中国政府はどのように経済成長させようとしているか?

 経済をいかに持続的に成長させるか。

 民主的な選挙によって成り立っているわけではない、故に、結果と実績を出し続けることでしか、政権の正統性を保証することができない中国共産党にとって、経済成長こそが絶対の使命であり、最も重要な目標になります。

 無論、経済を成長させ、国民の生活を豊かにしていくための手段や方法は一つではありません。国によって、発展の段階によって、それは異なるでしょう。そこには、文化、宗教、国民性、価値観といった要素の影響も根深く、単純に結論を導き出すことはできません。

 そして中国には、この国独自の経済成長をめぐる法則や秘けつがあると私は考えています。

 その意味で私自身、近年注目してきた動向であり、中国の政策立案者たちと議論してきたことが、次の3点です。

(a)民間企業の潜在力を生かせる市場
(b)株式や債券を含め、証券を生かせる市場
(c)外国企業、海外投資家に開かれた市場、をどう構築していくか。

 例えば、数年前、日本の機関投資家たちと中国本土を訪れ、党や政府の関係者と議論をした際、我々は「海外では、株価がその国の経済成長を評価する上で重要な要素となっている。中国政府はそれを念頭においた上で、株式市場が公正かつ透明性を持った形で発展し、経済成長に寄与するような制度設計をしていくべきだ」と訴えました。

 今年に入って、中国政府は一体どのように経済を成長させようとしているのかをめぐって、悩まされる事象や事件が続々と発生しています。

 最近、しばしばニュースで見られる「中国当局、IT企業への規制強化」といったトピックはその典型であり、先々週のレポートでも扱った「IPO直後のDiDi(滴滴)事件の真相。中国当局は米上場制裁をどこまでやるのか?」は極めて重要なケーススタディーになるでしょう。私はこのレポートの結論部分で、次のように指摘しました。

今後、(1)中国国内に広範なユーザーを抱える民間企業、(2)中国国内に膨大なデータを蓄積するIT企業、(3)グローバルな資本市場、特に米国で資金調達をする上場企業は、引き続き、あるいはこれまで以上に、当局からの監視、監督、制裁を気にしながらビジネスを展開していかざるを得なくなるでしょう

 それから2週間が経過しましたが、改めてこの点を強く認識せざるを得なくなっており、私の予想よりも早く、ダイナミックに情勢は変化しているように見受けられます。

 そのため本レポートでは、以下、中国当局の証券市場、および中国企業の海外(特に米国)上場をめぐる規制強化について、市場分析をアップデートしていきます。

証券市場での違法行為の取り締まりが強化される

 DiDi社が当局からのサイバー審査通告を受けた2日後、中共中央弁公庁と国務院が連名で発表した、《証券市場での違法行為を厳しく取り締まる意見》(以下《意見》)について、先々週のレポートで言及しました。

《意見》は、海外市場に上場する中国企業への監視強化;国境を越えたデータの流れや安全性に関する規制強化;証券市場における、詐欺、情報・データねつ造、インサイダー取引、不当な市場操作といった違法行為への処罰強化などを規定しています。

《意見》の発表を受けて、中国証券監督管理委員会の易会満(イー・ホイマン)主席が新華社通信の取材に応じ、これが中国の資本市場史において、党・政府機関が連名で発表する初めての文書であり、「現在と今後、証券市場に対する監督や法執行を全方位で強化、改善していく上でのマニュフェストになり、その意義は重大で、影響は深遠になる」と指摘しています。

 要するに、証券市場の発展をいかに経済成長に生かしていくか、というテーマに対して、中国共産党が出した「答え」が《意見》にほかならないということです。

《意見》は、「証券市場での違法行為に打撃を与えることは、資本市場の秩序を守り、資本市場の機能を有効に発揮するための重要な保障である」という文言から始まり、そのために「資本市場の法執行、司法体系の建設」をきっちりと推し進める必要があるという問題意識に立脚しています。

 そして、具体的に仕事をしていく上で、「制度設計」「不干渉」「ゼロ容認」を3原則に掲げています。これらは制度に基づき、秩序立てて証券市場を発展させること、政府は市場に干渉しないこと、違法行為を見つけた場合には例外なく処罰することを意味します。

 特に二つ目の「不干渉」に関しては、規制の強まる中国の資本市場に対し、懸念を示す海外の投資家に対するメッセージだと受け取れます。つまり当局は、今後の中国の資本市場に干渉や介入を行うとは思われたくないということです。

 前述の易主席によれば、《意見》公表後、すでに先物取引に関する法規定は全国人民代表大会(中国の議会)常務委員会で審議が始まっており、プライベートエクイティに関しても、もうすぐ始まるとのこと。

 また、証券市場での違法行為へ打撃を与えた具体例として、Le TV(楽視網;300104、深セン)の財務ねつ造、デフォルト事件にまで発展した華晨中国汽車控股(ブリリアンス・チャイナ・オートモーティブ、01114、香港)の債券情報公開をめぐる違法行為、康美薬業(Kangmei、600518、上海)をめぐる虚偽供述といった事件への処罰が進展を見せているといいます。

 今後、証券市場での違法行為が原因で、当局の処罰を受ける企業が増えていくことは必至であり、事件の性質や企業の属性次第では、中国だけでなく、日本を含めた海外の株式市場をも震撼させる動きに発展する可能性やリスクも十分に内包しています。

 このように、中国株式市場の影響力が世界的に増大していくのは必至なのです。

「自分は日本株、あるいは米国株しか買わないから、中国の動きは関係ない」ではいられなくなる、チャイナリスクから逃れられる市場など、もはやこの地球上に存在しないと言っても過言ではないでしょう。

中国企業の米国上場は足止め状態。“恩恵”を受けるのは香港?

 ここからは、中国企業が海外市場に上場するに当たって、中国当局が課す規制について見ていきます。

《意見》は、自国企業が海外市場へ上場したことで、個人情報から国家機密まで重要データや情報が相手国に漏えいしていないか、盗み取られていないかを、国家安全保障の観点から厳しく審査するものです。

 また、「中国概念株」に対する監視や監督も強化されます。

「中国概念株」とは、中国国内で主な収益を上げているものの、海外市場に上場している中国企業の株を指し、アリババ、新浪、百度、DiDi、JDなど多くの中国企業がこれに相当します。

 この新規制に関連し、日本経済新聞の記事野村資本市場研究所のレポートが参考になりますが、今回の措置によって、中国企業が規制を迂回して海外に上場するための「VIE(変動持ち分事業体)」と呼ばれるスキームが機能しにくくなる可能性が出てきました。

 VIEは、中国企業が外資規制をくぐり抜けて米国など海外市場に上場し、外国人に株式を買ってもらうために考案された仕組みであり、海外の投資家の権益に直接関わってくる動向だと言えます。

 VIEを採用する中国企業の時価総額は約1兆6,200億ドル(約180兆円)に達します。

 仮にこれらの企業が中国当局による規制を受ける、あるいは最悪の事態として、VIE自体が禁止されるような事態になれば、世界の株式市場が大きな打撃を受けるのは必至です。現段階で、この仕組みが廃止に追い込まれる、機能不全に陥ると私は考えていませんが、注意深く状況を見ていく必要はあるでしょう。

 最後に、7月10日、中国のサイバー当局が《サイバーセキュリティー審査方法》を修正するに当たり、パブリックコメント(意見公募)を求める旨を発表しました。

 100万人以上のユーザー情報を抱える中国企業が海外で上場する際には、当局によるサイバーセキュリティー審査を受けなければならないと書かれています。

 サイバー当局は、自国企業の海外上場がもたらしうる国家安全上のリスクを事前に、厳格に防止することを目的に掲げており、《方法》によれば、「政治、外交、貿易といった要素によって供給が中断されるリスクはあるか」「海外上場後、肝心な情報インフラ、核心的データ、大量の個人情報などが外国政府の影響、コントロール、悪意ある利用を受けるリスクはないか」などを審査の基準に挙げています。

 パブリックコメントの募集期限は7月25日で、遠くない将来、《方法》が中国企業の海外上場をめぐる新たなスタンダードになるでしょう。

 具体的詳細や実施の強度に関しては、引き続き情勢や動向を見ていかなければなりませんが、前述した(1)~(3)に該当する中国企業の、米国を中心とした海外上場が今後より複雑かつ困難になるのは必至です。

 そして、それによる“恩恵”を受けるのが香港でしょう。中国共産党の定義や立場からすれば、香港は「海外」ではなく、《方法》は原則、中国企業の香港上場には適応されません。視点を変えてみれば、政治的には北京化する香港が、引き続き国際金融センターとしての地位を保持する限り、中国経済成長のうまみを享受したい海外投資家にとっては、よくも悪くも、香港が持つ機能がますます重要になっていくということだと思います。