教育産業への新たな規制策を企業側はどう受け止めているか?

 先週のレポートで扱ったように、中国当局が教育サービス産業への新規制を発表し、義務教育段階における学習塾の非営利化、外国からの投資や株式公開などが禁止されました。教育関連の中国株は大きな打撃を受け、株価は暴落、教育2大大手である新東方教育科技集団(ニューオリエンタル・エデュケーション・アンド・テクノロジー、9901:香港)と好未来(TALエデュケーショングループ、TAL:NYSE)は、今週予定されていた取締役会、および業績発表を取りやめるなど、中国の教育マーケットは引き続き混乱の様相を見せています。

 上記2社を含め教育業界は、新たな規定を受けて、自社のサービスを見直し、政府当局の指導を仰ぎ、協力していく旨を発表しています。

「現在、適切で、ルールに沿った措置を取ることを考えている。それらの措置は、中国の義務教育制度や科目に関連する学習塾サービスに重大で不利な影響は与えないと考えている」(新東方)

 新東方の関係者によれば、当局による新規定を受けて、会社内部では、義務教育段階のサービスから距離を置くことは必然で、代わりに成人教育の充実、幼児教育産業への進出などが議論されているとのことです。

 中国では「上に政策あれば、下に対策あり」が常識。長期的に見て、教育という中国人の生き様に関わる分野が、マーケットとして成長しないことはあり得ないでしょう。問題はどう成長させるかです。

 新規定公表後の株式市場の混乱を受けて、7月29日、国営新華社通信が「中国資本市場の発展基礎は依然強固だ」と題した論考を発表。「プラットフォーム経済や学習塾への管理監督政策は、業界の規範的、健康的な発展を促進し、サイバーデータの安全を守り、社会民生を保障するための重要な措置である。関連業界に向けた規制や制裁ではない。あくまでも経済社会が長期的に発展していくためのものだ」とマーケット関係者をなだめようとしていました。

 昨今、IT、教育業界などへ続々と課している新規定のマーケット受けが悪く、投資家の懸念を広範に呼んでいる現状に、中国当局が自覚的であるのは、少なからず朗報と言えるかもしれません。今後、関連する新たな規定や政策が出てくるか否か、どう出てくるか、それらが中国国内でどう受け止められているかなどをウオッチし、本連載でも報告していきたいと思います。

中産階級の上に属する一児の母は規制策に何を思ったか?

 先週のレポートでも指摘したように、義務教育段階における子供たちの校内、校外における学習負担を軽減することを最大の目的とした新規定を、中国の人々は全体的に支持、歓迎していると言えます。教育、特に校外の学習塾にかかる経済的負担が重すぎたためです。

 実際に、子供の学習負担が重すぎることで、睡眠時間が十分に取れない、少年少女時代を伸び伸びと過ごせない、人間として健全に成長しないなど、あらゆる側面が問題視されてきました。ただ、子供のことを思う親御さんたちには選択肢がなかった。周りは皆そうしているからです。故に、近年教育部はこのジレンマを解消するための策を練ってきましたし、特に今年に入ってから、新たな政策が出されるのではという気運がそもそも高まっていました。

 中国の一般の人々は具体的に今回の新規定をどう受け止めているのでしょうか。

 先日、高校3年生の息子を持つ、浙江省杭州市在住のYさん(国有企業勤務、40代)と話をしました。一家の年収は約30万元(約480万円)。一人当たりGDP(国内総生産)の4倍以上に当たりますから、中産階級の上級に属すると言えます。

 Yさんとの会話は、中国人民の考え方を理解するにとどまらず、政府の思惑、中国経済の将来を占う上でも極めて勉強になりました。以下、Yさんとの会話を引用し、それを受けて私が考えるところを書きとどめていきたいと思います。

加藤「教育産業は大きな転換期にある気がします。学外の学習塾は非営利化、上場禁止など、かなりドラスティックな内容になっていますが、国民の反応はどうですか?」

Yさん「私も、今回の政府の措置は教育産業への『大改革』と言える内容だと思います。大多数の国民はよい政策だと思っていると感じています。映画館にて、これまでは全員立って映画を観ていたところに、政府が全員きちんと座って観るように要求されている感覚です」

加藤「各ご家庭は確かに子供の学習塾に規格外のお金を使っていましたし、価格体系もカオスと言える状況でした」

Yさん「息子が中学校へ通っていた期間、年間で学習塾に20万元(約320万円)以上払っていました。ほかの学生も同様でした。政府が今回の政策を出したことで、このお金を払う必要がなくなり、子供の課外時間も増えました。そもそも、中学から高校に上がれる子供は、高校受験者の半分です」

加藤「半分ですか。大学よりも大分低いですね」

Yさん「中国政府はドイツ語圏に学んでいます。数年前から、高校進学時に、子供の進路を分流させる政策を本格的に開始しました。高等教育を受けるのは全体の半分でいいという考え方です。一般の高校に進学した子供は、ほとんどが大学に進学できます。進路先を選ばなければの話ですが。大学進学を進路とする一般の高校に進学しない、あるいはできない半分の子供は、職業高校や技術学校に進学します。文字通り、実質的な職業技術を身に付けるための学校で、学費免除だけでなく、生活費も配布されます。職業高校で成績が優秀であれば、大学に進学することも可能です。また、多くの職業高校卒業生は、職業大学に進学します。最近では、一般大学の学部が職業大学に形を変えた例もあります。一方で、江蘇省などに見られるように、在学の学生たちの反対に遭い、取りやめた地域もあります。中国では、依然として大学進学が一番いいという学歴志向の考え方が普遍的なのです。実際に、私も息子が無事高校に進学できるか、とても心配していました」

加藤「ドイツに学んできたというのは興味深いです。私も中国の大学で教べんを執っていた際に感じましたし、日本でも実感することですが、市場や社会は本当にそんなに多くの大学卒業生を必要としているのかは、はなはだ疑問です。生きていくのに対して役に立たない知識や学問を中途半端に身に付ける、入学したことに満足して在学中、真面目に勉強しない、卒業後社会に出てくるのは、プライドだけ高く、同質化した人材でしかない、といった現象は普遍的だと思います。高校進学時に、実質的に高等教育を受けるグループと技能教育を受けるグループの二つに分流するというやり方は、今後の中国経済の在り方にも関係してきそうです」

Yさん「おっしゃる通りです。中国はこれから、大々的にハイテク製造業を育てていく段階にあります。大量の産業労働者が必要になるのです。現段階で、中国にはドイツのように、ハイテク製造業の分野で技術工を働かせる雇用を創出できていません。普通の労働者は給料が低く、皆そうなりたくはない。だからこそ、懸命に高校に進学し、大学に行く、そのために義務教育の段階から常識外れの学習塾通いをさせてきたわけです。この産業がバブル化した背景が見出せます。今後、政府に求められるのは、産業構造をアップグレードしていく過程で、一定の報酬が保障される産業労働者のための雇用を育てていくことです。そうすれば、半分の子供が通う、職業学校も繁栄していくでしょう。中国としても、これまでのように安価な労働力に依存した、世界のサプライチェーンの末端にいるわけにはいきません。『中国製造2025』計画を定めたのもそのためです。もっとも、米国は中国の産業構造転換を封じ込め、永遠にサプライチェーンの末端に位置させるために、目下いろいろ策を講じているわけですが」

中国の教育産業は「終わり」を迎えるのか?

 Yさんは政府官僚でも大手企業の経営者でもない一般人ですが、やはり中国の人というのは物事を戦略的に考えるのだなと改めて感じました。冒頭の映画館の比喩(ひゆ)は分かりにくいですが、要は「条件はみんな一緒」ということでしょう。Yさんいわく、「一部の富裕層は一対一の家庭教師で子供の成績向上を保とうとするだろうが」とのことでしたが、多くの家庭では、今後、義務教育段階にある子供を学習塾に行かせなくなるのでしょう。

 そして、高校進学率は引き続き50%ですから、一般家庭の中には、勉強が苦手で嫌いな子供に対して、そこに入るための学習を無理強いするのではなく、そもそも職業学校狙いで伸び伸びと育てるという選択肢が有力視されるのかもしれません。経済的にも大分楽になるわけですから。

 ただ、その場合、中国が国家として、市場として、社会として、今後ハイテク産業を育てるために、高い技能を持った産業労働者が大量に必要になる、その人たちは中国の経済成長にとって極めて貴重であり、しかるべき待遇を与えるというメッセージを具体的に出していけるか、実質的に動かしていけるかに掛かってくるでしょう。

 Yさんも自らの息子さんの例を出しながら指摘していたように、科挙を生んだ国、中国では、依然として学歴至上主義が流行しています。職業学校進学者は頭の悪い「負け組」だという見方が一般的です。この凝り固まった風潮を覆すのは容易ではないでしょう。

 ただ、一つ言えるのは、高等教育、職業教育を含め、教育は教育だということ。義務教育段階においては、規制と言える政策が出てきましたが、今後、幼児教育、成人教育、そして日本語で言うところの「職人」をあらゆる分野で育てるような教育ビジネスが中国の地で誕生するかどうか。

 私自身は、中国における「教育熱」が冷めるとは全く思っていませんし、マーケットにおいても一つの有力な産業、業種として、引き続き注目していく価値があると思っています。