ウクライナ危機に収束の兆しが見られない中、中国は、国内上の、しかしながらグローバルビジネスにも深く影響し得るリスクに直面しています。新型コロナウイルスの感染再拡大です。今秋5年に1度の党大会を控える中、何が何でも経済の安定成長と政権基盤の強化につなげたい習近平(シー・ジンピン)総書記としては、国内外で複合的に交錯する統治リスクのかじ取りに骨を折っていることでしょう。そんな中、習氏がついに「鶴の一声」を発しました。今回はその経緯と中身を解説していきます。

中国を再び襲う新型コロナの感染拡大

 中国各地で新型コロナの新規感染者が増加し、その数は高止まりしています。直近の感染者数をみてみると、次の通りです。

3月21日4,594人
22日4,937人
23日4,732人
24日4,790人
25日5,600人
26日5,550人
27日6,215人
28日6,886人
29日8,665人

 政府は18日、東北部の吉林省で感染者2人が死亡したと発表。新型コロナによる死者が出たのは、2021年1月以来のことです。

 こうした状況を受け、国務院(内閣)は25日、新型コロナの感染防止対策に関する記者会見を開催。担当当局である国家衛生健康委員会の雷正龍(レイ・ジェンロン)副局長兼一級巡査員が、3月1~24日の本土における感染者は5万6,000人に上り、特に吉林省吉林市と長春市で新規感染が持続的に続いていること、上海市、河北省、福建省、遼寧省、における感染拡大が続いていること、山東省青島、威海、広東省深セン、東莞などでは感染拡大が初歩的に制御されていること、北京市、重慶市、浙江省などでは情勢が落ち着きつつあること、などを報告しました。一方、「昨今の感染拡大防止をめぐる(国内全体の)情勢は依然として厳しく、複雑である」とも指摘しています。

 また、雷氏が言及した上海市に関しては、新規感染者が27日に3,500人、28日に4,477人、29日に5,982人と増加。それぞれ中国国内における感染者数の5割以上、6割以上、約7割を占めるに至っています。同市は28日から一種の都市封鎖(ロックダウン)に踏み切り、封鎖期間中、全市民にPCR検査を実施しています。これによって、金融機関などが集積する黄浦江以東における対象地域でバスやタクシーなど公共交通機関が運行を停止、市民は原則、外出を禁じられています。

 同地で事業を展開する企業の活動に影響が出るのは必至です。例として、米電気自動車(EV)大手テスラは28日から4日間、市内にあるEV工場の操業を停止しました。日本企業でもローソンが封鎖地域にある約300店舗を休業、上海市内でユニクロを87店舗展開するファーストリテイリングも一部の現地店舗の休業を決断しています。供給網、および空港を含めた国際物流への影響も大きく、中国の海外ビジネスへの波及が懸念されます。

実質「ゼロコロナ」見直しへ。習近平が放った鶴の一声

 私自身、年初に配信したレポート「3期目突入か?習近平が懸念する中国の2022年8大リスク」にて、リスク1として新型コロナを挙げました。やはり感染拡大をめぐる問題は、対処法を含め、2022年度の中国政治・経済にとって最大の不確定要素の一つであるという見方を新たにしています。

 2019年12月、湖北省武漢市から新型コロナが広まり2年以上がたちましたが、この期間、中国共産党指導部は、新型コロナを徹底的に抑え込む「ゼロコロナ」政策をもって感染拡大を抑制し、2020年のGDP(国内総生産)でプラス成長(2.2%増)を達成したことを業績として語ってきました。習総書記、李克強(リー・カーチャン)総理などが「コロナ抑制と経済再生で中国は世界をリードしてきた」と公言してきたように、中国はコロナ禍での経済成長をもって、自らの統治体制や発展モデルの優位性を証明しようとしてきたわけです。

 昨今の事態は、そんな「神話」が崩れるかもしれないという予感を国内外に植え付けるものと言えるでしょう。しかしながら、だからといって、2020年1-3月期の武漢市でみられたようなゼロコロナ政策を徹底する時期は過ぎ去りました。

 全人代でも「動態的ゼロコロナ」を強調していましたが、私も本連載で報告してきたように、2022年度の中国のコロナ対策は、「ゼロコロナ」と「ウィズコロナ」のはざまに着地することを目標としています。

 昨年下半期、中国経済は成長率5%以下の低水準で推移しましたが、党指導部はその原因の一つとして、「行き過ぎたコロナ抑止策が供給網や個人消費に打撃を与え、経済全体が疲弊した」(党幹部)と総括し、今年に生かすべき教訓としています。

 そして、教訓を実際の政策に大々的に反映させるべく、ついに習総書記が動き出します。

 習氏は3月17日、最高意思決定機関である中央政治局の常務委員会を招集し、新型コロナの抑制と経済成長に関する重要談話を発表しました。そこで、「最小の代償で最大の抑制効果を実現し、感染症の経済社会の発展への影響を最小限に抑える」必要があると明言。私が知る限り、習氏が中央政治局の会議でコロナ抑制策の経済への影響を最小限に抑えると明言したのは初めてのこと。その目的は「ゼロコロナ」の実質見直し、言葉や目標ではなく、実際の行動や政策として全国各地に浸透させることです。

 習氏の談話を受けて、私が話を聞いた国家発展改革委員会の幹部は、「この日を境に、各地方の首長は、ゼロコロナを維持するだけでは業績を上げたと評価されなくなる。経済成長を意識した感染症対策への転換が必須となった」と語っています。

 この光景をみながら、私は習氏が2012年11月に総書記就任以来、政権の目玉政策として大々的に推し進めてきた反腐敗闘争を想起しました。

 端的に言うと、腐敗による摘発を恐れる全国各地の経済官僚が、積極的、主体的に仕事をしなくなり、集団的に事なかれ主義に陥る中で、「これでは経済が回らない」という懸念を抱いた習氏が、今度は「主体性を持って行動しない幹部も処分する」と指令を出し始めたのです。

 経済官僚にとっては一種のジレンマです。担当地域の経済を動かすためには、地元の企業、例えば不動産デベロッパーなどとある程度「共働」(往々にして結託)する必要がある。ただ、それをやり過ぎれば反腐敗の巻き添いを食らう可能性がある。各地方の首長には微妙なバランス感覚が求められたものです。

 今回も同様でしょう。習氏の鶴の一声により、もはやゼロコロナ達成だけでは評価されません。むしろ、そこに執着しすぎた結果、経済が低迷すればそれはそれで責任を追及されます。

 上記で紹介したように、足元の新型コロナ新規感染者数は高止まりで推移していますが、党指導部や各地の首長は、これらの数字を直視し、感染拡大を抑制すべく全力で動きつつも、常に経済全体への影響を最小限にとどめるという大前提で政策を打ちだすことが常態化していくと私はみています。最高指導者、特に権力を自らに一極集中させている習氏による鶴の一声というのは、方針や景気全体を動かすほどの威力をもっているからです。

経済優先のロックダウン?「深センモデル」が常態化する

 上海市でロックダウン措置が取られる前、中国経済をけん引する広東省(同省のGDPは中国トップ、全体の約10%を占める)の深セン市における「ロックダウン」が物議を醸していました。同市は3月14日から交通規制や外出制限の措置を取り、全市民に対して3回のPCR検査を行いました。メディアでは「事実上のロックダウン」と紹介されました。

 その後、PCR検査を終えた同市は、「市内の新型コロナ感染状況は依然として深刻だが、全体的には制御可能」とし、感染者が確認されている地域では感染抑止策を厳しく続けるとしつつも、21日より市全体でのロックダウン体制を解除すると発表。公共の交通機関や企業活動も再開が可能となりました。この“ロックダウン”は実質1週間で終了しています。

 一方の陝西省。年初に新型コロナが猛威を振るっていました。西安市では100人以上の感染者が出て、ロックダウン措置が取られました。当初、私は同市で暮らす知人と連絡を取っていましたが、当時の武漢市をほうふつとさせるような厳格な、正真正銘のロックダウン措置が取られ、「100人以上」の感染者数をゼロにするために、その措置は約1カ月間続きました。市民は疲弊して、仕事や消費への影響も顕著だったと聞きました。

 3月中旬に深セン市が取った措置との違いは明らかです。感染者ゼロを徹底して実現しようとする旧来型のロックダウンから、経済活動への影響を最小限に食い止めようとする「新型ロックダウン」への転換と言えます。上記の上海市も基本的にはこの「深センモデル」を踏襲することでしょう。スピーディーにPCR検査を徹底し、臨機応変、かつ短期的にプチロックダウン措置を取り、改善が見られたら経済優先で大胆に解除する方策が取られると思います。

 封鎖と解除の揺れ幅が大胆となるのは必至であり、現地で仕事や生活をしている関係者は対応に骨を折ると察しますが、それも習氏が発した鶴の一声による「副作用」です。目的は、コロナ抑制と経済成長をこれまでよりもダイナミックに両立、共存させることに他なりません。

 言うまでもなく、景気にまつわる各種統計や指標への影響もこれまで以上に小刻みに、動態的になっていくでしょう。私自身、中国経済の現状と行方を判断する上で、これまで以上に綿密な調査と分析が必要になると痛感している今日この頃です。