12月19日(日)、香港の議会にあたる立法会の選挙が開催されました。2020年6月の「香港国家安全維持法」の施行、そして2021年の選挙制度見直しを受け、香港政治は新たな局面に突入しました。その中で初めて行われた議会選挙です。結果は“親中派”の圧勝。なぜそうなったのか? これが何を意味するのか? 国際金融センターの役割を担う香港はどこへ向かうのか? 今回、解説します。

“北京化”する香港政治

 雑談から入ります。

 12月20日(月)午後、私は日経CNBCの番組「昼エクスプレス」に出演し、中国経済の現状と先行きについて解説していました。そしてこの日は、中国人民銀行(中央銀行)が事実上の政策金利と位置づけるLPR(最優遇貸出金利)の1年物を1年8カ月ぶりに0.05%引き下げたのです。12月8~10日に行われた中央経済工作会議で示された「安定重視」の路線通り、金融緩和で景気を下支えする狙いがあったのは明白です。

 中国の利下げを受けた日経平均株価は2万8,000円を割りました。

 私は番組でも「中国が利下げに踏み切ったのは景気が悪いからというシンプルな判断を投資家たちは下したのでしょう」と言及しました。その一方で、「逆に言えば利下げは、景気に陰りが見られれば、それが顕在化する前に金融政策や財政政策を通じて下支えするという、中国政府の政策意思の表れであり、必ずしもネガティブなものではない」と指摘しました。

 番組はこれで終わったのですが、スタジオ外で、私は番組スタッフに対して漏らしていました。

「日本の投資家さんが想定内の利下げに過剰反応するのも理解できるんですけど、今日という日で言えば、もっと注目すべきは香港立法会選挙の結果と背景ですよ。中長期的に見て、中国がどこへ向かうかという意味では、こちらの方が断然重要です」

 香港では、2019年の「逃亡犯条例」改正案を引き金に、反中抗議デモが大々的に展開されました。当時、私も週末のたびにその現場を目の当たりにし、たくさんの催涙ガスを浴びました。

 中国共産党は、香港社会で広がる反中・反共の感情やその活動に懸念を示しながら、この動きに便乗する形で、下記を行うために法整備、ルールの改定を徹底的に行い、香港の政治を完全にグリップしようとしました。

(1)「香港国家安全維持法」を強行採択

 1997年に英国から返還後、中国の特別行政区となった香港では、国家の主権や安全を脅かす活動は一切容認しない

(2)選挙制度の見直し

 香港の統治機構が反中国・反共産党の場と化すことを容認しない

 返還後も香港は「一国二制度」の下、中国本土とは異なる資本主義制度を採用し、香港市民は、言論の自由を含めた一定の政治的自由を謳歌(おうか)してきました。

 そもそも香港は、中国本土での政治的抑圧から逃れるために南下してきた移民(とその子孫)であふれていますから、マカオと比べても、反中・反共的な土壌が醸成されてきたのです。

 従って、市民社会、論壇、政治の現場でも、これまで中国共産党の政策やイデオロギー、歴史観に異を唱え、天安門事件の追悼式を含め、さまざまな抗議活動が行われてきたのです。

 中国共産党は先ほどの(1)(2)を実行することで、もはや抗議活動を野放しにしない、香港政治を自由にさせない、中央政府として着実に管理、統制していくという政治的意思を示したのです。私が香港政治の“北京化”と解釈するゆえんです。

見直し後の選挙制度は「愛国」が前提、民主派は入り口から排除

 このような新常態(ニューノーマル)下で行われたのが今回の立法会選挙です。

 選挙制度の見直しで、どのような新ルールの下、今回の選挙が実施されたのかをおさらいしてみましょう。

 最大のキーワードは「愛国者治港」、すなわち「愛国者による香港統治」。中国共産党、およびそれに服従する香港政府が定義する「愛国」です。一言で言えば、中国共産党、およびその政治体制やイデオロギーに反対する人間は統治機構には入れないということです。

 入口で排除すべく、立候補者には香港政府国家安全委員会による審査と意見に基づき、香港政府の中に設けられた資格審査委員会で厳格な資格審査が施されることになりました。

 見直しの前後で立法会の議席がどう変化したのか、これも重要です。

 これまで立法会議員の定数は70で、うち業界別の職能枠35(うち民意が直接反映しやすい区議会枠6)、香港各地に設定されている選挙区の直接選挙枠が35という内訳でした。

 これが見直し案では、定数が90に増えました。業界別の職能枠が30に減り、民主派が優勢の区議会枠は撤廃、地区別の直接選挙枠を20に減らした上で、行政長官を選ぶための選挙委員会枠(民主派は皆無。全員親中派)が新たに40設けられたのです。

 立候補者への事前の資格審査、民主派を排除する議席の内訳を見れば、新ルールでの立法会選挙が、いわゆる「出来レース」と化すのは、そもそも目に見えていました。

 香港には実質、民主派を支持する有権者が6割を占めるといわれてきました。制度見直し後の今回の選挙では、正統な民主派候補者はゼロ。ですから、多くの民主派支持者は投票先がなく、同時に新たな選挙制度に無言の抗議を示すべく、多くの人が投票しないと想定されていました。実際、香港の知人たちのほとんどが「断じて投票には行かない」と漏らしていました。

“親中派”の新議会で何が始まるのか?キーワードは「脱政治化」

 そして、12月19日、選挙が行われました。

 ふたを開けてみると、案の定、投票率は過去に比べて大きく減りました。香港市民が直接投票できるのは、選挙区の直接選挙だけですが、この投票率が、2012年の53%、2016年の58%から、今回は30.2%まで落ち込みました。選挙制度の見直しを受けて、市民の政治に対する見方や姿勢がガラリと変化した何よりの証拠といえます。

 香港政府は選挙当日には公共交通機関を無料にして、投票を促そうとしていました。ただ、「当日、香港各地は人の流れであふれていた。しかし多くの市民は投票に行くのではなく、政府の無料政策に便乗して、休日を楽しもうとしていただけだ」(香港市民、30代、男性)といいます。

 今回は153人の「愛国者」が90議席を争いましたが、89人が「建制派」と呼ばれる親中派、1人が「非建制派」と呼ばれる中間派です。ただ、この中間派も当局から「愛国者」と認定された、言い換えれば中国共産党やその政治制度に反対することはあり得ません。要するに、今回の立法会議員選挙を経て、香港の議会は全議席が実質“親中派”で埋まったということです。香港政治の“北京化”を象徴、立証するに十分すぎるくらいの状況です。

 これまで香港の議会は、中国をどう見るか、北京とどう付き合うかを含め、行政府が“親中”一辺倒にならないよう、厳しく監視する役割を果たしてきました。

 しかし今後、それはタブーになりますし、議員構成から見ても、それを実行に移す議員はいないでしょう。香港社会内部における、経済や社会問題をめぐる審議が中心になり、政治は影を潜めるでしょう。

 私の解釈では、“北京化”した香港政治、その中で行われた立法会選挙の結果が露呈させたのは、香港の脱政治化にほかなりません。より誇張した言い方をすれば、香港から政治が消えてなくなったということです。

政治が消えた香港の行方は?外国人投資家の視点

 脱政治化を受けて、香港はどこへ向かうのか。それは中国全体にどのような影響を及ぼすのか。

 ここでは2点を議論したいと思います。

香港は中国返還50年の2047年を待たずしてデッドラインへ

 まず1点目。中国共産党は香港の政治を完全に変えてしまいました。

「英中共同声明」では香港返還、および「返還後50年は、香港はこれまで同様の政治制度を維持する」デッドラインである、2047年までのロードマップを規定していました。

 議会選挙によって、この「声明」がうたう「一国二制度」「高度な自治」はもはや形骸化し、中国共産党結党百周年にあたる2021年が、香港にとってデッドラインとなりました。

 そんな中、日本を含めた西側先進国グループG7(主要7カ国)の外相が声明を発表し、「香港特別行政区の選挙制度の民主的要素がむしばまれていることへの重大な懸念を表明する」と中国をけん制。今後、香港の政治状況をめぐり、中国と西側諸国の間の攻防は続いていくでしょう。香港問題は引き続き、「西側vs中国」の火種であり続けるということです。

「中国国際金融センター」としての香港の地位は維持される

 2点目が、質的に変化した香港政治が経済・市場・ビジネスにどんな影響を及ぼすのかです。この点に関しては、市場に参画する当事者たちの価値観や考え方によるところが大きくなると私は考えます。言論の自由が踏みにじられるような場所でビジネスはできないという人もいるでしょうし、政治と経済は分けて考えるべき、ビジネスがしっかりできれば関係ないという人もいるでしょう。

 中国共産党と香港政府は、脱政治化という新常態下においても、むしろ、だからこそ、香港は安全で、安定した、安心してビジネスができる場所になった、「香港国家安全維持法」や選挙制度の見直しを経て、国際金融センターとしての香港の価値はむしろ上がるのだと宣伝して回っています。

 株式市場への影響も注目です。最近、ニューヨーク市場への上場を取りやめ、香港に上場することを決定した配車アプリ大手・ディディ(DiDi:滴滴出行)の動きにも象徴されるように、今後、中国の有力企業は、まずは香港での上場を目指すでしょう。また、すでに米国に上場している中国企業も、香港で重複上場しようと動くでしょう。

 当局は、海外の投資家たちが、中国経済成長のうまみを、香港を通じて享受できる状況をつくろうとしているのです。

 そして、私が香港を拠点とする中国内外の金融関係者と議論する限り、中国人、香港人はいうまでもなく、欧米を中心に外国人ですら、次のような声がほとんどです。

「香港国家安全維持法」、選挙の見直しを経て、香港はビジネスがしやすい場所となった。そもそも、自分たちは、政治的自由を基準に香港を拠点としているわけではない。言語、地理、税制、インフラ、政府の効率性といったビジネスに直結する部分を総合的に判断した上で、香港を選んでいるのだ。

 香港で暮らす大多数の外国人は、香港の政治的状況に関心などない。ただそこで安心してビジネスをし、お金を稼げればいい。そう考えているように私には映ります。こんな人々が大多数を占めるのであれば、国際金融センターとしての香港の地位は、相当程度維持されるのでしょう。

 自由や民主主義を渇望する香港市民は、香港にとどまりながら黙り込むか、海外へ逃亡するかのどちらかである。その地で政治は消えてなくなり、お金の論理だけが空間を支配するようになる。中国共産党と香港政府はそんな新常態を歓迎している。私たちはどうなのか?

 当事者一人一人が、自らの生き方に基づいて判断、行動していく以外に道はないでしょう。