リターンとリスクは自分で計算せよ!
既報の通り、筆者は、今年の春から、獨協大学で「金融資産運用論」と題する授業を担当してきた。対象は学部の学生達で、2年生から4年生までの学生だった。多少は予備知識があった方がいいだろうということで、1年生を外した。春学期は、全部で14回の授業予定があったが、全ての授業を7月15日に終了した。
大学の学生の場合、一般の大人向けよりは、理屈っぽい内容でよかろうとも思ったが、運用業界の人と同じ前提知識はないはずなので、どのくらいの難しさがいいかの加減が難しかった。
授業では、大まかに、投資に関する理論を理解するための基礎知識を教えた後で、「市場の効率性」に関する現実的な姿や、行動ファイナンスによるモダンポートフォリ理論への批判を教えて、合理的な人間と効率的な市場を前提とする伝統的な投資理論と、これを批判する行動ファイナンスとの関係を比較的じっくりと説明した。
最初に、割引現在価値の考え方と、リスクの概念と複数のリスク資産を組み合わせた場合のリスクとリターンの現実的な計算方法について、時間を取って説明した。リスクを具体的にどう計算するかが分からないと、資産配分計画(アセットアロケーション)を自分で考えることができないので、マイクロソフト・エクセルのワークシートの作り方に時間をかけた。教えている本人としては、丁寧に基礎に時間をかけているつもりだったのだが、授業に向かうエレベーターの中で一緒になった学生に「先生の授業は、とても難しくて、ついていくのが大変だ」と言われて、「これでいいのか?」と多少悩んだりもした。
しかし、エクセルを使ってアセットアロケーションを作る辺りは、自分でできないと、資産運用に関して具体的に考えられるようにならないし、たとえば、個人の資産運用で外国債券をポートフォリオに含めるべきか否かというような具体的な問題について判断するための前提条件が整わない。「みんな入れているから、入れた方がいい」といったレベルでしか考えられないようでは、勉強した甲斐がない。
運用の意思決定の基準として、簡単な効用関数で具体的なポートフォリオを評価する方法を中心に説明した。また、リスクと期待リターンの前提から最適な資産配分ウェイトを計算する方法と、リスクと資産配分ウェイトから、その資産配分ウェイトを正当化する期待リターンを逆算する方法を説明するのに時間が掛かった。
説明が上手く行ったのかどうか、新米教師としては、自分で分からない面もあったが、何はともあれ、この辺りの具体的な計算が自分でできるようにならないと、金融機関が提示する運用計画、あるいは運用商品を具体的に評価することができない。
社会人向けの投資教育だと、簡便法を教えて手を抜きたくなるところだが、大学生が相手なので、話を聞く側にも頑張ってもらうことにした。
投資理論と個人の資産運用の関係が大テーマ
春学期の授業全体を通した大きなテーマとして、個人の立場で資産運用をどう行うのがいいかを追求した。今までの、特に日本の投資分析の教科書では正面から体系的に捉えられた説明がないことが多いので、このテーマには力を入れたかった。
運用の理論のどこが個人の運用に応用できるのかが問題だが、個人が自分の持っている情報に基づいてリスクとリターンに関して効率的にリスク資産を組み合わせて、この組み合わせと無リスク資産を組み合わせたポートフォリオの中から、家計の分析に基づいて最適なリスクとリターンのポートフォリオを選ぶという過程を中核に持ってきた。
この部分は、前々回の本欄で取り上げた「インデックス運用とCAPM」(6月18日付)で解説した内容だ。
また、個人が資産運用を行うに当たっては、(1)家計の分析、(2)資産配分計画(アセットアロケーション)、(3)運用商品選択、(4)取引窓口の選択、という手順を踏むことが大切だ。いきなり取引金融機関を決めて運用を相談するような手順を取ったのでは、おそらく金融機関側に都合のいい(手数料の高い)商品を売りつけられる結果になるだろう。前記の(1)~(4)の手順を正確に踏むことが大切だ、という点を何度も強調した。
家計の分析に当たっては、家計のバランスシートによる簡易財務分析の考え方と、運用計画の検討における人的資本の重要性を強調した。
この際に、生命保険、特に医療保険が、顧客にとって大きく不利な条件の商品であることと同時に、不要な場合が多いことをなるべく丁寧に説明した。生命保険会社には少々申し訳ないが、授業を受けた生徒にとっては、この部分が、将来具体的に一番役に立つ内容であったかも知れない。
また、アクティブ運用の商品に関しては、(1)アクティブ運用の平均はインデックス運用に負ける、(2)相対的に運用利回りが良いアクティブ運用商品は事前に選ぶことができない、という二つの事実で構成される「運用業界の不都合な真実」について率直に説明し、商品選択にあって実質的な手数料が重要だということを強調した。
ビジネスとして資産運用の中核をなすテーマである運用の手数料(特にアクティブ運用の手数料)がどう決まるのかについては、需要サイドと供給サイドの両面についてかなり詳しく説明したし、同様の運用サービスに対して投信と投資顧問とで大きく運用報酬が異なる「一物一価の原則」が成立していない実態についても説明した。
今回のシリーズの授業で最大のテーマは、行動ファイナンスの理論的な位置づけと、現実のビジネスにおける応用だった。
かつて本欄でも説明したが、行動ファイナンスは、人間の判断が伝統的な理論の意味で合理的ではないことを前提として、既存の理論のベースにある「裁定」が現実には十分に起こっていないことの研究と、人間の判断のバイアス(歪み)があることが資本市場の振る舞いにどのように影響しているかを研究する分野だと現時点では整理することができるだろう。
行動ファイナンスの研究は、顧客の立場に立つと、誤った判断を避けるための「気づき」を与える知識として役立つはずだが、現実には、むしろ、運用商品の売り手の側が、不利な条件の商品を顧客に魅力的に見せるために体系的に悪用されている。
この点については、授業の後半でかなり時間を取って説明したのだが、投資の経験がほとんどなく、たぶん、金融機関に対して「やられた!」と思うような経験を持ったことがまだない学生達が、リアリティを伴ったイメージと理解を持ってくれたかどうかが、新米教師としては気になるところだ。
試験問題をどうぞ!
反省点の多々ある春学期の授業だったが、ともかく、終了した。来週(7月22日)は試験を行う。
試験は、4問の中から1問を選んで貰って、論述してもらう形の出題とした。
今期は、学生のレベルがよく分からないし、評価で差を付けて選別をするというよりは、資産運用に関して少しでも自分で考えられるようになってもらうことが目的なので、成績評価は甘くするつもりだ(たまには、私も「甘口」の「いい人」になる!)。
試験問題は授業の最終日に事前に公開した。試験当日の持ち込みも自由だ。頼むぞ、学生たち!
下記の問題を出題したのだが、さて、どんな答案が返ってくるか、大いに楽しみだ。答案を見て学生の理解度を測り、秋学期の授業内容を改善する参考にしたい。
よかったら、読者も考えてみて欲しい。
獨協大学 経済学部「金融資産運用論」2010年春学期 試験問題
以下の4つの問題の中から1つを選択して、800字~1000字をめどとして論述して下さい(字数の制約は厳密なものではありません。また、評価の対象はあくまでも論述の内容であり、文字数の分量は評価の対象としません)。
回答の冒頭に、選択した問題の番号を明示してから、論述してください。
- 「行動ファイナンス」とはどのような研究分野で、現実のビジネスにはどのように応用されているかについて論述してください。
- 個人が金融資産を運用する際に必要な手順と運用内容の例を、具体的なケースを想定しながら、概説してください。
- 資産運用サービスの価格、特に「アクティブ運用サービス」の価格がどのように決定されるかについて論じてください。
- 日本で投資教育をどのように行うのがいいでしょうか。回答者の意見を、理由を明示した上で、できるだけ具体的に論述してください。
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