ウクライナ危機が収束しません。ロシア兵が首都キーウ(キエフ)の広場で抗議デモを行っていた民間人に銃声を浴びせたり、最大手のショッピングモールを空爆したりと、連日悲惨な映像が流れ込んできています。ロシアはいつまで軍事侵攻を続けるのか。プーチン大統領に戦争を止めさせることができるとすれば、何がきっかけとなるのか。米国がけん制する中国の「ロシア支援」の行方次第では、戦争にピリオドが打たれるのか。

 今回も、不気味に映りつつも、鍵を握るように思われる中国の動きを解説していきます。

戦争を終わらせるための五つの手段

 戦地と化して1カ月がたち、ウクライナにおける人の流れは「動態的」になっているように見えます。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によると、3月19日時点で、ウクライナ国外に避難した人の数は約339万人に達しました。また、グランディ同弁務官が20日投稿したツイートによればウクライナ国内外の避難民は1,000万人を超えました。全人口の約4人に1人がロシアによる軍事侵攻を受けて避難を強いられたことになります。

 一方、私が人の流れを「動態的」と描写した背景には、少なくないウクライナ人がポーランドやルーマニアなど避難先から祖国を守るためという動機で帰国している現実が挙げられます。また、多くのウクライナ市民同様、ウクライナ軍に加わる外国人義勇兵は数万人を超したと言われています。カネやモノ、情報と同様に、人の流れは一方通行ではないということです。

 この1カ月、ロシアがウクライナへ軍事侵攻し、ウクライナは徹底抗戦し、西側諸国によるロシアへの経済制裁が前代未聞の規模と強度で発動されてきました。ロシアとウクライナの間で停戦交渉が行われてきました。NATO(北大西洋条約機構)諸国を中心に、「第三者」同士でも危機解決のための協議や会談が、対面で、電話で、ビデオで実施されてきました。

 戦争を終わらせるためにはどうすればいいか。何が必要か。私の限られた情報と知識を総動員させて考えると、きっかけは大きく五つ見いだせます。

(1)西側による経済制裁でロシア経済が崩壊、ロシアの国民生活が困窮する中で、プーチン大統領が休戦を決断する
(2)ロシア国内で反戦・反プーチン抗議が全国的に広がり、政権内部でプーチン氏への圧力が顕著に強まる中で、プーチン氏が休戦を決断する(あるいはプーチン氏が退陣に追い込まれる過程で、結果的に休戦する)
(3)西側諸国の部分的支援を受ける「ウクライナ軍」による徹底抗戦が、ロシアに対して軍事的に限界を認識させるに至り、プーチン氏が休戦を決断する(ロシア敗北とも言える)
(4)ロシア、ウクライナという二カ国間を中心に、フランス、ドイツ、米国など関連諸国が関与する多国間協議を通じて停戦に向けた合意が形成され、休戦に至る
(5)特定の国家、人物がプーチン氏を説得し、戦争を止めさせる

経済制裁、反戦デモ、停戦協議…戦争を終わらせるには至っていない

 戦争を終わらせる、プーチンに軍事侵攻を止めさせるという動機から、西側諸国が率先して、かつ相当程度団結して発動したのが経済制裁にほかなりません。欧米や日本の間で一定程度の差異は見られますが、主な制裁には、国際的な決済ネットワークであるSWIFT(国際銀行間通信協会)からロシアの特定の銀行を除外、ロシア中央銀行の資産を凍結、ロシアとの貿易を規制、WTO(世界貿易機関)の規定に基づく「最恵国待遇」の撤回、プーチン政権と関係が深い主要人物の資産凍結、などがありました。

 ロシア経済が打撃を受けていないはずはありませんが、戦争を終わらせるには至っていません。また、ロシア国内で反戦デモは行われており、一部関係者がプーチン氏への反対や反発の声を上げているものの、政権側はそれらを力で抑え込んでいます。(1)と(2)が戦争を終わらせるには十分ではないという現実の証しです。

(3)は特筆に値する。ウクライナ軍が予想以上に「善戦」しているというのは多くの専門家が指摘する点です。ロシア軍の軍事作戦としての「未熟さ」に関する議論も聞こえてきます。ただ、そうしている間にも多くの命が失われています。民間人が住む地域が破壊されています。ロシア、ウクライナ両軍が「共倒れ」するまで戦い、結果的に休戦というのは、現実的にあり得ないシナリオではありませんが、歓迎できる、目指すべき結果ではありません。

(4)は私からみても最も理想的かつ現実的な路線です。当事者を中心に、関係諸国も見守り、関与する形で、話し合いを通じて合意が形成され、それぞれが自らの意思で休戦を誓い、そのために動き、平和の再構築に向けて共働するのがベスト・オブ・ザ・ベストであることは論をまたないでしょう。

 実際に、ロシア、ウクライナ間での停戦協議、ロシアと中国、欧州諸国間との首脳、外相会談、中仏独首脳会談、米中首脳会談・ハイレベル協議など、当事者や大国間で不断に話し合いが続いています。トルコやイスラエルのように「仲介」に活路を見いだす国もあります。

 ただ、現状として、(4)が戦争を終わらせるまでには至っていないのは明らかです。

「トラの首の鈴はつないだ人でないとほどけない」

 最後に残ったのが(5)です。

 中国の習近平主席がロシアのプーチン大統領を説得して戦争を止めさせる以外に道はない。

 中国研究を専門にしているとはいえ、専門にしてきたからこそ、そんな安易な結論を下すつもりはありません。国益、権力、民族、宗教、地理、資源、歴史、経済、軍事、指導者の世界観…などが複雑に絡み合う国際政治とはそんな単純な構造ではないのです。

 一方で、(5)が「仲介役」となり、(4)を結実させるというのは現実的であり、休戦に向けた数少ないアプローチのように私には思えます。中国の外交官が指摘するように、中国は、ウクライナ危機を解決する上で鍵を握る全てをもち、また関係諸国との対話ルートを持ち、それらに働きかけることができる数少ない国家です。

 参考までに、この1カ月、王毅(ワン・イー)国務委員兼外相は電話、ビデオ、対面を通じてカウンターパート(外相レベル)と計25回の会談に臨んできました。日時が早い国(EU含む)から順に列記してみましょう。

 ロシア、EU、フランス、英国、ドイツ、韓国、ソマリア、ウクライナ、イラン、米国、ハンガリー、EU、パキスタン、フランス、イタリア、スペイン、インドネシア、オランダ、イラン、ザンビア、アルジェリア、タンザニア、パキスタン、ソマリア、エジプト。

 戦争を終わらせるため、ロシアとウクライナという当事者のほか、鍵を握るフランスやドイツ、米国といった国とも会談をし、欧州の安全保障という文脈でEUとも2回行っています。

 極め付きは3月18日夜(北京時間)に約2時間行われた習近平(シー・ジンピン)主席とバイデン大統領による米中首脳会談です。バイデン氏は、中国がロシアへの「支援」を止めなければ、米国は中国に対しても制裁を科す可能性を否定しない、という立場を表明したのに対し、習氏は「得意」のことわざで反撃しました。

「1つの手のひらだけでは鳴らない(トラブルには必ず双方に責任がある)」

「トラの首の鈴はつないだ人でないとほどけない(面倒は引き起こした当人が解決するよりほかない)」

 習氏が言いたいのは、端的に言えば「米国にも責任がある」ということです。冷戦初期(1949年)に結成されたNATOは、ソ連崩壊や冷戦終結後、5回にわたって拡大し、ロシアにとって安全保障をおびやかす深刻な脅威になってきた。それを主導してきたのが米国である。米国はトラブルに加担し、面倒を引き起こした当事者の一人だということ。今回はNATO拡大の6回目、しかもロシアと国境を接し、ロシアにとっての「祖先」であるキーウに首都を置くウクライナがNATOに加盟することを、ロシアは断じて受け入れない、という主張です。

 プーチン氏にとって、ウクライナとは国家の命運と民族の盛衰を賭けた「核心的利益」。つまり、武力を行使してでも死守しなければならない利益ということです。

 習氏はそう考え、バイデン氏に対し二つのことわざを披露したのでしょう。戦争を終わらせるためには、NATOが(特に米国が)、プーチン氏の(ロシアの)「安全」を確保してあげないといけない。あなたは歩み寄らなければならない。そのために自分はここにいて、あなたに告げている。1カ月前、プーチン氏に対して告げたように、と。

 習氏率いる中国共産党指導部は、「ロシア寄りの中立」という立場を堅持しつつ、引き続きロシア、ウクライナ、米国、欧州といった国の首脳に働きかけることで、(4)を促そうとするでしょう。

 戦争を終わらせるという観点からすれば、これからの2週間が鍵を握ります。間もなく、バイデン大統領がブリュッセルに向けて飛びます。NATOサミットやG7(主要7カ国)首脳会議に出席します。そして、4月1日には中国・EUサミットが予定されています。当事者、および関連諸国、特に大国間での話し合いを通じて、平和再構築への道筋が示されるか否か。また報告します。