希少資源・レアアース磁石技術の禁輸に踏み切る中国

 先週のレポート:中国がレアアース磁石を禁輸した「背景」には何があるか?では、昨年末、中国政府が「中国輸出禁止・輸出制限技術目録」のパブリックコメント(意見公募)向けの改定案を発表し、国家安全などを理由に、希少資源であるレアアースの輸出禁止に踏み切ろうとしているという現状、およびその背景を整理しました。

 スマートフォン、電気自動車(EV)、省エネ家電などに必要な高性能レアアース磁石の製造技術が禁輸されることは、日本企業のビジネス、日本経済、そして私たち国民の生活にも質的な影響が及びます。

 中国改革開放の総設計師と呼ばれた鄧小平氏は1992年、中国南部を視察した際、「中東には石油があるが、中国にはレアアースがある」と発言しましたが、当時から、中国は戦略的見地からこの希少資源を認識し、いかにしてそれを国益増強のために戦略利用するか考え、動いてきたということです。

「レアアースとは、再生不可能な戦略的資源」

 これが現在まで続く中国政府の公式見解にほかなりません。この立場に基づき、レアアースを国家戦略の観点から本格的に管理し始めた2010年代以降、中国は政策的、段階的にレアアースの生産量を減らし(全世界の生産量における中国の比重は、2015年の88%から2020年に58%へ削減)、輸出規制を強めてきたのです。

 昨今、日本では経済安全保障を巡る法整備や議論が急速に展開されていますが、お隣の中国では、経済と安全保障はとうの昔から切っても切り離せないものであり、弁証法的に相関関係を捉え、ルール、法律、戦略的次元から「中国式経済安保」を管理してきたと言えるでしょう。

キーワードで読み解く:禁輸の意図はどこにあるのか?

 ここからは、中国がレアアース磁石技術の禁輸に踏み切る「意図」に焦点を当てつつ、キーワードからそれらを読み解いていきたいと思います。何かと波紋を呼ぶことの多い中国の政策や言動の背後にある意図を解析することは、より正確で客観的な中国理解につながるというのが私の基本的考えです。

キーワード1:国家戦略

 2021年1月、中国工業情報化部が「レアアース管理条例」(意見公募版)を発表しましたが、立法の必要性に関して、同部は次のように説明しています。

「まずは国益と産業安全を切実に守ることが挙げられる。レアアースは重要な戦略的資源であり、再生不可能な資源である。我が国はレアアース大国であり、レアアースの生産や利用といった分野で重要な地位にある」

 そして、立法に向けた考え方として次の点を真っ先に挙げます。

「(レアアースという希少資源の)保護を最優先に据える。レアアースは伝統的産業の改造、新興産業の発展、国防科学技術の進歩に代替不可能な重要な意義を有している。故に、特別に保護しなければならず、レアアースの採掘、精錬、分離プロセスに対して行政許可とプロジェクト審査を実施する」

 中国政府が経済成長、技術革新、軍事力増強、産業保護などを含めた複合的見地から、レアアースという希少資源の管理を国家戦略の高みに据えている経緯と現状が見て取れます。

キーワード2:環境対策

 習近平氏が2012年に党総書記に就任して以来、中国は環境政策やグリーン経済を国家戦略の観点から推し進めようとしています。EVや電気モーターがガソリンエンジンを補助するPHV(プラグインハイブリッド車)など、次世代エネルギーを使った自動車が新車の販売に占める割合を2025年までに25%に上げる、2060年までにカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)を実現するといった政策目標は、市場動向や企業活動にも切実なインパクトを与えてきました。

 2021年3月1日、国務院新聞弁公室が主催した記者会見の場で、工業情報化部の肖亜慶部長は次のように語っています。

「レアアースを生産する企業には確かに多くの環境問題が生じており、地元住民の不満も非常に強烈である。レアアース市場の需要が旺盛なため、大量かつ無秩序に採掘、精錬されてきたが、資源の浪費という結果を生んでしまった」

 レアアースの生産量を規制し、かつ輸出禁止にまで踏み切る背景には、環境対策という側面も少なからずあるということでしょう。

キーワード3:資源ナショナリズム

 そして、上記の環境対策と表裏一体の関係にあると私が分析するのが、民族主義、すなわちナショナリズムという要素です。レアアースという分野を考えれば、「資源ナショナリズム」という解釈も可能と思います。

 レアアースは中国語で「稀土」(Xitu)と言います。文字通り、「稀有(けう)な資源」という意味です。この表記を比喩しつつ、前出の肖部長は次のようにも指摘しています。

「中国はレアアース大国で、資源量は最も多いが、輸出も最も多い。実際のところ、中国の稀土で売っているのは『土』の価格だけで、『稀』の部分に付加価値を付けられていない。悪性な競争によって価格が抑えられ、この貴重な資源が浪費されてしまっているのだ」

 この発言には、中国の政府、企業関係者らに蓄積してきた不満が詰まっています。そもそも希少資源であるレアアースを後先考えずに大量に採掘、精錬し、国内の環境問題は悪化、一方で日本を含めた海外勢はそんな中国から輸入したレアアースに付加価値を見いだし、ぼろもうけしている、「そんなことが許されてはならない」、というナショナリズムです。

対中依存度を利用、透ける中国の野心

キーワード4:依存度とデカップリング

 鄧氏の言葉を借りれば、誰もが持っているわけではない石油という戦略的資源を外交カードとしてレバレッジし、地政学を自国有利に展開し、国益の拡大につなげている中東に学び、遅ればせながら、中国もレアアースという戦略的資源を外交カードとしてレバレッジすべき。これが習氏率いる共産党指導部の政治的意思だと言えるでしょう。

 近年、米国、欧州、日本はそれぞれの需要と立場から、レアアースの対中依存度を下げるべく自助努力をしてきていますが、レアアース磁石技術の禁輸は、産業界、企業活動にとっては小さくない打撃となるのは必至です。例として、2014~2017年、米国が輸入したレアアースの約8割が中国からだったという統計があります。EU(欧州連合)も、レアアースの98%を中国に頼っています。

 米国が対中デカップリング(切り離し)をもくろむ一方、中国との経済関係を切り離すことは不可能と考えるEU諸国の多くは「デリスキング」(リスク低減)を唱えています。いずれにせよ、資源、市場、サプライチェーン(供給網)を含め、対中依存度を減らす方向で、(程度や速度の差はあれ)欧米は動いていますし、日本も半導体の分野などを中心に進めています。

 一方、上記の資源ナショナリズムにも関係しますが、「そっちがそう来るなら、こっちも行かせてもらう」という観点から、中国も、欧米日の対中依存度が極端に高く、かつ環境対策や産業保護の観点からも規制の必要に迫られているレアアースの禁輸に踏み切ったという流れです。そこには、「やれるものならやってみろ」という大国としての野心が作用しているようにも思われます。

キーワード5:武器化

 レアアースという戦略的資源を外交カードとしてレバレッジする、というのは、比較が若干極端ですが、3月下旬、日本のアステラス製薬社の現地法人幹部がスパイ容疑で中国当局に拘束された事件に反映される「人質外交」をほうふつとさせます。

 2010年9月、尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の船に衝突し、中国人船長が逮捕される(のち釈放)という事件がありました。当時、中国は報復措置の一環として、レアアースの対日輸出を全面的に停止し、日本政府や産業界の度肝を抜きました。そこには、レアアースという資源を「武器化」し、状況次第では「人質」を用意する形で、相手国に圧力をかけ、自国の政治的、外交的目的を達成するという立場、方策が見て取れるのです。

 今回中国政府が禁輸に踏み切ろうとしているのは、精製までの技術までで、レアアースを用いた磁石も含めた製品は対象にならない見込みです。要するに、一定の抜け道をあえて残しておくことで、対外的な交渉材料にしようという意図が作用しているのでしょう。

 今後、レアアースを武器に、輸出してほしいならXXをよこせ、してくれという外交的攻勢が中国側からかけられる局面は想像に難くないと言えます。その時、日本はどうするか。

キーワード6:米中対立

「中国のレアアースで製造した商品を使って、中国の発展を抑え込もうとする国家、やり方には断固反対する」

 トランプ政権の末期、米中貿易戦争が本格化した頃から、中国政府関係者から頻繁に聞かれるようになった言葉です。

 米国の軍事力を構成する戦闘機や衛星、レーダー、ミサイルなどは、中国のレアアースなしには造れない。レイセオン・テクノロジーズ、ロッキード・マーティンといった軍事企業は、中国のレアアースなしではやっていけない。そして、これらの軍事技術や企業は、米国政府が中国の発展を封じ込めるために使われている。そうであれば、レアアースを米国に輸出しなければいい。

 これが中国政府の戦略的立場であり、資源ナショナリズムに刺激される中国の関連企業や一般民衆も、それに賛同しているというのが私の見方です。今回のレアアース禁輸は、特定の国や地域を対象としたものにはならない見込み(実践の過程で差別化される可能性は大いにあり)ですが、米国に対する不信感と警戒心が強く影響していると見るべきでしょう。