前回、実務的には最も使われている「平均・分散アプローチ」に基づくアセットアロケーションの計算方法をご紹介した。今回は、同様の計算フレームワークの中で、前提となるリスクに対する態度が変わると、結果がどのように変わるのかについて、具体的な数値例を見ながら、考えてみたい。

また、個人向けのアセットアロケーションを考えるときにもしばしば使われる、国内資産(特にリスク資産)を海外資産よりも大きなウェイトで組み入れようとする制約条件が、どのような影響を与えるかを検討してみたい。

率直にいって、個人向けに提唱されている「アセットアロケーション」には、十分な根拠のないものが多かったり、年金基金向けのようなアセットアロケーションの一例を流用しただけのものがあったり、無意味な制約条件がもっともらしくついていたりするケースが少なくない。

前回からご説明している「平均・分散アプローチ」は、実務界でもよく使われるポピュラーなフレームワークであり、個人向けの説明にも使われることがあるのだが、これを正しく使っていなかったり、適切な使い方が分からなかったりで、論理的な辻褄の合わない結果を伝えている資産運用の入門書が散見される。

リスク拒否度が変わるとどうなるか

まず、前回の資産配分の計算結果を再掲する(図1)。以下の計算例は、全て、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の2008年検証のリスク・データを使ったものだ。リスク計算の前提数字については、前回のレポート(「アセットアロケーションを計算する(上)」)をご参照いただきたい。

(図1)アセットアロケーションの計算

このアセットアロケーションは、標準偏差が10%に対して期待リターンを5%求めるアセットアロケーションが最適解になるような投資家にとって最適(この期待リターンを前提とした場合)になるような配分だ。

平均的な企業年金の運用などから考えると幾分保守的な運用方針であるかも知れない。

それでは、次に、期待リターン5%に対して7.07%のリスクが最適解になるような、先ほどよりはかなり保守的な投資家のアセットアロケーションを計算してみよう(→図2)。

(図2)アセットアロケーションの計算

今度は外国株式と国内株式の合計が23.79%というかなり臆病そうなポートフォリオになる。国内債券並みの期待リターン(今回の前提は1%)があると考える場合に、外国債券もわずかに入ってくるが、これは、国内株式との相関がマイナス(相関係数=-0.25)であることから、国内株式のリスクを相殺するような役割で配分に加わったものだろう。国内債券のリスクも嫌って、短期資金が30%以上組み入れられるなど、おとなしい資産配分だ。

とはいえ、日本の家計の資産選択を考えると(2007年末で株式は個人金融資産の11%弱だ)、これでもまだ、リスクに対して積極的な方の配分なのかも知れない。

次に、もう少しリスクに対して積極的になってみよう。

5%の期待リターンに対して14.14%のリスク(標準偏差で)が最適解になるようなリスク拒否度だとどうなるだろうか(→図3)。

(図3)アセットアロケーションの計算

今度は、内外の株式の合計が76%を超える、見るからに積極的なポートフォリオになる。外国債券はリスクの割に期待リターンが小さいので入ってこない。

ホーム・バイアスの仮定の無意味

ところで、リスクに対する態度が異なるいずれのケースでも、外国株式の方が国内株式よりも組み入れ比率が大きくなることについて、意外感を持つ読者がおられるかも知れない。

実は、年金基金などのアセットアロケーションでも、「国内株式の組み入れ比率>外国株式の組み入れ比率」という制約条件を設けて資産配分を考えることがある。

国内資産の方を外国資産よりも選好する傾向のことを「ホーム・バイアス」と称するが、これは意味があるのか。普通のリスク拒否度を前提に、国内株式>外国株式という制約条件をつけて、アセットアロケーションを計算してみよう(→図4)。

(図4)アセットアロケーションの計算

当然のことながら、最適化計算上、外国株式を多く組み入れようとするのだが、制約条件に阻まれて、20.52%までしか組み入れられない。その分、期待リターン上げるために国内株式が増えることになり、このリスクをある程度打ち消すために外国債券が入ってくる。

この(図4)の結果と、制約条件のない(図1)の結果はどちらがいいのだろうか。

「それは、考え方によって結論が変わる問題でしょう」と答えるとすれば、素人はごまかせるかも知れないが、論理的な辻褄が合わない。

二つの結果を評価するためには、そもそも、これらの最適化が、どんな価値評価基準によっていたのかを思い出すことが有益だ。

最適化される対象は、U=R―λσ2という効用関数(の最大化)だった。それぞれの計算結果に対して、この効用関数の値を計算してみると、二つの結果の優劣が分かる。

  • (制約条件なし) U=3.1184-0.025×7.7822=1.6044
  • (制約条件あり) U=3.0517-0.025×7.7302=1.5578

両者を比較すると、制約条件なしのケースの方が効用の値が大きいことが分かる。つまり、制約条件がない方が優れている。

それでは、なぜ「ホーム・バイアス」的な条件が使われることがあるのだろうか。

非合理的な人の胸中を推察することは難しいが、一つには、日本円のライアビリティ(負債)を見合いにした運用だからということだろうし、もう一つには、外国の資産に対する不案内な感じ、あるいはデータの信頼性に対する疑義を反映したものだということか。

しかし、そもそもの計算は全て円ベースで行われているから、運用が日本円のライアビリティであるということはホーム・バイアスの条件を採用する十分な理由にならない。外国株式の推定リスクである19.59%は、円ベースの基準に対して為替リスクも込みにして推定された値だ。

日本のインフレ率に対する相対的リスクといった要素を考える事は可能だが、その場合には、明示的にライアビリティを導入した枠組みを作って計算するか(アセットクラスを増やす形で計算は可能だ)、外国株式あるいは国内株式のリスク値を修正して計算を行うべきだろう。こうした修正は、現実問題として「鉛筆を舐めて決める」ような決め方になるだろうが、どの程度、鉛筆を舐めたのかが分かるようにして、計算を行うことには意味がある。

また、外国株式については、データの信頼性や、取引の不確実性に問題があるということなら、その不確実性がリターン(ないしはリスク)に換算してどれくらいのものか、ということを計算に反映させるべきだろう。

何のリスクないしはコストがどれくらい、ということを期待リターンにもリスクにも反映しないまま、ホーム・バイアス条件を適用するとすれば、その人は、何をリスクと捉えて、どのような価値判断をしているのか、要は根本から「分かっていない」のだと言わざるを得ない。

特に個人向けの資産配分の提案では、たとえば商品の売り手にとってマージンが大きくて利益を稼ぎやすい外国債券を配分案の中に含めたいといった下心があって、そもそも必要のない制約条件をもっともらしく導入するケースがあるようにも思う。

正直なところ、論理的な辻褄の合っていない、インチキとしか言いようのないアセットアロケーションを個人に勧めているケースが少なくない。注意して欲しい。

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