に刻まれる大きな上昇となりました。
実は工業用途がメイン!プラチナは排ガス浄化の重要アイテム
プラチナの消費のメインは、宝飾向けでなく工業用です。特に、化石燃料を燃やすことで発生するエネルギーを動力源に変える「エンジン」から発生する有害な物資を浄化する部品に使われています。
プラチナは、自分の性質を変えずに相手の性質を変える「触媒」と呼ばれる性質を持っています。排ガス浄化装置内にある蜂の巣状の構造物の内側に蒸着されたプラチナが、その装置内を通る排ガス内に含まれる有害物質の多くを水と二酸化炭素に変えています。
そして、毒性が低下した排ガスがマフラーを通って排出されます。プラチナは、エンジンとマフラー(消音機)をつなぐ排ガスが通るパイプに設置される「排ガス浄化装置」を構成する重要な素材なのです。
よって、自動車など、エンジンを動力源とする乗り物や機器の生産台数が増加したり、一台当たりに使用されるプラチナの消費量が増加したりすれば、プラチナの消費が増え、相場に上昇圧力がかかると考えられます。
図2で分かる通り、2000~2008年半ばにかけて、排ガス浄化装置向けの消費(赤線)が急激に増加しています。消費全体の30~50%の消費を占める排ガス浄化装置向けの消費が増加し、プラチナ全体の消費量が増え、これが要因となり、プラチナ価格が上昇したと考えられます。
なぜこのタイミングで、排ガス浄化装置向けの消費が増加したのでしょうか?
欧州にディーゼル車ブーム到来!なぜ?
排ガス浄化装置向けの消費が増加した背景を知るには、世界のどの地域で排ガス浄化装置向けの消費が増加したのかを知ることが必要です。図3は、プラチナの地域別の排ガス浄化装置向け消費量を示したものです。
欧州※のプラチナ需要量が急激に上昇していることが分かります。プラチナ価格急上昇前の2000年は68万トロイオンスでしたが、最も同消費が多かった2006年は206万トロイオンスと、およそ4倍になりました。
※ここで言う欧州とはWPICが自身の統計でWestern Europeとしている、ドイツ、イタリア、フランス、英国、スペイン、ポルトガルなど合計17カ国のことです。
そして、プラチナ価格が大きく上昇した2000~2008年ごろ、図4(欧州の乗用車の新規登録台数の推移)で分かる通り、欧州のディーゼル車新規登録台数(図4内の赤実線)が急増。
そして、その新規登録台数に占めるディーゼル車(図4内のグレイ実線)は、20~40%台に急増しています。この期間、欧州でガソリン車からディーゼル車にシフトする動きが進んだことがわかります。
ディーゼル車の排ガス浄化装置には排ガスを浄化する触媒として主にプラチナが用いられていると言われています。ディーゼル車の登録台数の増加は、当該地域においてプラチナが重用されたことを示しています。
プラチナ価格が大きく上昇した2000~2008年ごろまで、欧州の乗用車の新規登録台数(図4内の青点線)は微減となりました(同時期の同地域の乗用車の生産台数も微減です)。
ディーゼル車はもともと環境規制に不向きとされていましたが、技術革新によって、クリーンなディーゼル車の製造が実現しました。
これにより、欧州では、ガソリン車よりもパワーが優れたディーゼル車へのシフトが加速しました。これが、欧州での排ガス浄化装置向けの消費増加の一因になったとみられます。
排ガス規制の強化も欧州のプラチナ消費増加の一因
また、欧州の排ガス規制の厳格化も、欧州の排ガス触媒向けの消費を増加させた可能性があります。
プラチナ価格の上昇が目立った、2000年代前半から2008年半ばごろは、1990年代前半から始まった欧州における排ガス規制の厳格化が段階的に始まった時期でした。排出基準量がどんどん制限され、欧州の各自動車メーカーはこの対応に追われました。
規制の厳格化は、より多くの有害物質を浄化するために排ガス浄化装置1個あたりに用いられるプラチナの量を増やし、欧州全体の排ガス浄化装置向けプラチナ消費量を、引いてはプラチナの全体の消費量を増加させ、プラチナ価格上昇の要因となったと考えられます。
上記の流れを「風が吹けば、桶屋が儲かる」に当てはめると、「環境意識が高まったら、プラチナ価格が急騰した」となります。
欧州の排ガス規制の厳格化を機に、欧州の自動車部品メーカー各社の間では、排ガス浄化装置の改良など、技術革新が飛躍的に進歩したと考えられます。
そして、排ガス浄化装置だけでなく、出力を維持したまま、排出される排ガスに含まれる有害物質を少なくする、エンジンそのものの改良も進んだとみられます。
厳格化していく排ガス規制への対応、そして研究開発費・人件費などの各種コストなど、さまざまな厳しい条件がのしかかった末に起きたのが、2015年10月に発覚したフォルクスワーゲン問題だと考えられます。
今回とりあげたプラチナ価格の上昇は、2000年代前半~2008年半ばに起きた価格変動であり、フォルクスワーゲン問題とはタイミングも背景も異なるため触れませんでしたが、次回以降、フォルクスワーゲン問題に端を発したプラチナ価格の変動の背景について、書きたいと思います。
本コンテンツは情報の提供を目的としており、投資その他の行動を勧誘する目的で、作成したものではありません。銘柄の選択、売買価格等の投資の最終決定は、お客様ご自身でご判断いただきますようお願いいたします。本コンテンツの情報は、弊社が信頼できると判断した情報源から入手したものですが、その情報源の確実性を保証したものではありません。本コンテンツの記載内容に関するご質問・ご照会等には一切お答え致しかねますので予めご了承お願い致します。また、本コンテンツの記載内容は、予告なしに変更することがあります。