ウクライナ危機や新型コロナウイルスの感染拡大、およびロックダウン(都市封鎖)などが複合的に影響し、中国経済に不安要素が立ち込めています。そんな中、李克強(リー・カーチャン)首相は経済専門家や企業家、各地方政府の首長(省長)らと立て続けに座談会を開き、景気低迷を回避するための対策を審議しました。足元、および近未来の経済情勢は、今秋に開催される5年に1度の党大会をまたいだ習近平(シー・ジンピン)政権の権力基盤にも影響を与えずにはおかないでしょう。

 中国にはマルクス主義に基づいた「経済基礎決定上層建築」という概念があります。端的に言えば、「経済が政治を左右する」という意味です。経済情勢いかんで政治構造の行方が決まるという意味で、まさに2022年という政治の季節に当てはまる定理だと言えるでしょう。

 今回は、足元の経済情勢を中国共産党指導部がどう認識し、対策を打とうとしているのかをみていきたいと思います。

ウクライナ情勢とロックダウンで低迷する中国経済。上海の現状は?

 中国経済情勢を巡る足元の数字が芳しくありません。

 中国国家統計局が3月31日発表した3月のPMI(製造業購買担当者景気指数)は49.5と前月より0.7ポイント低下。5カ月ぶりに好不調の境目である50を下回りました。

 同局の趙慶河(ジャオ・チンハー)サービス業調査センター高級統計師は、「直近、国内における多くの場所で集中的な感染拡大が見られ、加えて地政学的不安要素が明白に増加したことで、我が国の企業生産経営活動が一定の影響を受けた。統計は、我が国の経済をめぐる全体的な景気水準が一定程度低迷していることを示している」と景気の低迷を認めています。

 新型コロナの感染拡大を受け、一部都市で事実上のロックダウン措置が取られ、サプライチェーン(供給網)や生産活動、個人消費などに影響が出ていること、出口が見えないウクライナ危機に伴う資源高を中心に、景気低迷の直接的な引き金になっているのが現状とみられます。

 また、統計局が4月11日に公表した3月のCPI(消費者物価指数)は前年同月比1.5%上昇と、前年比としてはここ3カ月で最も高い伸びを記録。ロックダウンやウクライナ危機を受けた物価上昇が要因です。

 中国乗用車協会の公表によると、2022年第1四半期(1-3月期)の自動車販売台数は前年同期比4.5%減、直近の3月は前年同月比10.5%減の158万台となり、ロックダウンに伴う工場封鎖や生産遅延、客足鈍化などが影響している模様です。

 上海のGDP(国内総生産)が中国全体のGDPに占める割合は3%強(トップは広東省の10%強)に過ぎませんが、上海は中国有数の国際ビジネスセンターであり、生産や販売、物流などを含め、中国国内、および中国と外国間の経済活動に与える影響は軽視できません。

 約2,500万の人口を抱える上海市における、過去数日の新型コロナ新規感染者数(無症状者含む)を見てみると、4月9日2万4,943人、10日2万6,087人、11日2万3,342人、12日2万6,330人となっており、いずれも中国全土における新規感染者数の9割以上を占めています。

 私自身、中国内外で生活する中国の知人と話していても、二言目には「上海は本当にまずい状況にある」という類の言葉を耳にします。

 上海市政府の感染防止策を問題視する声も普遍的です。中国政府は、今年に入りオミクロン株が流行する中、天津市で1月8日から感染拡大後、21日には感染者ゼロを記録したこと、深センで取られたロックダウンが10日以内で解除されたこと、といった実例を挙げながら、昨今の上海における過去に例を見ない爆発的感染拡大を受けても、習主席が3月に指示を出したように、経済活動への影響を最小限に抑える「動態的ゼロコロナ」を堅持する方針を変えていません。

 現状、中国における感染拡大が上海に集中しているのは明らかですから、全国各地から上海への医療や物資支援が大々的に展開されています。担当当局の国家衛生健康管理委員会は、全国16の省(日本の県に相当)から4万人以上の医療人員を上海に送り込み、1日238万件に及ぶ上海市民へのPCR検査を支援。また11日までに、11の省が計1.8万トンの野菜など生活物資を供給、パンなど5,400トンの食品を無償支援しています。

 私からみて、目下上海で取られているロックダウンは、2020年当時の武漢や今年初頭の西安などと比べても柔軟、かつ機動的であり、可能な限り経済活動への影響を最小限に食い止めようという上海当局の姿勢は感じさせます。一方で、市民からは都市封鎖に伴う外出、買い物などの不便性を嘆き、「もう我慢の限界だ」という不満も多々聞こえてきます。

 全国各地からの支援を含め今だからこそ「挙国一致」体制で上海の危機を支えるという観点から社会主義制度の「優位性」を証明したいというのが党指導部の意向なのでしょうが、コロナ抑制、経済再生を含め、先行きは不透明だと言わざるを得ません。

李克強首相が企業家を集めて経済情勢・対策に関してヒアリング

 情勢が不透明なとき、党・政府の指導部は往々にして定例、非定例を含め「座談会」という場を活用して市場関係者にシグナルを送る傾向があります。今回もそうでした。

 まず4月7日、李首相が北京で経済の専門家や企業家を招集、経済情勢と対策について話し合いました。招集される関係者は毎回異なりますが、今回は中国物流集団、中国農業生産資料集団、青島創新奇智科学技術公司といった企業の責任者が呼ばれました。昨今の情勢下で、李首相が物流、食料、科学技術といった分野に懸念を抱いているのが見て取れます。

 昨今の経済情勢から、私が注目した李首相による指摘は次の3点です。1つずつ解説していきます。

(1)「昨今の世界情勢は複雑に変化しており、国内の新型コロナも感染拡大している。いくつかの突発的要素は予想を超えている。経済の安定的運行により大きな不確実性と課題を投げかけている」

「予想を超えている」という表現は見慣れないもので、中央政府の首長として、ウクライナ情勢や新型コロナの感染拡大をめぐる状況が、李首相自身の予想を上回る形で展開しているという危機感がにじみ出ています。

(2)「物価を安定させるために、食料生産、エネルギー供給、物流の円滑な運行といった肝心な点をしっかりと掌握しなければならない」

 上記で指摘したように、インフレリスクが高まる中、物価の安定は最重要事項の一つであり、その意味で、目下価格高騰が懸念される食料、エネルギー問題、そして新型コロナの影響を受けたサプライチェーンの問題をいかに処理するかがカギを握ると李首相が考えている現状が見て取れます。

(3)「石炭の先進的な生産能力をより一層解放し、石炭や電力企業がより多く発電できる政策を実践していくことで、エネルギーの安定供給を保障する。政策協調を通じて主要な交通路、港といった要となるインフラの秩序ある運行を保障し、貨物車の運転手をサポート、貨物経営者の困難緩和、物流コストのカットといった分野で、ピンポイントで措置を取るべく検討することで、国内外の物流を円滑に運行させ、産業網や供給網の安定を維持していく」

 昨年下半期からの電力不足を受けて、大気汚染の緩和などグリーン経済の推進は放棄していないものの、現状下でまずは化石燃料を含めたエネルギーの安定供給を優先するという方針がはっきりと見て取れます。

 環境よりも景気優先、とも言えます。新型コロナの感染拡大や一部ロックダウンを受けて、やはり中央政府としては物流や供給網が景気低迷の足かせになると踏み、そこに照準を合わせて対策を取ろうとしているのでしょう。

食料、エネルギー、物流:李首相が懸念を抱く三つの経済要素

 次に4月11日、江西省を訪れた李首相は地方政府の首長数名を招集する形で座談会を開催、経済情勢について審議、指示を出しました。上記専門家や企業家との議論が土台になっているのは言うまでもなく、中国政府の政策決定プロセスの特徴と言えます。

 座談会には地元江西省の省書記(党のトップ)と省長が対面で、遼寧省、浙江省、広東省、四川省といった経済を成長させる上で鍵を握る複数の省の省長がオンラインで参加しました。

 私が注目した李首相の各首長への指示は以下。それぞれ解説していきます。

「国内外の環境におけるいくつかの予想を超えた変化に対して高度に警戒する必要がある。経済の下振れ圧力はさらに高まっている。新たな課題を正視し、断固対応せよ」

 上記の座談会を受けて、中央政府としても予想できなかった不確実性への対応を地方の首長に促しています。景気の先行きを全く楽観視していません。

「春季の農業生産、農業企業による物資の供給や価格の安定、末端の配達にきちんと取り組み、絶対に遅延させてはならない。通年の食料豊作を確保し、物価安定の基礎とせよ」

 食料をめぐる供給や価格の安定が、目下経済政策として最重要視する物価の安定につながるという中央政府の姿勢を正確に表しています。

「電力や石炭などのエネルギーの安定供給を保障し、国内の先進的な石炭生産、供給を加速的に解放すべきだ。昨今における物流の中断が経済循環に与える影響を高度に重視せよ」

 上記とも連動しますが、エネルギーの安定供給と物流の円滑な運行が、景気を支えるために最重要視されている現状が見て取れます。7日の専門家・企業家との座談会、11日の地方首長との座談会を通じて、李首相は、基本的に同じテーマ(食料、エネルギー、物流など)に関して同様の見解、指示を披露した事実から、党・政府指導部の経済情勢を巡る懸念事項が明解に整理できます。

 最後に、李首相は11日の座談会で次のようにも語っています。

「新型コロナの感染拡大、その対策の影響を深刻に受けた分野、企業に対しては、“点対点”のサポートをせよ」

「困難が多ければ多いほど、市場プレーヤーに対して良好な商業環境を与えなければならない…市場の期待値を下げるような政策を打ちだしてはならない。仮にそんな政策があれば是正せよ」

 李首相は、インフレリスクやコロナショックに見舞われている現状だからこそ、経済を市場原理で運営させること、政府が余計な干渉をすべきではないことをうたっています。歓迎すべき言及だと思いますが、問題はどう実践されるかです。

 4月18日(月)には、2022年第1四半期(1-3月)の経済指標(GDP成長率、固定資産投資、社会消費品小売総額など)が発表される予定です。どのような数値が出てくるのか見ものです。またその時に分析を加えるようにします。