今回は、前々回前回の補足として、期待リターンの変化とアセットアロケーションの関係を取り上げる。

期待リターン1%変化の影響

まず、前回取り上げたアセットアロケーションを一つ再掲載する。リスクの前提(標準偏差と相関係数)は引き続きGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)によるものだ。期待リターンは国内株式=外国株式=6%、国内債券=外国債券=1%、短期資金=0.5%だ。国内株式の比率を外国株式よりも大きく保つような余計な仮定(詳しくは前回参照)は制約条件にしていない。

それでは、ここで国内株式だけ期待リターンを1%上げてみよう。(表2)が最適化計算の結果だが、国内株式の比率は、19.95%に4.55%ほど増加している。

この変化に対して、外国株が1.43%減るなど、他の資産のウェイトが変化してバランスを取っている。

ポートフォリオ全体の期待リターンは3.474%と0.3556%増加し、リスクも0.446%増えた組み合わせが選択されている。条件の変化は、国内株式の期待リターンが1%上がっただけだから、より大きなリスクを取りつつ、期待リターンを引き上げる結果を選択するのは直感的にも妥当な変化だ。

リスク拒否度を0.025から0.015に引き下げて同様の変化(国内株式の期待リターンが6%→7%)の効果を見てみよう。

今回は、当初25.81%だった国内株式の組み入れ率が33.39%に7.58%増えている。リスクに対するペナルティーが甘くなっている(リスク拒否度0.025→0.015)のだから、当然の結果だ。

国内株式の期待リターン1%の変化(増加)に対して、やや保守的なリスク拒否度(0.025)では4.55%、リスクに対してより積極的なリスク拒否度(0.015)を前提とすると7.58%の組み入れ率の変化があった。

今年の1月末の日経平均は7,994.05円だった。1月末に行われた弊社のセミナーで、筆者は、今年の株価について、下値6,500円、上値9,000円で、年末高の展開、といったイメージについて話した記憶がある。筆者の見解に限らず、この種の予想は全く当てにならないと聞き手は考えるべきだし、話をする方も「当たる」とは考えていないことが多い(筆者もそう思うし、同業者の本音の話を聞くと、そのような感じだ)。決して不真面目に予想するわけではないが、予想の確度を現実的に評価すると、こう考えるのが正しい。

ここで、仮に年末9,000円を予測として、期待リターンを計算すると、13.7%だ(11カ月を年率化していることに注意)。この場合、現実的には外国株もそこそこ以上のリターンになるだろうが、便宜上、国内株以外の期待リターンをそのままにして、国内株の期待ターンを 13.7%でアセットアロケーションの計算をしてみる。たとえば、積極的なアロケーション(リスク拒否度=0.015)だと(表5)のような結果になる。

日本株が80.83%にもなり、直感的におかしいと思うアロケーションではないだろうか。この時点で、年末に9,000 円以上の株価を予想していたストラテジストはかなりの数いるが、彼らの予想は、少なくともそのままでは、アセットアロケーションのインプットに使えそうにない。

このように、期待リターンと分散でバランスを取るアセットアロケーションの方法(ミーン・バリアンス法)を使うと、印象として小さな(たとえば1%の)期待リターンの変化で、組み入れ率は大きく変わる。

こうした現象(正しくは「計算結果」)を指して、「ミーン・バリアンスは役に立たない」とか「理論的なアセットアロケーションの方法は非現実的だ」と言う人が結構いるのだが、果たして、これは正しい意見なのだろうか。

期待リターンと情報の信頼度

答えを先に述べると、ミーン・バリアンスは役に立たないと言っている人は「何も分かっていない」か「重要な点を見落としている」。

見落としやすいポイントは「予測の信頼性」だ。一つの見解として予測を持つことは構わないのだが、その予測がどの程度もっともらしいかについて(できうる限り最大限に)客観的にアセットアロケーションのインプットに反映させることが必要だ。

仮に、「市場参加者の平均の期待リターン」が存在し観測できるとして、これと自分の予測する期待リターンを対比することを考えてみよう。

自分の予測は他の市場参加者の予測に対してどの程度の勝率を持っていると考えたらいいだろうか。これは、市場参加者の平均と自分の予測との差を自分の「勝負」と考えたとき、この「勝負」と後に明らかになる「結果」との相関係数で表すことができる。

この相関係数のイメージを掴もう。相関係数には「勝負」の大小が反映するが、大小を均一に単純化した場合、たとえば、自分の「勝負」の方向が当たりの場合を「勝ち」、外れの場合を「負け」とすると、勝ち負け5分5分なら相関係数はゼロであり、自分の予測を反映させる価値はないことになる。6勝4敗を想定するなら相関係数はプラスの0.2だ。この場合、自分の予測の相対的当たり外れの確率を期待リターンに反映させるためには「自分の予測と市場平均の予測との差」にこの相関係数を乗じた値を市場平均予測に付け加えるといい。

先ほどの例(表5)のケースで仮に市場予測の平均が6%だとすると、13.7%-6%=7.7%に0.2を乗じた 1.54%を6%に加えて、7.54%といった値を期待リターンとして使うなら、まずまず現実的と思える値になる(注:「勝負」と結果の相関係数0.2はいささか過大な自己評価であり、まだ十分に現実的とはいえない)。これで計算したアロケーションを示す(表6)。

相対的に日本株に強気なアロケーションができ上がった。

国内株の期待リターンを6%としたアロケーションでは国内株の組み入れ率は25.81%(表3)だったから、その差は 11.67%ある。競争的な状況にある大手の運用会社同士の戦略として考えると、これは、ビジネス的な印象として「あまりに大きな賭」だといえる(一度負けると、取り返しが難しい)。「加減」の調節の仕方としては、まだ「無難な正解」には達していないのではないかという印象になる。

ところで、期待リターンに関する自分の「勝負」と「結果」(市場平均予測に対する結果的としてのリターンの差)との相関関係数を全投資家について加重平均するとその結果は明らかに「0」のはずだ。つまり、この係数がプラスの投資家がいるとすれば、それを支える「勝負」の相関係数マイナスの投資家が存在しなければならないのだ。

こうした状況下で、そこそこに優秀な投資家が使っていい現実的な相関係数の値がどれくらいかというと、筆者の感触としては、0.05くらいのものだ。

6%が市場平均の予測だとすると、これに7.7%×0.05=0.385%を加えた6.385%をアセットアロケーションのインプットとするとどうなるだろうか。

国内株式の組み入れ率は28.73%と、元のアロケーションよりも2.92%大きい数値になる。大手機関投資家の賭の大きさとしては、1月末時点で「年末の日経平均=9,000円!」といった強気の見通しを持っていても、この程度が無難なレベルの強弱になる。もちろん、リスクに対して保守的な顧客が相手のマーケットでは、もっと小さく強弱をつけることになるだろう。

個人投資家が機関投資家よりもアセットアロケーションに関して自信を持つべきかどうかは難しい問題だ。予測の根拠となる情報や判断力を考えると、個人の方が勝ると考えられる根拠は乏しい(大きく劣るわけでもないが)。一方、機関投資家の場合、ライバルとの競争関係を個人投資家から見ると過剰に意識している(ビジネス的な必然性によるものだが)。あえて市場平均と異なるインプットを使う必要はないと思うが、自分の考えに基づいて多少の強弱を付けても大きな実害はない。

上中下3回に分けてご説明したアセットアロケーションに対するアプローチは実務的に現実的で妥当且つ無難なものだと思うが、最後に、市場参加者が平均的に予測する期待リターンをどのように観測するかという問題が残る。

これに対する筆者の回答は、なるべく多くのリスクとリターンに基づくアロケーションをサンプリングして、これらのアロケーションからそれぞれの資産分類毎の期待リターンを逆算して、その値を平均するといいのではないか、というものだ。この方法についてご興味のある方は拙著「年金運用の実際知識」(東洋経済新報社)の第5章をご参照ください。

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