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[動画で解説]米中首脳会談は世界経済に安定をもたらすか?台湾リスクは?(加藤 嘉一)
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 習近平(シー・ジンピン)総書記は先日、第19期中央委員会第6回全体会議(6中全会)で中国共産党史上3回目となる「党の百年にわたる奮闘の重大な成果と歴史経験に関する決議(歴史決議)」を採択し、その権力基盤を一段と強固にしました。

 習氏にとって次の関心事は、2022年2月に開幕する北京冬季五輪、そして同年秋の第20回党大会です。鍵を握るのは、やはり米中関係。世界2大国家間の関係と動向は、台湾海峡を巡る衝突リスクを含め、世界経済やグローバル市場に決定的な影響を及ぼしかねません。今回は、先日開催された米中首脳会談を検証しつつ、米中関係の現在地と先行きを解説していきます。

中国経済の成長と米中関係の安定は、コインの表と裏

 中国の未来を占う上で歴史的会談となった6中全会を振り返った、先週のレポート「6中全会で「文化大革命」完全否定?習近平の野望の行き先」では、習政権と米中関係の連動について次のように指摘しました。

「習近平第3期政権誕生にとって最大の不安要素は米国だと考えています。対米関係は、香港、台湾、新疆ウイグル、人権、共産党一党支配体制、中国国内の権力闘争など中国共産党の生存や権威そのもの、そして核心的利益に直結する問題を内包しているからです」

 中国というのは政治の国ですから、やはり政治が安定することで、初めて適切な政策が実施され、経済や市場の成長につながる好循環が生まれるのだと、私は考えています。習氏が対米関係を穏便にコントロールすることは、政権の安定性を保つという意味で、これからの一年間、最重要事項になるでしょう。

 私は2000年代の大半を北京大学で過ごし、国際関係を学びました。当時は胡錦涛(フー・ジンタオ)政権でしたが、学部の先生方が語っていた、中国の発展をめぐる道理のなかで、いまでも鮮明に覚えていることがあります。

「改革開放とは対米開放。中国経済の成長と対米関係の発展はコインの表と裏。両者は切っても切り離せない。同時に、平等に進めていくべきものである」

 本連載でも議論してきたように、習近平新時代とは、胡錦涛政権も踏襲していた鄧小平(ダン・シャオピン)旧時代への決別を意味します。経済においては、党・政府の市場に対する管理や監督が増し、外交においては、相手が誰であろうとこれまで以上に中国の主権や発展利益、尊厳を主張してきます。対外的に挑発的な言動をとる「戦狼外交」と称されるゆえんです。

 とはいえ、私は、大学時代の先生方が口にした道理は、現在でも通用すると思っています。要するに、経済が健全に回っていくためには、米中関係の安定的管理が前提になるということです。

 若干乱暴な議論になりますし、10年前と比べて、中国経済の自力再生性や内的強靭性が高まっているのは事実です。ただ、中国共産党指導部が、米国との関係を重視し、決裂させないように努力している姿は、中国経済をグローバルな視点で運営していることの証しになります。逆もまたしかりです。

米中首脳会談で明らかになった「首脳外交」の重要性

 ここからは、11月15日に初めて開催された習氏とバイデン米大統領のオンライン会談を検証していきましょう。私が把握している限りでは、これまでバイデン氏側からオンライン会談の早期実現を要請してきたにもかかわらず、習氏側が慎重姿勢を崩さなかった、という経緯があります。

 バイデン政権の人権問題や台湾問題などに対する政策に不満をあらわにしてきた習政権としては、簡単に応じるわけにはいかない、応じるからには何か妥協を引き出さなければならない、という思惑があったと言えます。

 実際に、会談終了直後、中国側が特に強調していたように、両国政府は、互いの国に駐在する、あるいはこれから駐在する予定のあるメディア記者の査証(ビザ)などに課している制限を緩和する方向で三つの合意に至っています。

 簡潔に記述すると、

(1)新型コロナウイルス禍の各種規則を守る前提で、相手国と正常な往来ができる
(2)相手国の記者に1年のマルチビザを発給する
(3)要求に符合する新任駐在記者のビザ申請を批准する

 の3点です。

 一方で、例えば(2)に関して、中国外交部のプレスリリースによれば、中国は自国に駐在する、あるいはこれから駐在する予定の米メディア記者に対し、米国側の政策措置がきちんとなされていることを確認して、初めて同等の待遇を与えるとしています。まだまだ米国政府への不信感は払しょくできていないといえます。

 米中の二大国が相互に信頼し合えない状況は大問題ですが、今後、留学生や研究者、企業などの往来をめぐる条件の緩和、関税の下方修正、ヒューストンと成都で閉鎖された領事館の再開など、一つ一つの障壁を取り除く努力を両国政府が続けていけば、新たな信頼関係の醸成につながると私自身は考えます。米中関係の悪化が市場にもたらすボラティリティー(変動率)を小さく抑えるという意味でも、好循環につながっていくでしょう。

 習氏側は、バイデン氏側がビザ問題で「妥協」してきたことを確認し、会談に応じたわけですが、米国との関係を管理・制御可能な範囲で管理したい習政権側の意図がにじみ出ていたともいえます。

 私がみる限り、昨今の米中関係には、協力(気候変動など)・競争(政治体制や経済、ハイテクなど)・衝突(安全保障や軍事など)という三つの側面が共存しているといえます。

 習氏は、競争を認めつつも協力主導で両国関係を管理したい。一方、バイデン氏は、競争を主線とみなし、衝突も辞さない(協力も惜しまない)。両者の間にはまだまだ溝が存在しますが、米中双方が管理可能な競争(manageable competition)を持続的に展開していくことは、世界経済やグローバル市場にとっても朗報だと評価できそうです。

 そうなると、やはり習氏・バイデン氏両首脳間の個人的関係が重要です。幸いにして、両首脳は副国家主席、副大統領時代に、2人だけで(通訳は同行)約30時間会話をしてきた経験があります。

 先日のオンライン会談の冒頭で、習氏はバイデン氏を「古い友人」と呼び、両者は画面越しに笑顔で手を振りあっていました。あのやり取りを見ながら、私は、両者は互いの腹の内を知ったうえで、攻防を繰り広げているのだなと感じたものです。

 首脳間の個人的関係は、外交上非常に重要です。個別の案件で対立や摩擦が生じたとしても、国家のトップ同士が安易に喧嘩をせず、「首脳外交」を着実に継続することで、両国の外交関係は初めて管理可能なものになるからです。

 直近の動向でいえば、昨今の原油高を受けて、米国、日本、インド、韓国、英国などが共同で石油備蓄を放出することを発表しましたが、ここに中国が加わったことは非常に重要です。

 米中が共同で石油備蓄を放出するのは初めてのことです。言うまでもなく、原油高が続けば、米中双方の経済が打撃を受けることから、あくまでも国益という冷徹な観点からの動きであるといえます。それでも、地球規模の課題に米中が足並みをそろえて責任ある行動を取ることは世界経済のためにも大事なことです。米中関係の安定性を図るバロメーターになると思います。

台湾海峡では「不安定な平和」が続く?

 最後に、米中首脳会談から台湾海峡リスクの現在地を検証してみます。これまで何度も繰り返してきましたが、米中関係にとって、台湾海峡というのはいわゆるフラッシュポイント(衝突点)であり、アジア太平洋地域における最大の地政学リスクだと言えます。

 仮に、同海峡で米国が介入(日本も逃げられない)する形で、中国―台湾間に軍事衝突が発生すれば、グローバル市場への影響は壊滅的なものになるでしょう。今後の方向性を注視する必要があります。

 会談では、台湾問題も話題に上りました。習氏は「台湾海峡情勢は新たな緊張の局面を迎えている。原因は、台湾当局が米国の援助を求めて独立をたくらんでいることに加えて、一部の米国関係者が台湾を使って中国を封じ込めようとしていることだ」とバイデン氏をけん制しました。

 同時に、「われわれは忍耐を持っている。最大限の誠意、最大限の努力をもって平和的統一という展望をつかみにいきたいと考えている。ただ、仮に台湾独立・分裂勢力がわれわれを挑発し、追い込み、しかもレッドラインを越えるようであれば、断固たる措置を取らざるを得ない」と主張しています。

 会談後、ホワイトハウスの関係者と議論しましたが、習氏が「忍耐」や「最大限の誠意と最大限の努力をもって平和的統一」といった言葉を口にしたのは重要なシグナルだと言っていました。私もそう思います。米国と台湾が中国の主張する「レッドライン」をきちんと把握し、そこを越えないように協調していけば、台湾海峡は不安定な中でも平和を維持できるでしょう。

 米国側のスタンスは、会談後にホワイトハウスがリリースを出したように、「台湾海峡をめぐる現状を変更し、平和と安定を脅かす、いかなる一方的な行動に強く反対する」というものです。

 中国側は、台湾に対する軍事的圧力を強めています。米国側も台湾への軍事上の協力を強めています。米中それぞれが相手国に対して不満をもち、圧力をかけている現状が見て取れます。こうした情勢下で大切なことは、米中両首脳がカウンターパートの戦略的意図を的確に理解し、レッドラインを越えないことです。

 私自身は、少なくとも、中国が5年に一度の党大会を開催する2022年秋くらいまでは、台湾海峡には「不安定な平和」が続くとみています。その後どうなるかに関しては、また筆を改めて、後日検証していきたいと思います。