米中間で続く「気球」を巡る攻防

 先週のレポートで伝えた、中国「偵察気球」の襲撃事件が尾を引いています。2月4日、米国の領空に侵入した中国の気球が、南部サウスカロライナ州沖合で米軍によって撃墜されました。12日までの9日間で、中国からの気球を含め、米国やカナダの上空を飛んでいた気球四つが撃墜されたことになります。

 筆者が本稿を執筆している2月15日時点で、他の三つの気球がどこから来たのかは明らかになっていません。本件に対応している北米航空宇宙防衛司令部のバンハーク司令官は12日の会見で、「地球外も含めあらゆる可能性を排除していない」と述べています。

 中国政府の「中国の民用飛行船が誤って米国の領空に入ってしまったのは完全に不可抗力が引き起こしたことであり、意外的、偶発的な事件である」という公式な立場は変わっていません。その上で、中国外務省の汪文斌副報道局長が14日の定例記者会見で口にした次の指摘は注目に値します。

「米国側が武力行使によって中国の民間用飛行船を撃ち落としたのは明らかに過剰反応である。多くのメディアが指摘するように、米国のやり方は、大砲で蚊をたたくような、馬鹿げた、コスト高、大型の政治芸術ショーのようなものだ。米国側には、力を入れ過ぎてギックリ腰にならないよう忠告したい」

 ユーモアを交え、米国の行為を皮肉りながら非難しようとしているのが分かります。その上で、汪氏は「反撃」に出始めます。「昨年5月以降、米国が米国発で高い高度に飛ばした気球が世界各地を長時間飛行し、中国政府の許可を得ていない状況下で、少なくとも10回以上、中国や関連国家の領空を違法に通過した。米国側はこの行為を徹底調査し、中国側に説明すべきだ」と語っています。

 これに対する米国政府の立場は、米国家安全保障会議のジョン・カービー戦略広報調整官が13日(米国時間)の会見で語ったように、「米国は中国上空で気球を飛ばしていない」というもの。日本メディアを含め、世論は「米国は中国側の主張を否定」と認識したようですが、興味深いのが、中国政府は「我々は、米国側は完全に否定したわけではない」(2月14日、汪氏)という解釈をしている点です。

 私の理解によれば、中国側は何らかの証拠や根拠がなければ、このようなことを安易に公言しません。本件において、米国側にも弱みはある、よって、駆け引きやけん制を含め、つけ込む隙はあると中国側が考えている一つの状況証拠であり、今後の気球問題の展開にも影響を与える一要素になると言えます。

中国外交部が公開した米国の世界各地における「監視・偵察活動」

 2月13、14日の両日開かれた定例記者会見において、前述の汪氏は、気球問題だけでなく、近年、米国が世界各地で行っているとされる監視・偵察活動について、詳細な例を挙げながら批判を繰り広げました。いくつかの発言例を見てみましょう。

「事実、米国こそが世界最大の監視偵察国家であり、世界最大規模のスパイネットワークを有している。米国の国家安全保障局が盗聴の対象とする国にはドイツ、フランス、ノルウェー、オランダといった欧州国家における政治家のショートメールや通話内容が含まれる。米国は100カ国近くの外国大使館に盗聴器を取り付けている」

「米国は頻繁に艦船や飛行機を派遣して、中国に接近する形で偵察活動を行っている。その数は昨年1年間で延べ657回。今年1月、南シナ海付近だけで延べ64回に上っている」

「デンマークメディアによると、米国家安全保障局は過去にデンマークの情報機関との協力の機会を利用する形で、ドイツ、スイス、ノルウェー、フランスなどの政治家に盗聴を行っていた。そこにはドイツのメルケル元首相も含まれる」

「北京奇安盤古実験室科学有限公司(Beijing Qi an Pangu Laboratory Technology Co., Ltd)の報告によれば、米国国家安全保障局のハッカー集団であるイクエーション(方程式)グループは最高級の裏口ルートを使って、中国、ロシア、英国、ドイツ、オランダなど45の国や地域に対して十数年にわたるハッキングを展開してきている。そこには、通信、科学研究、経済、軍事といった分野が含まれる」

「米POLITICO誌によれば、米軍は1997年以降数十億ドルを投じて、高い高度を飛行する偵察飛行船を研究開発してきている。2022年、米軍は偵察設備を備えた高高度を飛行する気球を軍事転用したが、それは中国とロシアを追跡する極超音速戦略巡航ミサイルとして使用が可能である」

 これらの情報の信ぴょう性は検証の余地がありますし、中国の政府ですから、自国に有利になる、米国をおとしめられる情報を恣意(しい)的に抽出しているのは間違いありません。ただ、新型コロナウイルスの発生源問題、人権問題、産業・貿易政策などを巡る米中攻防と同様に、中国は、「自分たちにも問題はあるが、米国の問題はずっと深刻だ」というナラティブを国内外の世論に対して働きかけることで(プロパガンダ工作)、対米外交を有利に進めようとしているのが現状だと言えます。

日本でも過去に偵察気球か。中国は「米国を追随するな」とけん制

 米中間で展開される気球を巡る攻防を前に、米国の同盟国、中国の隣国である日本も無関係ではいられない状況が出てきています。

 2月14日夜、防衛省は、「2019年11月と2020年6月、それに2021年9月のものを含め、過去に日本の領空内で確認されていた気球型の飛行物体について、分析を重ねた結果、中国が飛行させた無人偵察用気球であると強く推定されると判断した」と発表。NHKの報道によれば、同省の関係者は、中国の気球の可能性があるとみて分析を進めていたところ、米軍が2月4日に撃墜した中国の気球について米側から情報が寄せられ、総合的に分析した結果、今回の判断に至ったと語っています。防衛省は既に、中国政府に対して事実関係の確認を求め、今後このような事態が生じないよう強く求めるとともに、外国の無人偵察用気球などによる領空侵犯は断じて受け入れられないことを外交ルートで申し入れています。

 前出の汪氏は14日の記者会見で「我々が強調したいのは、日本は客観的で公正な立場を持ち、米国の扇動的やり方を追随しないことを望むということだ」と短くコメントしています。防衛省による発表や申し入れを受けて、今後中国側が気球問題で日本側にどのような対応をしてくるのかは現時点では定かではありませんが、日本側の出方を静観しつつ、けん制してくるのでしょう。

 防衛省が上記の情報を公開する過程で、米軍による情報共有が参考になったとしていますから、中国政府は本件で日米は「グル」であり、共同で中国に圧力をかけてくると考えているでしょう。中国政府が一番嫌がる局面の一つです。このような中、状況次第では、日本の政府や企業に対する報復措置も考えられ、日中外交関係の悪化も懸念事項です。現在調整されている林芳正外務大臣の訪中動向を含め、今後の状況を注視していくべきだと思います。