先週FOMC(米連邦公開市場委員会)の声明で、2011年6月末までに6000億ドルの国債を購入するという、いわゆる量的金融緩和第二弾(Quantitative Easing 2)が発表されました。8月末、バーナンキFRB議長のジャクソンホールでの講演以降、急速にその可能性が市場に織り込まれてきましたが、今回それが現実のものとなったというわけです。QE2発表以降、FRBに対しては様々な批判や意見が述べられています。しかし中には誤解と見受けられるものもあります。そこで今回は第一にQE2決定に至った背景、第二にその上でどのような投資戦略を取るべきかを書かせていただきたいと思います。

同じ中央銀行であるFRBが日本銀行と象徴的に異なるのは、その使命として「雇用の最大化」がうたわれている事でしょう。FRBはその使命として、「物価の安定」と「雇用の最大化」の両方を担っています。それでは現在のアメリカの物価及び雇用状況から、目標とすべき政策金利(FF金利)はいくらなのでしょうか。サンフランシスコ連銀が6月に示した試算によると、FF金利はマイナス5%を示しています。これは過去の物価及び雇用状況からFF金利を回帰分析したもので、式は以下の通りです。

2.1+1.3×インフレ率-2.0×失業率ギャップ(現失業率と自然失業率の差)=目標金利
2.1+1.3×1.0-2.0×(9.7-5.5)=-5.0%

もっともFF金利をマイナス5%にする事はできないので、他の方法によって、FF金利をマイナス5%にしたのと同様の効果が表れる状態にしなければなりません。今回発表されたような国債購入によってFF金利を引き下げたのと同様の効果を得るには、どのくらいの国債を購入すれば良いのでしょうか。これについてはNY連銀のダドリー総裁が10月の講演で示した、「5,000億ドルの国債購入で、FF金利を0.5-0.75%引き下げたのと同様の効果が得られる」とのガイドラインが参考になります。

という事は、現在ゼロであるFF金利をマイナス5%にするには、国債をどれだけ購入しなければならないでしょうか。あとは計算するだけですね。3.3兆~5兆ドルという金額が出て来る筈です。これだけでもとても大きな金額のように見えると思います。しかし適正FF金利を上記の回帰分析とは異なる、(先見性が高いと言われる)テイラールールに基づいて計算すると、実はマイナス7%という数字が出てきます。すると必要国債購入額は4.6兆~7兆ドルに増加します。

もちろん量的金融緩和というのは世紀の大実験であり、このような計算通りになるとは限りませんし、大きな副作用を伴う可能性も十分あります。従ってFRBとしては、やり過ぎるリスクは避けたい所でしょう。しかし上記金額の半分としても、3兆ドル近い数字が出てきます。今回取り敢えず6,000億ドルという数字が発表されましたが、こう考えると来年7月以降、さらに継続されたり、場合によっては増額されたりする可能性は十分にあるという事です。

ちなみに日本でもそうですが、このような非伝統的な事をやろうとすると、必ず批判が続出します。しかしこのまま放っておけば、アメリカの大恐慌後や、日本の「失われた20年」と同様の道を辿る可能性が高い状況です。それならば、やれる事はやってみるべきだ、というのがアメリカのスタンスです。もちろん現時点で大実験の結果は誰にも分かりませんが、少なくともこの行動力の違いがここ数年の円高の一因である事は言うまでもありません。さらに付け加えれば、上記金融政策によって毎月数兆円単位で供給されてくるドルを、為替介入によって購入する日本はお人好しとしか言いようがありません。

さてこのような状況を受けて、どのような投資スタンスが有効となるでしょうか。金への投資(2009年10月9日)2010年後半に向けての米国経済・株式相場の見通し(4)(2010年8月27日)でも書かせていただいた通り、引き続き金は有効な投資対象でしょう。例えばQE2を受けて中国政府は何を考えるでしょうか。ドルに対して元相場を固定しようとすると、ジャブジャブ印刷されてくるドルを購入し続けなければなりません。ドルの外貨準備が増えても、ドル自体の価値が怪しい状況です。しかもこれはドルに限った話ではなく、人類が発行できてしまう通貨というもの自体が信頼できない、という事になるでしょう。中国に限らず、資産の保全を考える投資家の資金は金に向かうはずです。

株式は短期資金が流入しやすい一方、長期性の資金は入りにくい状況となるでしょう。QE2によって長期金利が下がりにくくなるのは容易に想像が付きます。現在のように、10年債利回りと30年債利回りの差が1.6%にも拡大するのは、1970年代以降初めての事です。アメリカ経済にとってのアキレス腱である住宅市場に与える影響は無視できなくなるでしょうし、満期まで10年の証券より30年の証券の方が売られているのですから、中長期的には、満期のない証券(株式)も楽観視できないはずです。

しかし短期性の資金はそういう事もお構い無しに暴れてくる可能性があります。投資家が短期性の資金で何かやりたい時に典型的なのは、最近パフォーマンスの良かった銘柄をさらに追いかける事です。この結果、パフォーマンスの良い銘柄に資金が集中する傾向があります。これは実際、1999年にY2K問題を見越して各国中央銀行が金融緩和を行った際にも起こりました。もちろん、当時の例に照らせば深追いは禁物という事です。

(2010年11月7日記)