「白紙革命」の勃発に危機感を強めた習近平指導部

 11月下旬、新疆ウイグル自治区ウルムチ市で発生した火災をきっかけに、民衆のゼロコロナ政策への不満が全国各地に広がりました。「習近平退陣」、「自由をよこせ」といった政治的欲求につながっていった経緯、およびそこから導き出せる示唆を先週のレポートで扱いました。

 北京、上海、広州といった大都市を含め、デモは20都市以上に広がり、50以上の大学キャンパスを巻き込む形で広がっていきました。近年まれに見る事態であり、しかも、政権指導部が新型コロナウイルス禍に便乗して民衆に対する監視システムを徹底強化してきた中で発生した抗議デモです。中国共産党の統治力、求心力が疑問視されてもおかしくない事態と言えます。

 12月1日、習近平(シー・ジンピン)国家主席はEU(欧州連合)のミシェル大統領と北京で会談しましたが、その際、抗議活動について、「3年に及ぶコロナ流行に人々が不満を募らせていた」ことが背景にあり、かつ「主に学生や10代の若者によるもの」と説明していたとされます。

 仮にこの事態が続き、民衆の不満があらゆる形で爆発していけば、10月の党大会を経て権力基盤を一層強化したかに見える習近平第3次政権は、発足早々大きくつまずくことを意味しますから、習主席、およびその周辺は、昨今の事態を重く受け止め、何とか打開策を見いださなければならないという認識を有していたと私は理解しました。

「ゼロコロナ」緩和は既定路線となるか

 12月1日のEU大統領との会談で、習主席は、2020年以来自ら正当化してきた「ゼロコロナ」策について、次のような見解を示したとされます。

「中国国内では現在オミクロン変異株が主流となっており、デルタ株よりも致死率が低い。それがコロナ規制を緩和する道を開き、一部地域ではすでに緩和されている」

 要するに、他の多くの国同様、オミクロン変異株が主流となっている状況下で、感染者数ゼロを目指すという方針は適切ではなく、「動態的ゼロコロナ」という名が示すように、より「ウィズコロナ」に近づけることが望ましい、という認識を党指導部として抱くようになっているということです。

 そして、そんな認識を一層鮮明に裏付けたのが、コロナの感染拡大抑止策を担当してきた孫春蘭(スン・チュンラン)国務院副総理が、11月30日、12月1日の両日、国家衛生健康委員会で行った座談会における発言です。国務院副総理がこの時期に、コロナ抑制の担当当局に赴き、2日間にわたって座談会を主催すること自体、党指導部が「ゼロコロナ」策をどう修正、実施していくかという課題に対する本気度を物語っています。

 孫氏の30日、1日の発言で、私が最も示唆に富むと考える部分を以下に引用します。

「オミクロン変異株の致死率、重症化率が弱くなり、ワクチン接種が普及し、コロナ抑制をめぐる経験を蓄積してきた中で、我が国のコロナ抑制は新たな情勢と任務に直面している」

「3年近くのコロナ禍を経て、我が国の医療衛生と疫病抑制システムは試練を乗り越えてきた。有効な診断技術と医薬、特に中国医薬を有している。国民のワクチン接種率は9割を超え、健康に対する意識や素養も明らかに向上した。加えて、オミクロン変異株の致死率、重症化率は弱まっており、コロナ抑止措置をより一層最適化する上で条件を創造している」

 この段落にある「新たな情勢と任務」、「条件を創造している」という文言は、従来の政策を実質見直す段階に来ているという立場を示唆しており、かつ習主席がEU大統領に伝えた認識とも一致しています。党指導部として、この期間物議を醸し、民衆の強烈な不満を招いた「ゼロコロナ」策を実質的に緩和していくという明確な方向性をあらわにしたという解釈ができます。

「ゼロコロナ」策はいずこへ?三つの見通し

 ここからは、今後の見通しについて整理していきます。

 一つ目に、孫副総理の発言を受けて、中国の各地域では早くも緩和に向けた措置がとられています。例として、北京市は12月6日、スーパーマーケットやオフィスビルなど大半の公共施設の入場時に義務付けていたコロナの検査結果提示を同日から不要にすることを発表しました。(バー、飲食店、学校などに入るには48時間以内のPCR検査の陰性証明の提示が必要)。

 一方、新型コロナの新規感染者数は、12月5日2万8,062人、6日2万5,321人と依然として高止まりの状況が続いています。緩和策が感染者数の急増につながるような事態に陥れば、規制は三度強化される可能性は否定できず、予断を許さない状況が続くでしょう。

 二つ目に、習主席の動向が「ゼロコロナ」策緩和を巡る一つの指標になるという視点です。先月、習氏は20カ国・地域(G20)首脳会議、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に出席するために、東南アジアを訪問しましたが、12月7日から9日の日程で、中国・アラブ首脳会議に出席するためにサウジアラビアを公式訪問しています。

 習氏が国内視察だけでなく、外遊を活発化するようになれば、それはすなわち、中国国内の移動規制や海外との出入国規制が緩和の方向に向かうシグナルになると私は見ています。今後、外国首脳の中国訪問も増えていく見込みです。

 三つ目に、11月末以降続いている抗議デモの行方です。本連載でも、「ゼロコロナ」策、特に長期にわたる徹底したロックダウン(都市封鎖)が経済活動に及ぼす影響の深刻さについて検証してきましたが、仮に政治的欲求を伴う、民衆の政権に対する抗議運動が長期化し、社会不安がまん延し、政権の求心力が弱体化していけば、中国情勢は景気悪化どころではなくなります。

 抗議デモが収まらず、武装警察が出動し、武力で民衆を鎮圧するような光景が生じれば、それこそ1989年の天安門事件の再来であり、中国の国家、社会、市場としての信用は一気に低下、対中投資も停滞し、西側諸国は中国に経済制裁を科すでしょう。そうなれば、日本企業、日本人にとっても、中国との付き合い方そのものを見直さなければならない局面に直面しかねなくなります。

 ゼロコロナに端を発した抗議運動を、ゼロコロナを緩和することをきっかけに、軟着陸させることができるか否か。2023年の中国を展望する上でも重要な局面を迎えています。