ドル/円相場は10月20日(木)に1ドル=150円を32年ぶりに突破しました。今年初めの115円から下げ幅は約35円に拡大。その後は150円近辺を乱高下し、やや円高に傾いています。報道によると、政府・日本銀行による円買いの大規模な為替介入が21日(金)、24日(月)にあったといわれています。

 個人投資家は円安や為替の急変にどう対応したら良いのでしょうか。為替ディーリングに長年携わってきたハッサクさんに聞いてみました。

▼お話を伺った方

 

ハッサク 

大手金融機関でセールス業務、為替ディーリング(22年)に従事し、若手社員にも為替関連業務を教示してきた大ベテラン。「お金は戦後最大の成長産業」と言い切り、「新聞などの身近な情報で為替分析」がモットー。 

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円高への転機はFOMCの12月会合に訪れる!?

――円安はいつまで続くとみていますか?

 円安がいつまで続きどこまで進むかは、米国のFRB(連邦準備制度理事会)による主要政策金利の利上げの動向とほぼイコールの関係になります。今回の円安ではっきりしているのは、米国の利上げが加速度的なスピードで行われてきたことです。ドル/円が1年もたたずに、115円から150円程度と約35円も動くのは非常に珍しい。

 利上げについては、米国の物価高がいつまで続くかにかかっています。米国のCPI(消費者物価指数)は6月に前年同月比で+9%台のピークをつけました。7月以降は8%台と高い水準ですが、すでにピークアウトした感じがあります。

 FRBの金融政策を協議するFOMC(米連邦公開市場委員会)の11月会合で0.75%引き上げることは、市場はすでに織り込んでいます。

 しかし、次回12月の会合では、0.75%の引き上げはやりすぎではないか、0.5%でいいのではないかという議論になってくると思います。もし、ソフトな方向にシフトして0.5%になったら、FRBの利上げもピークアウト感が出てくる可能性があります。そうなれば、円安トレンドがやや円高に修正されるイメージが出てきます。

日本の貿易赤字改善も鍵

 もう一つ重要なのは、日本の貿易収支です。原油をはじめとした資源高の影響で輸入額が膨らみ、輸出から輸入を差し引いた貿易収支は赤字が続いています。財務省が10月20日発表した2022年度上半期の貿易収支(速報、通関ベース)は11兆75億円の赤字でした。

 海外から輸入したものの決済をする際に、日本企業はドルで支払いをします。ドルを調達するために円を売る動きになるので、輸入額が輸出額を上回る状況が続くと、円安を招きます。

 ただ、2022年度下期は資源高がピークアウトして輸入額が縮小し、貿易収支は改善してくるとみています。貿易収支が改善すれば、円安の動きも弱まります。

来年1~3月に1ドル=130~135円あたりに落ち着く

 FRBの利上げがソフトになるタイミングと、日本の貿易赤字が縮小する時期が重なれば、円高方向に修正する動きが出てきます。ドル/円は2023年1-3月期には、130~135円のレンジになるイメージを持っています。ただ、今年1月の115円に戻るのは無理で、120円も難しい。日本の貿易赤字や日米金利差も残るので、短期的に円が急騰しても、せいぜい125円でしょう。

 もう一つ気になるのは、世界の景気後退です。IMF(国際通貨基金)が10月11日に発表した世界経済見通しでは前回7月から2023年の世界経済成長率の予測を下方修正しました。

 日本はそんなに下げませんでしたが、世界の景気が悪くなれば、日本の輸出も落ちます。資源高が落ち着いて輸入が減っても、輸出も減ったら、貿易赤字の縮小幅が大きくならないかもしれません。

 一方で、世界景気の減速で米国経済もマイナスの影響を受ければ、FRBの利上げスピードも急速に落ちる可能性もあります。ドル/円相場では、どちらの影響が大きいかの綱引きとなります。

 世界景気の鈍化がどれくらいになるかは、ドル/円相場を左右する第三の要因として注目しなければなりません。

来年後半は120~125円中心に10~20円上下も?

――円安が150円程度の水準より、もっと進むとみる見方もあります。そうはなりませんか?

 円安はすでに7、8合目に来ていると思っています。これから160円に上がるには、FRBのさらなる利上げが2023年前半にあって、日本の貿易赤字が全然減らない状況が続くことが前提になりますが、そうはならないとみています。

 ドル/円のここ5、6年の年間の値動きは10円程度でしたが、過去20~30年のスパンで眺めると大体20円の幅で動いてきました。今の米国の金利水準からみると、利上げをやめても、金利が2.5%まで下がるのに時間がかかるので、1ドル=100円はなかなか切らない。

 来年後半は120~125円を中心に10~20円の幅で上下に動く展開になるかもしれません。逆に、1ドル200円や180円といった極端な円安になるイメージは全くないです。

 日本には対外純資産や家計の金融資産が膨大にあるので、円は本来、簡単に売られる通貨ではありません。

 購買力平価の観点に立っても、物価からかけ離れたオーバーシュートは必ず調整されてきました。例えば、日本人が米国に行ってラーメン1杯を食べるのに3千、4千円かかる一方で、米国人が日本でラーメンを食べたら米国の半額もしないというのはおかしい。物価が基本だから、こういう状況は長く続かない。

 基本的に物価が低い国の通貨は買われ、高い物価の国の通貨は売られます。今は逆になっている状況。米国が物価を抑えるために急激な利上げをしたから、実勢が狂っているんです。ドル/円でこれだけゆがみが出たのは初めてでしょうね。

 米国の急速な利上げがストップすれば、行き過ぎた円安はしぼんでいきます。購買力平価で全て決まるわけではありませんが、一つの見方として正しいと思います。

為替介入は米利上げ鈍化までの時間稼ぎ

――政府、日銀による為替介入の効果は?

 瞬間的に需給を調整したり、円安を一時的に遅らせたりする時間稼ぎの効果はある。だから、無駄とは言わないけど、さっきの私の見通しに沿って為替が動くのなら、2023年3月までは介入をしょっちゅうやって、150円を大きく超える水準まで行かせない。

 1~3月にFRBの利上げの鈍化や日本の貿易収支の改善が見えてくる局面になるまで時間稼ぎをして、円安のスピードを緩める効果はあるはずです。財務省が介入をやるぞと言っているので、市場に警戒心は残っていますから。

――日銀は金融緩和政策で円安に傾かせる政策をしていて、財務省は為替介入で円安を止めようという政策をしていて、一見矛盾しているように思えます。

 為替介入は財務省の専管事項だから、日銀の政策と矛盾しているという話ではありません。それぞれの政策目標を達成するツールが違うし、目標も違います。

 財務省は政府の経済財務を見る部署だから、急激な円安が日本経済にとって良くないというのであれば、それを正すことをやる。そこは別にやっている部署同士で矛盾しているとは思いません。

――日銀の黒田東彦総裁が来年4月に任期満了で交代します。日銀の金融緩和政策が修正されて、為替相場に影響が出る可能性はありますか?

 黒田総裁の任期切れのタイミングが近いですが、為替にはそれほど影響はないと思います。急に緩和政策を変えることはしないでしょう。日銀は、今の物価高は資源高によるもので一時的とみています。その一方で景気は良くないという見方だから、日銀は金融緩和を続けていくスタンスを変えないでしょうね。

 また、日本の消費者物価はそんなに上がらないと思います。一番大きいのは、企業間で取引される商品の価格水準を示す企業物価指数です。これが欧米並みに上がっているのですが、それを最終製品の価格になかなかつけ替えられない風土が確かにある。

 企業物価指数の伸びに対して、全国消費者物価指数は前年同月比で3%程度の上昇にとどまっているのはおかしい。これは、企業の滞留資金がとにかく多くて、値上げをしなくても余裕があるからです。同時に、価格転嫁すると競合他社に負けてしまうから、最終製品への価格転嫁を敬遠するわけです。

山高ければ谷深し、トレンドの変わり目に注意を!

――個人投資家はどのような心構えで現在の円安局面に向き合ったらいいのでしょうか?

 山高ければ谷深しという格言があるように、ドル/円の相場は変動相場制に移行してから、ジグザグと上下に動いてきました。米国の物価高やFRBの政策の動向に着目して、円安から円高に急に傾くことに注意を払う必要があります。いままで30%くらい警戒していればよかった意識を、60~70%に高めて準備した方がいいです。

 為替介入で円高になったらドルの買い場という考え方もありますが、米国の物価が突然ドーンと下がったり、FOMCの見方が変わったりしたときにはポジションを手じまいにする選択肢も持っておかないといけません。

 FOMCの結果は日本時間の未明なので寝ていたり、発表直後は相場も荒れて判断できなかったりする方もいらっしゃると思います。発表直後の対応も重要ですが、一日置いて、円安のトレンドが変わる一つの節目ではないのかと、中期的な目線で考えることも大切です。

 安値で買って、高値で売るのは無理です。相場の天井や底は誰にも分かりません。下がってきてから判断し、上がってきてから判断するしかない。「頭と尻尾はくれてやれ」という格言を思い出したいですね。(聞き手はトウシル編集チーム 田嶋啓人)

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 2022年10月31日: 「5年後は1ドル=200円!?当面は円急騰リスクも」