※本記事は2018年取材し公開したものです。

薬代に困り、持病の「治験」で新薬をもらう

 信用取引の「買い」(「売り」はやらない)ポジションで大もうけを企てていた株主優待名人・桐谷広人さんは棋士を引退した翌年、リーマン・ショックに直撃されて赤貧生活を余儀なくされました。株の配当や優待でもらった金券を換金して毎月引き落とされる13万円の家賃と公共料金に充てると、残金はほとんど0円という日々。どのくらい悲惨だったのかというと……。

「保存液が買えないのでコンタクトレンズをやめました。それならまだいいのですが、医療費が払えないため持病の薬をもらうことができないので、やむなく『治験』に応募しました。治験とは厚生労働省に新しい薬を承認してもらうために行う臨床試験のことで、持病の薬がただで飲めて3,000円ほどの交通費がもらえるのですが、不況のせいで応募者が多いんです。3カ月で交代させられました」

 持病の薬が飲めないのは困りますが、もっと困るのは日々の食事。

「ご飯は優待品のお米でまかなうことができました。お米の優待株を買っておいて助かった。おかずは豆腐です。なぜ豆腐なのか? 大豆加工品小売りの篠崎屋(東証2部2926)が当時、優待品として半年に1回2,500円分の豆腐の引換券をくれたのです(現在は廃止)。実家に届いた分も送ってもらい、年間2万円分の豆腐を食べていました。自宅の近所には引き換えられる店がなかったので、自転車で都内を走り回りました」

 優待品だけで暮らす耐乏生活が数年続いた後、2013年のマツコ・デラックスさんのテレビ番組「月曜から夜ふかし」(日本テレビ系)に「優待品をもらうため自転車で爆走する桐谷さん」が登場して大ブレークしたのですが、そのルーツは豆腐屋探しにあったのです。

 

信用取引はしない。優待メインの「農業的投資」は初心者向き

「私はアベノミクスの株価上昇が始まった直後の2012年12月に信用取引をやめました。翌年、アベノミクスでもうけた人・もうけ損ねた人という雑誌の企画で後者の代表に取り上げられたことで、新聞社が主催するパネルディスカッションに呼ばれ、取材や講演のお話をいただくようになりました。でもね、私はもうけ損ねた人で良かったと思っています。信用取引をやらなくなったおかげで、日々の株価の値動きが気にならなくなったし、大損して金策に走らなくても良くなったからです」

 桐谷さんは信用取引を批判しているわけではありません。

「私の性格のせいなんです。平均株価が上昇すると含み益が増える。さらに信用の買いポジションを増やす。もっと含み益が増える。(後で思えば)株価が天井付近で売ってたくさんの現金を手にする。現金で持っていても利息が付かないので、再び株式に投資する。天井付近で再び買うから、その後の暴落で大損するわけです。バブル崩壊後に信用取引の損失が膨らんだ話をしましたが、その時は本業の将棋に集中できず、給料に関係する順位戦で10戦10敗してしまいました」

 株を長期保有して配当と優待品を受け取る投資法に転換してからは「心穏やかな生活」が続いているそうです。

「信用取引や短期売買のように利益を狙う投資法は狩猟のようなもの。一発で猛獣を仕留められればいいのですが、失敗すると私のようにあちらこちらかまれて痛い目に遭う。優待投資は農業のようなもの。種をまけば1年に1回か2回、優待品という収穫が得られます。優待生活に切り替えた今は、どんな暴落が起こっても気になりません。これから株式投資を始める初心者の方には、特にお勧めしたいですね」

第3話:株主優待の桐谷さん、優待テクを研究「20万円で4銘柄!桐谷式、失敗しない優待選び」

第4話:株主優待の桐谷さん、リスク分散する「桐谷流、優待株の買い時・売り時」

■第1話:桐谷さん、株で失敗する「証券マンとのお付き合いでスタートした株人生」