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著者の窪田真之が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「自社株買い」が規制される?日本企業から財務戦略の重要な選択肢を奪うべきでない

 
 最近、岸田政権が自社株買いを規制する議論を始めていることが、日本の株式市場に重い空気を投げかけています。商法解釈まで踏み込んでいますが、根底に「自社株買いするお金があるなら、そのお金で賃上げすべき」との思いがあると考えられます。

 1つ気になるのは、議論の前提に、自社株買いでメリットを受けるのは株主だけという誤解があることです。確かに自社株買いで株主は大きなメリットを受けますが、同時に企業の財務戦略上もメリットが大きくなってきています。今日は、自社株買いが財務戦略として重要な時代に入っていることを解説します。

企業が、自社株を買うのは、なぜ?

 自社株買いについて、あまりに幅広くさまざまな誤解が広がっているので、まず自社株買いについて、基礎からきちんと解説します。

 自社株買いとは、上場企業が自社が発行している株を買い戻すことです。具体的に言うと、「JT(2914)がJTの株を買う」、「NTT(9432)がNTTの株を買う」のが、自社株買いです。
なんのために、そんなことをするのでしょうか。自社株買いの目的は主に2つあります。

【1】株主への利益還元:発行済株式総数を減らして、1株当たり利益を増やす
【2】企業の財務戦略:発行済株式総数を減らして、配当総額を減らす

 まず最初に、自社株買いは、なぜ株主への利益配分になるのか、解説します。「自社株を買うんだから、株価が上がるのでしょ」と、自社株買いの意味を「買いが入る」という需給材料だけと考えている方がたくさんいます。

 確かに「自社株買い」を発表した企業の株価が、短期的に大きく上がることもあります。自社株買いをネタに、短期筋が買い上がると、そうなります。でも、それだけならば、短期的な株価材料にしかなりません。企業の投資価値が変わらなければ、いずれ売られて、元の株価に戻るでしょう。

 自社株買いの意味は、「買って株価を押し上げる」ことではありません。「1株当たりの利益を増やす」ことにあります。

 自社株を買うと、発行済み株式数が減ります。会社の利益総額が変わらなければ、1株当たり利益が増えます。1株当たりの利益が増えることを好感して株価水準が高くなる――ことが期待されます。

 少しわかりにくかったかもしれないので、「たとえ話」で説明します。40個のケーキ(企業の純利益)を株主10人で均等に分け合うことを考えてください。1人4個ずつもらえます。ここで、企業が自社株買いを実施し、株主2人の株を買い取ったとします。すると、株主数は8人に減りますので、1人当たりのケーキの割り当ては、5個に増えます。

 自社株買いとは、株式数を減らすことで、1株当たりの分け前を増やすことにあります。

自社株買いは、会社にもメリットがある

 自社株買いは、株主にメリットが大きいですが、会社にもメリットがあります。買い取った自社株に対して、会社は配当金を払わないで済みます。買いつけた株数の分だけ、配当金の支払い総額を減らすことができます。

 米国企業は、自社株買いを財務戦略の一環として重視しています。昔、米国企業の投資家説明会で、自社株買いの目的を「自社株への投資が、一番利益率が高いので実施する」と説明していたのを聞いたことが印象に残っています。

 簡単な例で説明しましょう。

 A企業が、余剰キャッシュを10億円持っていたとします。その使い道に、(1)設備投資、(2)借金返済、(3)自社株買い、(4)大口定期預金の4つの選択肢があったとします。

(1)  設備投資のニ-ズがなく、無理に投資しても投資利回りは2%しか期待できない
(2)  借入金利は2%
(3)  自社株の配当利回りは3%
(4)  大口定期預金の利回りは0.01%

 この場合、自社株買いの利回りが一番高くなります。配当金は、税引き後利益から払われます。配当金を減らせば、税引き後で3%のリターンが得られます。税引き前では、4.5%程度の高い確定利回りが得られる計算となります。

 このような場合に、財務戦略として、自社株買いを実施することが、会社にとって一番利益率の高い投資先となるわけです。米国企業は、そういうことを説明していたのです。

自社株買いに積極姿勢に転じてきた日本企業

 日本の上場企業は近年、自社株買いに積極姿勢に転じてきています。コロナ前、1年間で10兆円近い自社株買いが発表されるようになっていました。コロナ禍に見舞われた2020年は手元キャッシュを増やすために自社株買いは減りましたが、コロナが完全に収束すればまた10兆円近い自社株買いが行われるようになると考えられます。

 これにはもちろん株主還元という意味もありますが、それだけではありません。企業の財務戦略として自社株買いが重要な選択肢となりつつあるからです。

 日本企業は昔から「社外へ出ていくお金を減らす」ことに熱心でした。バブル崩壊後の1990年代、多くの日本企業がもっとも熱心に取り組んだのは「借金返済」でした。当時の日本企業は、バブル時に膨らんだ巨額の借金をかかえている中、金利水準が高かったので、社外に出ていくお金を減らすには、借金返済がもっとも効果的でした。

 ところが近年は、状況ががらりと変わりました。日本企業には実質無借金も増えるなど、財務が格段に改善しました。それに加え、金利水準が大幅に低下しました。借金をさらに返済して金利負担を減らしても、社外に出ていくお金はあまり改善しなくなりました。

 そういう環境下で目立つのが、配当によるキャッシュアウトです。発行済株式数が大きくなっている企業では、配当負担がとても重くなっていました。

 そこで、借金返済ではなく、自社株買いをすることによって、社外に出ていくお金を減らすことを画策する企業も増えました。財務内容が良好で潤沢なキャッシュフローを有する日本企業は、財務戦略として自社買いを積極化する傾向があります。

 自社株買い規制の議論は、自社株買いが企業の財務戦略としても重要になってきていることが、ほとんど考慮されていないと思います。

本当は配当よりも自社株買いの方が、株主にとってのメリットは大きい

 それでは、発表された自社株買いが、株主にどのくらいのメリットがあるか、おおよその見当をつける方法を、お教えします。

 発表された自社株買いが、すべて実行されるとした場合、発行済株式数が何%減るのか、見ると良いです。

 具体例を見てみましょう。以下は、2021年11月15日に発表された、三菱UFJ FG(8306)の自社株買いの概要です。

(1)  取得する株式の種類:自社の普通株式
(2)  取得する株式の総数:3億株(上限)(発行済株式総数に対する割合2.33%)
(3)  株式の取得価額の総額:1,500億円(上限)
(4)  取得期間:2021年11月16日から2022年3月31日
(5)  取得の方法 取引一任方式による市場買付

 ここで、一番注目していただきたいのは、私が赤の背景色で囲んだところ、「発行済株式総数に対する割合」です。2.33%です。上限株数を買い付けると、発行済株式総数が、2.33%減少します。ということは、1株当たり利益が、おおむね2.33%増えるわけです。

 つまり、PER(株価収益率)などの株価評価が変わらなければ、自社株買いで、1株当たり利益が2.33%増加し、株価が2.33%程度上がると期待することができるわけです。厳密に計算すると、もう少し異なる結果となりますが、ざっくりしたメリットの把握としては、上記でオーケーです。

 次に注目していただきたいのが、青の背景色で囲んだ「取得期間」と「取得の方法」です。「2021年11月16日から2022年3月31日」まで、「市場買付」とされています。つまり、「市場でじっくり買っていく」ということです。

 自社株取得枠で表示される金額は、あくまでも上限であって、それを本当にすべて買うかわかりません。予定通り、上限まで買う企業が多いとはいえ、株価変動によっては未消化のまま残す企業もあります。

 さて、三菱UFJ FGは自社株買いの他に、配当金も出しています。予想配当利回りは、2022年2月22日時点では、3.8%です。今期1株当たり配当金(会社予想)28円を、2月22日の株価730円で割って、配当利回りを計算しています。2.33%の自社株買いと3.8%の配当を合わせると、とても魅力的な株主還元と言えると思います。

 ところで、これはあり得ない話ですが、もし配当利回り4%の日本企業が配当金をゼロにして、配当原資をすべて自社株買いに使うとするとどうなるでしょう。配当はゼロになりますが、自社株買いによって1株当たり利益は4%増え、株価の理論値は4%上昇します。

 そこで、改めて問います。配当利回り4%で自社株買いをまったくしない企業と、配当ゼロで4%の自社株買いをする企業では、株主にとってどちらがありがたいでしょうか? 財務内容が良好な会社であることを前提とします。

 4%配当をもらうと配当金には課税されます。投資を続けるならば、配当金で再投資する必要が生じます。ところが、自社株買いをやって株価が4%上昇するだけなら、原則税金はかかりません。株主は利益確定の売りをするまで課税されずに複利の運用が続けられわけです。

 このように、突き詰めていくと、本当は配当よりも自社株買いの方が投資家にはメリットが大きいわけです。それがわかるだけに、米国の大手ハイテク企業は、「配当ゼロで株主還元はすべて自社株買いだけでやる」のが普通になっています。

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