国連事務総長が「食糧危機」に警鐘鳴らす
以下は、FAO(国際連合食糧農業機関)が公表している、食糧価格指数の推移です。世界の食糧価格の全体像を示すこの指数は、2022年(1月から4月の平均)、実質146、名目149と、第一次オイルショック時を上回る水準で推移しています。
図:FAO食糧価格指数の推移
穀物、植物油、乳製品、砂糖、食肉の国際価格を2014~2016年を100として指数化
わたしたちのように先進国に住んでいる人たちも、牛丼やスナック菓子、小麦粉、植物油など、身近な食品が値上がりし始めていることを、感じています。食糧価格が高騰する中、価格高騰の背景である「供給量が減少する事への懸念」に注目が集まっています。
5月18日、世界の食糧安全保障を話し合う、国際連合(国連)の閣僚級の会合がありました。アントニオ・グテーレス事務総長は「(数カ月以内に)何千万人もが栄養失調や飢餓に陥る恐れがある」と、世界的な食糧危機に警鐘を鳴らしました。
また、翌19日の安全保障理事会でも食糧危機が議題となり、米国のアントニー・ブリンケン国務長官は「ロシア軍は世界とウクライナの何百万もの人々への食糧供給を人質にした」と、ロシアを強く批判しました。
ロシアがウクライナに侵攻して3カ月が経過しましたが、まだまだ出口は見えません。見えないどころか、ロシアが繰り出す、直接・間接、柔・硬、さまざまな策により、世界中が揺らいでいます。「食糧危機」もその一つと言えます。(危機にはさまざまな意味がありますが、ここでは主に、価格が高騰していることを「危機」とします)
「食糧危機」を引き起こす3つの要因
以下は、筆者が考える現在の「食糧危機」を引き起こしている3つの要因です。「生産量減少」「輸出量減少」「囲い込み拡大」、いずれの要因も「供給量を減少させる要因」です。
ウクライナの輸出量減少など、すでに発生している具体的な材料のほか、ウクライナの今年冬に作付けする小麦(2022年/2023年度の冬小麦)の生産減少や、ロシアの穀物禁輸対象国の拡大など、まだ発生していない材料(懸念)もあります。(実態はなくても「懸念」は強い価格変動要因になり得る)
「★」印をつけた材料は「ウクライナ危機」起因の材料です。ウクライナ危機が終わらない限り、なくならない可能性が高い材料です。その他、米国ではトウモロコシの作付け進捗(しんちょく)が平年に比べて遅れていることや、昨年度、小麦を大きな規模で輸出したインドが先日、輸出を停止することを宣言した、などの材料が挙げられます。
図:「食糧価格上昇」を引き起こす3つの要因(筆者イメージ)
ロシアとベラルーシの化学肥料輸出
ロシアとその隣国であり同盟国のベラルーシは、カリ鉱石の主要生産国です。同時に、両国は、カリ鉱石を利用して作る化学肥料の一種「カリ肥料」の主要輸出国でもあります。
各国の貿易統計を集約したThe Observatory of Economic Complexity(OEC)のデータによれば、世界全体に占める2つの化学肥料(カリ肥料と窒素肥料)の輸出額シェアは、2カ国合わせて19.4%です。ロシアはカナダに次ぐ世界第2位、ベラルーシは中国に次ぐ4位です。(2020年)
USDA(米農務省)のデータによれば、近年、世界全体の主要穀物の生産量の増加率は、収穫面積の増加率よりも高いことがわかります(2010年度から2020年度)。
この間、単収(一定面積あたりの生産量。生産量÷収穫面積)の増加が、世界の穀物生産量の増加を支えたわけですが、それには、品種や農耕機械などの改良だけでなく、化学肥料の存在が大きかったと考えられます。
化学肥料は、窒素、カリウム、リンという、植物自身が土壌中から摂取することが難しい養分を補うために必要不可欠とされています。
報道によれば、ロシアは昨年秋から、ベラルーシはロシア侵攻前から、一定の条件のもとで、化学肥料の輸出を停止しているとされています。
これを受け、化学肥料の価格(グリーンマーケッツが集計する北米の肥料価格指数)は、ウクライナ侵攻後に騰勢を強め、足元、昨年夏の2倍弱の水準に達しています。(指数の集計が始まった2002年1月以降の最高値水準)
ロシアとベラルーシからの化学肥料の供給減少は、化学肥料価格を上昇させて農産物の生産コストを押し上げています。また、肥料そのものの供給減少は、今後、世界的な単収低下の要因となり、「食糧危機」を強める可能性があります。
図:世界の窒素・カリ肥料輸出シェア(2020年)
ウクライナの農産物輸出量と見通し
USDAは今月、需給見通しを公表しました。今月より、2022年/2023年度産の見通しが含まれるようになりました。以下は、ウクライナにおける主要農産物の輸出量とその見通しです。見通しの段階ではあるものの、トウモロコシと小麦、そして世界屈指の輸出シェアを誇るヒマワリ油の輸出量が大きく減少すると、されています。
図:ウクライナにおける主要農産物の輸出量 単位:千トン
USDAのデータによれば、ウクライナの輸出シェアは、トウモロコシが13.0%、小麦が8.3%、ヒマワリ油が46.7%です(2020年度)。
高シェアを誇るウクライナの輸出量が急減する見通しが示されたのは、ロシアによる黒海沿岸の主要港湾の閉鎖や、軍事侵攻で生産活動の一部に支障が出ているためです。(グテーレス国連事務総長の指摘でも言及されている)
その他、ロシアによる「囲い込み」拡大の懸念もあり、ウクライナ危機が終わらない限り、なくならない可能性が高い材料が複数あり、さまざまな方面から「食糧危機」が起きていると言えます。
「食糧危機」がもたらす4つの影響
以下は、筆者が考える「食糧危機」がもたらす4つの影響です。「食品価格上昇(インフレ加速)」、「市民暴徒化懸念生む」「SDG’s機運停滞懸念生む」「穀物メジャー株など関連商品上昇」という、影響が想定されます。
図:「食糧価格上昇」による4つの影響(筆者イメージ)
目下、FRB(米連邦準備制度理事会)は金融引き締めを強化しています。「インフレ(物価高)退治」が目的とされているものの、今のところ、利上げや量的引き締めなどの金融引き締め策の強化は、資金の巡りを悪化させたり、新興国からの資金引き上げ(米国への回帰)を加速させたりする、金融市場におけるマイナスの側面が目立っています。
足元、インフレが進めば進むほど、FRBはやっきになって金融引き締めを強化し、それがさらにマイナスの面を増幅させる、悪循環ができつつあります。つまり「食糧危機」は、FRBを介し、マイナスの面をもたらしているわけです。
また、思い起こせば、2010年初夏、ウクライナで大干ばつが発生したことをきっかけに、小麦価格が急騰し始め、トウモロコシと大豆がそれに追随しました。いわゆる「連想高」が起きました。
この時の「食糧危機」は、「アラブの春」(2011年~)のような政変の同時多発の主因となりました。コロナ禍、ウクライナ危機、米中対立など、混乱に枚挙に暇がない今、いつ現在の「食糧危機」が政変の同時多発を起こしてもおかしくはないでしょう。
さらに、「食糧危機」は、「SDG’s(国連が定めた時速可能な開発目標)」を停滞させる可能性があります。食糧価格高騰が起きると、食糧の一部を転用して作られるバイオ燃料の生産が停滞したり、高い食糧を買うことができず飢餓が進行する国が増えたりして、エネルギーや食糧供給の安全保障が脅かされるためです。
ウクライナ危機が長期化すれば食糧危機も長期化
以前の「金(ゴールド)に「100年越し」の長期上昇要因発生!?」で述べたとおり、ロシアがウクライナに侵攻した動機に以下の2つが含まれているのであれば、ウクライナ危機は長期化する可能性があります。
・「脱炭素」を急速に進めて化石燃料を痛烈に批判し続けた西側に対し、インフレを長期化させて経済的なダメージを与え続けること
・資本主義を破壊するすべについて触れた、およそ100年前のロシア革命の指導者ウラジーミル・レーニンの言葉を体現すること
ウクライナ危機の長期化は、「食糧危機」が長期化することを意味します。この場合、先述の「食糧危機」がもたらす4つの影響の最後で述べた、「穀物メジャー株など関連商品上昇」も、長期化する可能性があると、筆者は考えています。(短期的な急騰ではなく、長期視点の上値切り上げ)
[参考]食糧関連の具体的な銘柄
以下は、肥料や種子などに関わる企業(一例)の株価の推移です。ウクライナ侵攻を機に、騰勢を強めていることが分かります。
主要国からの供給量が減少することを見越し、食糧生産の根幹を担う、肥料や種子を事前に確保しようとする動きが出始めている(今後そういった動きが強まる観測が浮上している)ことを示唆していると、筆者はみています。
図:肥料、種子などに関わる企業(一例)の株価
また、以下のとおり、食糧関連の企業や関連する金融商品の例を示します。
ETF WisdomTree 穀物上場投信(1688 東証)
サカタのタネ(1377 東証P)
カネコ種苗(1376 東証S)
丸紅(8002 東証P)
アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)
ブンゲ(BG)
インベスコDBアグリカルチャー・ファンド(DBA)
トウモロコシ・小麦(海外商品先物)
トウモロコシ(国内商品先物)
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