昨年の夏から本格的に顕在化した米国の「サブプライム問題」は、その後丸1年が経過したが、まだ沈静化の兆しがない。プライム層向けの住宅ローンの焦げ付き発生や、消費者信用に関わるデフォルトの発生や関連損失の計上など、サブプライム・ローン関連にとどまらない問題の拡がりを見せている。

サブプライム問題の背景には、米国の住宅及び住宅金融ビジネスのバブル的な拡大とその崩壊があったことは衆目の一致するところだろう。在任中のグリーンスパンFRB議長は、米国の住宅市場について「バブル」という言葉を使うことを慎重に避けて、「フロス」(細かな泡のこと)という単語を使ったりもしたが、今や、規模が大きくてたちの悪いバブルが存在したことについて反対する人はほとんどいないだろう。ヘッジファンドの破綻や金融機関の行き詰まり、巨額損失、景気減速といった悪いニュースを、金融緩和、減税、証券会社や住宅金融機関に対する救済策の発表などで対症療法的に緩和しつつも、事態はまだよくなって来ない。諸々の要素がすでに市場には織り込まれているとしても、差し引きすると、今後も米国の住宅価格が下落するだろうという重苦しさが残っている。

サブプライム問題は、何といっても、その規模が大きく、世界経済の需要と信用拡大を牽引する米国で起こったので、影響範囲が広い。しかし、構造的に、特別に新しい問題ではないように思われる。典型的なバブルの発生とその崩壊だ。

本稿では、日本銀行の2008年7月の「金融市場レポート」の12ページ以下の囲みコラム「金融不均衡の蓄積と混乱発生のメカニズム:先行研究に基づく整理」を参考にしながら、バブルが発生するメカニズムと、その崩壊過程での影響の伝播について、一般論として整理してみたい。このコラムは3ページほどの小文ながら、ポイントを突いた的確な整理だと思う。このコラム以外にも「金融市場レポート」の7月号は優れた分析を提供しているので、勉強熱心な投資家には、一読をお勧めする。

(1)きっかけとしての金融技術革新や規制緩和

大まかに「バブル」と我々が呼ぶ金融市場の現象について、日銀流には「金融不均衡の蓄積」ともっと上品に呼ぶらしい。

さて、ご紹介するコラムでは、「クレジット・ブームの起点の一つは、金融分野における技術革新や規制緩和である」とバブルのきっかけが説明されている(下線は原文。以下全て同じ)。経験的に振り返ってみるに、この認識は正鵠を射ていると思う。過去20年くらいの間に頻繁に起こった大小のバブルでは、確かに新しい金融技術や制度の影響があったように思う。

たとえば、日本の投資家にとっては、80年代後半の株式市場のバブルが忘れられないところだが、この時にも当時としては重要な技術革新があった。それは、特定金銭信託によって企業が簿価分離をした株式運用が出来るシステム、あるいは信託銀行が提供したファンドトラスト(顧客の資金を預かって信託銀行が一任運用する)という商品が登場して、個人ばかりでなく、企業が株式市場での運用に走ったことだった。特定金銭信託で証券会社がアドバイスをする(実質的には一任運用に近かったが)ものや(通称「営業特金」)、ファンドトラストでは、俗に「握り」と称せられた利回り保証が慣行となっていて(当時から違法であったが、こうした慣行はあった)、投資家顧客の側が、この運用には損失のリスクがない、とリスクを誤認した(結果的に多数の利回り保証が履行されなかった) 結果、大量の法人資金が「財テク」(「財務テクノロジー」の短縮語)の掛け声の下に株式市場に流入して株価を押し上げた。

大小のバブル及びその崩壊に関連する金融技術を思いつくままに挙げてみると、以下の表のようなリストができあがった。

(表)バブルと新しい金融技術

バブル或いはその崩壊(通称) 新しい金融技術或いは制度
ブラックマンデー(1987年) ポートフォリオ・インシュランス
日本の株式バブル(1980年代後半) 特定金銭信託、ファンドトラスト、「握り」
LTCMショック(1998年) ヘッジファンド(レバレッジ)
米ネット株バブル(1999年~2000年) ネット企業の株式
日本の新興市場バブル(~2006年) M&Aブーム、IPO神話
米国不動産バブル(2000年代~現在) 住宅ローン証券化商品
日本の不動産ミニバブル(~2007年) 投資ファンド、REIT(不動産投資信託)
商品バブル?(~現在) 商品指数連動ファンド

これらの中には、ネット企業の株式のように、金融技術的には普通の株式なので、厳密には「新しい金融技術」と呼びにくいものもあるが、無限に近い成長イメージで数百倍のPERで株を買わせたストーリーは、プライシングの難しい新しい金融商品を生んだわけだから、実質的には新しい金融商品の誕生だったと整理していいだろう。

以前ご紹介したリチャード・ブックステイバーの「市場リスク暴落は必然か」(遠藤真美訳、日経BP社)でも説明されているが、バブルは、単純な景気の循環や、実物的なショックから起こるものというよりは、新しい金融的複雑性が新たな収益機会とリスクの誤認がきっかけとなって、ブームが起こり、やがて次のステージに進むケースが殆どだ。

(2)リスクテイク行動の前傾化

日銀のレポートのコラムに戻ると、「技術革新や規制緩和による新たな収益機会のもとで、銀行や市場参加者のリスクテイク行動が前傾化すると、金融市場内部に、あるいは金融市場と実体経済の間に、正のフィードバックが作用し、金融取引の拡大が増幅されてゆく」とある。

この過程では、金融機関の資産の時価評価が収益を生むと共に、担保価値の上昇や、リスクテイク能力の拡大をもたらす。こうして生じた信用拡大は、実体経済にもプラスのフィードバックをもたらすことが多いので、ブームは一段と本格化する。

原文に下線が引いてある「リスクテイク行動の前傾化」とは、再び上品な言い回しだが、銀行でいうと、儲かっている分野に対する貸し出し競争が起こるし、投資銀行(要は証券会社)なら、自己資金での投資にも傾斜する、といった状況だ。

この過程に関して、日銀のコラムが十分分析できていない点があるとすると、それは、金融市場のプレーヤーのインセンティブと制御に関わるエージェンシー関係とそのコストだろう。

たとえば、ヘッジファンドのファンドマネージャーは、自分が属する会社やそのグループのために総合的に考えられたリスク管理の下に収益を追求するのではなくて、成功報酬ボーナスなどによる、自分の利益を最大化するのだ。もう少し詳しくいうと、成功報酬は一種のコール・オプションだから、ファンドマネージャーは自分のファンドのボラティリティーを極大化することで、このオプションの価値を最大化できる。加えて、成功報酬は1年単位で、いったん取ってしまえばこれを返還することはない。更にいえば、毎年ファンドを解散して利益を実現するわけではないので、ファンド資産の「時価評価」に基づいて1年の利益を評価してパフォーマンスを確定してしまうと、「勝ち逃げ」が可能になる。

ここまで極端でなくとも、住宅ローンのセールスマンも、モーゲージ商品の組成者もトレーダーも、あるいは格付け会社のアナリストや経営者までが、こうしたインセンティブ・システムの下で個人の利益を極大化する行動を取っている。

一方、それぞれの業務には専門性や情報の非対称性があるから、株主から見た経営者、経営者から見たトレーダーやセールスマンといった、エージェンシー関係にあるエージェント(代理人)がプリンシパル(雇い主)の利益のために動くかどうかは、極めて心許ない状況だ。加えて、ブームのただ中にあっては、トレーダーやセールスマンを管理すべき経営者も自らの成功報酬追求に血眼だし、場合によっては、株主も同様だ。ただ、エージェンシー関係の階層が追加されるたびに、制御が甘くなっていくことは否めない。

バブルの背景には、新しい金融技術があるというのはその通りだと思うが、ブームが生じてバブルに至る過程の中では、個人の行動を制御し切れない組織の問題、つまり、人的なミス・マネジメントが必ずあるように思える。

日銀のコラムは「市場参加者のリスクテイクは、リスク認識の限界から、過度に進む可能性がある」と続くが、これは、金融機関や金融システムあるいは、集団としての投資家といった単位で見ると、市場に参加する主体がリスクを正しく認識できていないように見えるかも知れないが、個々のプレーヤーの単位まで分解してみると、必ずしも全員が「リスク認識」を誤っている訳ではない。

敢えてもう一歩踏み込むと、こうした「リスク認識の限界」に見える状況を作り出すところに、新しい金融技術の役割がある。

もちろん、ただ一人の金融マンがバブルの設計図を描いてこれを実現するわけではなく、金融業界が集団的に機能してそれぞれの役割を果たしながら、バブルを作っていくわけだが、「新しいアイデアでブームを起こし、これをバブルにして稼ぐ」という過程は、成功報酬型のインセンティブ・システムを持つ金融マンたちの一種の集団的ビジネス・モデルとして、パターン化されつつあると見ていいのではないだろうか。

日銀のコラムは、ブームの中期の平穏な状態が続くときに、市場参加者が、金融危機が発生するかも知れないという認識を極端に低下させることや、「緩んだリスク評価が、投資家の群衆行動によって、見過ごされる傾向がある」と指摘している。この時期は、金融マンにとっての書き入れ時になる。

コラムがさらに指摘するように、「競争相手が資産価格上昇の波に乗って高収益をあげているときに、自分ばかりが低収益ではいられない」という心理も働く。この心理は、特に、日本の競争状況の機微をよく表していると思う。日本の金融マンは、通常、ウォール街の金融マンほど強烈なインセンティブ・システムに晒されているわけではないが、企業単位の競争状況は、彼らに対する強力なインセンティブとして作用する。

(3)マクロ経済環境や金融環境

日銀のコラムだから、当然、マクロ経済と金融環境に対する言及がある。「マクロ経済環境や金融環境も、こうした市場参加者の投資行動に重要な影響を与え得る。例えば、先進国では、実質経済成長率が高くインフレ率が低い時期に、株式ブームが発生する傾向が指摘されている」とある(セントルイス連銀の研究の紹介だ)。

低金利の下では、生命保険やヘッジファンドなどが、逆鞘の解消や運用収入の確保を目指して、リスクテイク行動を強める、との指摘もある。

次に、高い実質成長率と低いインフレ率が長期間にわたって併存してくれるのは、さて、いったい何時のことになるだろうか。もちろん、日銀の現在及び将来の金融政策も大いに関係する。

(4)バブル崩壊!(情報の非対称性の顕在化と流動性低下)

バブルの崩壊に関する日銀コラムの記述は次のようなものだ。

「このように、銀行や市場参加者のリスクテイク行動が前傾化し、それが自律的に増幅されていくと、バランスシートにリスクを過小評価した資産が積み上がり、金融システムに不均衡が蓄積される、そして、金利上昇や資産価格の下落などをきっかけに、不均衡は急速に巻き戻されていく」。

また、この巻き戻しの過程では、「金融取引に内在する情報の非対称性運用・調達期間のミスマッチに関する問題が顕在化し、混乱が増幅される」とある。

それが「いつ」なのかが分からないことが難しい点だが、不均衡が蓄積されると、小さなきっかけで、日銀が言うところの「巻き戻し」が始まる。「巻き戻し」と一言で言うと簡単だが、市場関係者にとっては、ここからが痛みの始まりだ。

そして、投資家がリスクの過小評価に気づいても、直ちにリスクの正しい評価に辿り着けるわけではなく、情報の非対称性の存在は、逆方向に極端な評価にもつながりうるし、気づいていなかったリスクの存在と情報の不在の認識が急に拡がることによって、金融市場に混乱が起こる。上昇相場では、市場参加者にリスクを見せずに済ませることに役立った情報の非対称性は、下落相場では、どこが底になるのかが見えない恐怖を増幅する役割を演じるようになる。

また、リスク縮小の最も手っ取り早い方法は資産の売却だが、これによって資産価格が下落すると、値洗いによるデレバレッジ(レバレッジの巻き戻し)を誘発するとの指摘もされている。さりとて、値洗いが悪いのではなく、それまでの行動の結果を引き受けているにすぎない。

加えて、資産の売却が思うように進まないと、金融機関は流動性の問題に直面して、対象資産以外の資産も売却対象とするようになって、資産価格の下落が他の商品にも拡がって行く。サブプライム問題でも、金融機関が市場の流動性不足で売るに売れない証券化商品を抱えたために、資金繰りに苦しみ、これまで問題がなかった資産まで売るようになって、危機が波及した。こうした過程について、「金融市場レポート」7月号は、かなり詳細に分析しているので、興味のある方は一読されるといい。

日銀の「金融市場レポート」7月号のコラムは次のように結ばれている。「金融市場での取引が停滞すると、市場流動性が低下し、そのことが銀行や市場参加者の資金流動性の低下を加速させることで、市場環境はスパイラル的に悪化し、金融混乱の様相が深まることになる」

現在、米国の金融市場が直面している問題の構造は、要約するとこういうことなのだ。

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