これは去る1月28日、横浜にて開催された楽天証券新春講演会2012で講演させていただいた内容を要約したものです。

投資において最も大きなチャンスが提供されるのは相場が転換する時です。株式、債券、為替、商品など様々な金融商品の中で、今年はドル・円に最も大きなチャンスが訪れる、即ち相場の転換点が近付いていると考えています。そこで今回は最初に、ドル・円の見通しについてお話させていただきたいと思います。

近年、ドル・円相場は概ね日米の2年物国債の利回り差に連動するような動きをしてきました。しかし金融危機をきっかけにドル金利もほぼゼロに張り付くようになり、以降利回り差という指標が役に立たなくなりました。そこで2年前にこの講演会でご覧いただいたのがマネー供給量の日米欧の比較です。金融危機以降、アメリカやヨーロッパがM1を20%前後増やしてきたのに対し、日本は殆ど増やさなかった。これでは円高が進むのは当然です。金融危機前のドル・円が123円。そこからアメリカはM1を46%増加させた一方、日本はたったの7%。ほぼこの差(39%)分だけ円高が進行しているのです(123×(1-0.39)=75.03)。

特に2010年8月末、ジャクソンホールでバーナンキFRB議長がQE2(第二弾量的金融緩和)を表明した時、政府・日銀の関係者一行はその場に居たはずです。QE2施行をきっかけにさらにマネー供給量の差は拡大したわけですが、その後も日本は大胆な円供給策を打たずに円高が進行。円高が日本経済を直撃、今も1日100人近くの自殺者を生む大きな要因になっていますが、これはとても残念な事態です。それではどうして、日米でこれだけ対応が異なるのでしょうか? それはそれぞれの中央銀行の使命に大きな違いがあるからです。

日本銀行法第二条には「物価の安定を通じて国民経済の健全な発展…」と記されています。一方で米連銀法2Aには「雇用の最大化、物価の安定、適正長期金利」が記されています。物価の安定と適正長期金利はほぼ同義ですから、異なるのは「雇用の最大化」の部分という事になります。なので景気(雇用情勢)の良い時は日米の金融政策にそれほど相違はありませんが、一旦雇用情勢が悪化すると、日米の中央銀行のスタンスには大きな差が出てくるのです。

80年代以降のアメリカの非農業部門雇用者数の増減を見ると、アメリカの景気サイクルは約10年で一巡している事が分かります。概ね5年が雇用増(景気が良い)、5年が雇用減(景気が悪い)の期間です。雇用が減少している時、アメリカの中央銀行FRBは金利を引き下げる、又は量的に緩和する等によって雇用の最大化を目指す使命を負っています。80年代以降、ドル・円は一度下がり始めると約5年下落する傾向が見られますが、これは日米中央銀行の使命の違いを如実に反映した結果と言えるでしょう。

私は特に金融危機以降、テレビや講演等で来るべき円高に備えるよう申し上げてきました。しかし今回の円高は2007年7月に始まっており、既にその5年が経過しようとしています。これまでのアメリカの景気サイクルによると、そろそろ雇用が回復し始める頃、即ちFRBが「雇用の最大化」から「物価の安定」にギアを切り替えるタイミングが近付いていると言えます。(講演の)前日発表された雇用統計では失業率が8.3%と、約3年ぶりの低水準にまで低下しましたが、FRBの政策転換が徐々に近付きつつある事を確認する内容となっています。

とはいえ、アメリカが目標とする失業率6%台まではまだまだですし、そのためにQE3を実施してくる可能性もあるでしょう。なので当面、ドル・円で言えばもう一段の円高が進行する可能性の方が高いと見ています。ただ、市場というのはいつも変化を先取りするものです。大きな視点で見た時、ドル・円は恐らく約5年に1回しか見られないような大きな転換点に差し掛かっているとの認識が必要だと思います。

日本にとって本当のリスク:円安(2011年11月11日)で申し上げた通り、日本の方にとっての本当のリスクは円安だと思います。日本は資源に恵まれていないからです。世界的に資源価格は上昇基調にありますが、日本でそれほど感じないのは、これまで円高によって緩和されてきただけです。目先、時間的にも値幅的にもどれだけ続くか分からないような円高を追いかけるよりも、今は本格的な円安局面に備えて保有資産をもう一度見直す、重要なタイミングが近付いてきているように思います。

とはいえ、欧州債務問題が心配で、なかなか外貨建て資産に手が出ないとおっしゃる方が多いのではないでしょうか。確かに欧州債務問題の解決に向けては前途多難ですが、少なくとも市場に与える影響としては、それほど気にしなくて良くなる可能性が高いと見ています。その理由をこれからご説明させていただきます。

(2012年1月28日横浜にて)