▼著者

松田康生
楽天ウォレットシニアアナリスト

東京大学経済学部で国際通貨体制を専攻。三菱UFJ銀行・ドイツ銀行グループで為替・債券のセールス・トレーディング業務に従事。2018年より暗号資産交換業者で暗号資産市場の分析・予想に従事、2021年のピーク800万円、年末500万円と予想、ほぼ的中させる。2022年1月より現職。

【グラフ1】BTC相場とウクライナ情勢関連イベントの関係(2022年2~3月)

出典:Cointelegraphより楽天ウォレット作成

 

ウクライナ情勢とBTC相場

 BTC(ビットコイン)は、ウクライナ情勢の悪化を受け、2月半ばから大きく下落した。上は2月以降のBTC相場とウクライナ情勢を並べたものだが、事態の緊迫に合わせてBTC相場が上下したことが分かる。

 2月4日にプーチン大統領出席の上で北京五輪が開幕すると、期間中は習近平主席の顔を立てて軍事衝突は避けられるとの見方からBTCは上昇。

 米国が同国民にウクライナからの退避勧告を出すと上昇は一服、バイデン大統領が「数日中に侵攻が始まる」とすると大きく値を下げ始めた。

 20日にオリンピックが閉幕、25日に侵攻が始まると月内安値を付けた。しかし、すでに開戦をある程度織り込んでいたせいか*Buy the Fact気味に反発すると、ルーブルの急落を受けたロシア国内からの逃避買いもあり、BTCは反発を見せた。

*投資格言「Buy the rumor, sell the fact (うわさで買って事実で売れ)」

BTCがリスク資産となる仕組み

 拙稿「仮想通貨はどうなる?ウクライナ情勢からみる、金とビットコインの関係」で説明したとおり、BTCは原則としてリスク資産だ。株が上がれば買われるし、下がれば売られる。特に、近年、分散投資家のアロケーションの一部に組み込まれ始めてからそうした傾向が強くなった。

 資産の3%をBTCで保有すると決めた投資家がいた場合、株などの他の資産が値上がりするとBTCも買い増す必要が生じ、逆なら売る必要が生じる。一時、日本株とドル/円とが連動を強めた仕組みに似ている。

 さらに、紛争といった究極のリスクイベントを前にすると、投資家はリスクを減らして資産を守ろうとする。そうした場合、最も値動きの激しいBTCは真っ先に処分されやすい。

BTCが逃避資産となる仕組み

 しかし、デジタルゴールドと呼ばれることがあるように、BTCは逃避資産としての性格も併せ持つ。それは、法定通貨の価値が揺らいだ時のみ発動する。

 普段、多くの人は、現金が最もリスクが低いと考えて生活している。しかしよく考えてみれば、今使っているお金はただの紙切れだ。国家による強制と徴税権が背景にあると説明する人もいるが、今の政府に増税して国債を償還する能力があるとは思えない。

 そもそも日本では宋が滅亡してからもずっと宋銭を使っていた歴史があるし、1970年代までマリアテレジア銀貨がアフリカで使用されていた例もあり、お金に国家の裏付けは必要ない。

 しかし、この紙切れが1万円の価値を持っていると信じているから受け取るし、さらに1万円をもらうとうれしくなる。しかし、法定通貨の減価がある程度進むと、人々は夢から覚めてそれが単なる紙切れであったことに気づいてしまうことがある。

 そうした時にBTCは逃避先としての性格を表す。なぜならば法定通貨を発行する国家の関与しない新しいお金として設計・誕生したからだ。

法定通貨の逃避先となる仕組み

 こうした逃避先としてのBTCの人気を『21世紀の貨幣論』を著したフェリックス・マーティン氏は社会契約論のジョン・ロックの貨幣観の回帰だと指摘した。ロックの貨幣観とは「貨幣システムは、厳密かつシンプルなルールに従うべきだ」というもので通貨の発行量は中央銀行金庫にある金(ゴールド)の量に依存するべしとするものだ。

 これに対し、現在の政府は無制限に貨幣を発行、その価値を減価させていく。そうしたときにプログラムで発行量が定められているBTCは法定通貨のアンチテーゼとして輝きを増すわけだ。

 そんな難しい話をせずとも、ルーブルの価値が急落しているのに海外送金や外貨購入が禁じられたら、BTCに資産を逃避させたくなることは肌感覚として理解できるだろう。

ルーブル安で逃避需要

【グラフ2】ルーブル建てBTC価格と出来高

出典:Trading Viewより楽天ウォレット作成

 【グラフ3】USDT(ステーブルコイン・テザー)​とルーブルの交換レートと出来高

出典:Trading Viewより楽天ウォレット作成

  上は、Binanceという世界最大手の交換所でのルーブル建てのBTC価格と出来高とUSDT(ステーブルコイン・テザー)とルーブルの交換レート(ほぼUSDRUBと同じになるが、まれにずれることもある)と出来高だ。

 ルーブル価格の下落(BTCRUBやUSDTRUBの上昇)と合わせて出来高が急増していることがよく分かる。

 ちなみに「テザー」というのはステーブルコインと呼ばれる法定通貨にペッグした暗号資産の代表格。時価総額は9兆円にのぼる。ここで注目してほしいのはその使われ方、ユースケースだ。

 ステーブルコインが必要な人は、そのペッグする法定通貨にアクセスできない人だ。米ドルが自由に決済できる米国人にとって、ドル建てのステーブルコインはさほど必要がない。逆に経済制裁下で資本規制が強化されたロシアや、外貨購入制限がある中国の人にとって、一時的に資産をシフトさせる受け皿として重宝される。

 従って、日本でも円ペッグのステーブルコイン開発の議論はあるが、日本人にとって円建てのステーブルコインの存在意義は薄い。また日銀がCBDC(中央銀行デジタル通貨)を開発した時に存在意義を見いだすことも難しい。だから不要だというつもりはないが、円建てステーブルコインは開発することより、ユースケースを見いだすことの方がずっと難しく、重要であることを指摘しておきたい。

経済制裁逃れという規模ではない

 もう一つ、上記で指摘しておきたいのは、取引は急増しているが金額は大したことがないことだ。確かにルーブル建ての出来高は急増しているが、世界最大手のBinanceでさえ、ルーブル建てBTC取引の出来高が1日20百万ドルに届かず、1日出来高数兆円のBTC市場全体に大きな影響を与えるほどの金額とは言い難い。

 すなわち、資本逃避フローそのものだけでなく、それを察知し、先回りする投機ポジションが上乗せされて相場が動いた可能性がある。

 また、一部で懸念が示されている暗号資産を貿易決済に利用した制裁逃れとは金額的に程遠いことが分かる。1バレル=100ドルの原油を2,000万ドル分購入すると20万バレル。同国の産油量は1日1,000万バレル以上だ。金額からして一般のロシア人が貯蓄をBTCに振り分けていると推察して大きな相違はないだろう。

 ちなみにロシア国内から撤退する企業が相次いでいるが、ロシアは売掛金の回収期間が長く、それを母国に送金する条件も厳しく、現地に現金を多く保有している現地法人が多い。

 ロシアから撤退することによる収益への影響は限定的だろうが、現金や売掛金が回収不能となるとインパクトが大きい。そうした企業の中にはBTCによる回収を試みるケースもいずれ出てくる可能性がある。

【グラフ4】コロナショック前後の各アセット推移

出典:Bloombergより楽天ウォレット作成

今後の相場展開

 ウクライナ情勢は長期化の様相を呈しており、紛争後の相場を語るのは時期尚早かもしれないが、紛争は終わらなくとも、ウクライナ・ショックともいえるリスクオフ相場はいずれ終息する。

 それは、世界はまだコロナから完全に脱却していないが、相場としては2020年3月のコロナショックでこの材料を織り込み、その後ウィズコロナの回復局面が現れたことに似ていると考える。

 上図は2020年3月15日を100としたS&P500、NASDAQ、日経平均株価、金(ゴールド)、BTCの推移。各アセットによりコロナショックによる最下点は若干異なるが、その回復局面でBTCが最速であったことは一目瞭然だ。チャートを9月で切っているのは、その後のBTCの上昇が大きすぎて、他のアセットが横ばいに見えてしまうからだ。

 この時の上昇には、リスクオフの巻き戻しに加えて、コロナ対策による史上最大の財政支出と史上最大の金融緩和の結果生じるかもしれないインフレに対するヘッジ需要が高まったからだ。

今回も買い需要が出そうな理由

 では、今回の回復局面ではどうだろうか。米CPI(消費者物価指数)は7.5%と2020年当時、伝説の投資家と呼ばれたポール・チューダー氏らが懸念していた通りのインフレが発生。これに対しFRB(米連邦準備制度理事会)も流動性供給と利上げを同時に行う荒療治に出ているが、年1~2%程度の利上げでは焼け石に水で、インフレリスクは当時より高まっている。

 さらに、今回の経済制裁は2つの大きな禍根というか影響を残すと考える。外貨準備の米ドル離れと国際決済のSWIFT(国際銀行間通信協会)離れだ。そして、この2つはBTCなど暗号資産の需要にプラスに働くと考える。

外貨準備のドル離れ

 まず、前者だが、今回の制裁の中で最もロシアにダメージを与えたのは、各国中銀のロシア中銀との取引停止だったと考える。その結果、ロシア中銀は外貨準備の半分以上にアクセスできず、為替介入によるルーブル防衛が困難となった。

 ただ、このやり方は、世界中の指導者に戦慄(せんりつ)を与えた。米ドルで外貨を準備していても、米国と対立したら使えないことが明らかになったからだ。もちろん、日本など米国の同盟国はそんな心配はない。しかし中国や中東、さらに中南米の独裁者に与えたメッセージは大きい。

 外貨準備における米ドルの割合を減らす国が出てくることが予想されるし、その文脈でどこの国にも属さないBTCを加える国も増えてくると予想する。

 エルサルバドルは外貨準備どころか法定通貨にBTCを加えている。同国はすでに自国通貨を持たず、ドルを流通させるいわゆる「ドル化」をしているのだが、安定した通貨を得られる一方で、自国なりの金融政策ができず、今回のように米国の金融政策の失敗の影響をもろに被ることになる。

 そこでブケレ大統領はドル1本足打法からの脱却を図ったわけだが、エルサルバドルの試みに興味を持つ国はいくつか指摘されている。法定通貨とまでは行かなくとも、どの大国からも影響を受けないという外貨準備としてのBTCを評価・採用する国が出てくる可能性がある。

国際決済のSWIFT離れ

 Windows誕生のはるか昔から国際送金のメッセージツールとして君臨するSWIFTは、何度も更新の必要性が唱えられ、暗号資産を利用した送金方法には*金融包摂(ほうせつ)のツールとしてIMF(国際通貨基金)などからも期待を寄せられている。

**米SEC(証券取引委員会)による提訴で白紙に戻ったが、一時、米国―メキシコ間の移民送金の1割を、暗号資産XRP(リップル社が発行した仮想通貨)を利用したシステムが担ったこともあった。前出のエルサルバドルではBTCのライトニングネットワークという技術が決済に利用されている。

*金融包摂:経済活動に必要な金融サービスをすべての人々が利用できるようにする取り組み
**米SECによる提訴:2020年12月、SECが、XRPを有価証券とみなし、証券法の投資家保護違反で訴えるとし、リップル側は、XRPは通貨だとして反論した事件。

 またロシアが独自の決済システムや中国の決済システムを利用するとの見方も浮上している。SWIFTからのロシア排除は、世界の決済システム更新競争の扉を開いてしまったかもしれない。

 こうして、数年の間に世界の送金システムの脱SWIFT化に拍車がかかるだろうし、その中でブロックチェーン技術を用いたシステムも相応のプレゼンスを見せる可能性があるだろう。

2022年 時事イベントと仮想通貨の出来事

1月20日 ロシア中銀が暗号資産の*マイニングと流通の禁止を提案
1月26日 プーチン大統領、中銀の暗号資産禁止に同意せず
1月31日   春節の連休入り(大晦日)。例年BTCが強い時期
2月4日 北京五輪開幕。当面、軍事衝突が控えられるという見方でBTC上昇
2月12日 **BlockFi、SECと1億ドルで和解。米国内でのレンディングサービス困難に
2月17日 米大統領、ロシアが数日中にウクライナ侵攻    
2月20日 北京五輪閉幕
2月25日 プーチン大統領、軍事攻撃を命令
2月27日  米欧、ロシアをSWIFTから排除
2月28日 米、ロシア中銀の資産を凍結。ルーブル安からBTCに逃避フロー
3月9日 デジタル資産に関する米大統領令を好感
3月14日 欧州議会でマイニング禁止条項否決

*マイニングとは:暗号資産(仮想通貨)は一般的にブロックチェーンと呼ばれるネットワーク参加者が誰でも見れる元帳上に取引を記録していきます。そのブロックチェーン上に取引データを記録する際に、膨大な計算を行うことで新たなブロックを生成する暗号を見つけ出し、その報酬としてコインを手に入れる行為のことです。マイニングの主な役割は「暗号資産の新規発行」と「取引の承認」です。 

**暗号資産融資プラットフォームBlockFi(ブロックファイ)が提供する暗号資産を預かって利息を払うサービス(レンディング)が証券法に違反したと提訴された事件に関する和解として、SEC(米国証券取引委員会)に1億ドル(約115億円)を支払うと発表。

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