確定拠出年金が切り開いた「投資教育」の世界

 確定拠出年金が日本でスタートした20年前、「投資教育」という考え方はほとんど皆無といっていい状況でした。それまで、何百万人もの「普通の会社員」が投資をすることは社会的に想定されていませんでした。

 富裕層が証券投資をする場合は、担当営業マンがつきましたし、事実上の「お任せ」となっていることがしばしばでした。推奨銘柄の購入を電話連絡してOKを取り、適当なところで売却のOKを取るような投資スタイルは、理論的でも計画的でもありません。

 2001年10月に、確定拠出年金制度がスタートするにあたり、会社は社員に投資教育を実施することが求められました(企業型の場合)。

 会社が運用の責任を負っていた確定給付型の企業年金制度から切り替えるわけですから、個人が適切な投資を行える程度の知識を有する必要があると位置づけられたからです。

 しかし、「どんな内容を」教育するべきかは法では規定されておらず、法令解釈通知でガイドラインとして示されることになりました。

 実はこれ、日本における一般個人向け投資教育が切り開かれた瞬間でもありました。

「厚生労働省」が書いた投資教育ガイドラインが中立的教育を実現

 投資教育のガイドラインというと、金融庁が公表するようなイメージがありますが、確定拠出年金法にもとづくことから厚生労働省が示しています。これが結果として、社員目線の指針となっています。基本的な項目は、

・確定拠出年金制度の理解
・運用商品の概要の理解
・基本的な投資知識(理論)の理解

 で示され、それぞれに例示がされています。

 また、

・老後に向けた生活設計

 の項目が後から追加されています。

 それぞれ項目の説明は省略しますが、一般的な金融商品の販売時説明と根本的に異なる点が一つあります。それは、「買うか買わないかによらず、ひととおり教育する」という発想があることです。

 そのときリスク商品を買わなくても、未来に購入するかもしれません。投資教育である以上、購入時の説明とは異なり、ひととおりの教育が必要としたわけです。

 後日追加された老後の生活設計、つまりRetirementプランニングに関する項目は、計画的な老後資産形成の重要性を指摘しており、「老後2,000万円」問題の対策を先取りしていたともいえます。

 あわせて、禁止行為として、個別商品の推奨(非推奨)が会社および運営管理機関に対して禁じられたことで、純粋な投資教育のモデルが誕生したことになります。

「社会人」「投資無関心者」へ投資教育を行う意義

 一般に、投資は興味がある人と無関心層に分かれます。興味がある人は、自ら情報を求めにいきますから、自己研さんをして学習することになります。

 実はこうした人たちは投資教育の世界ではあまり心配がありません(といっても、おかしな投資話にだまされたり、一部のアセットクラスにリスクを集中しすぎることがないように、基礎的リテラシー教育は必要ですが)。

 投資教育を幅広に考えたとき、もっとも難しいターゲットは「無関心層」です。もともと興味がないわけですから、自律的に情報収集をして学習をするはずがありません。

 確定拠出年金の投資教育は、「確定拠出年金の加入者になったら誰でも受講する」と位置づけたところに社会的意義がありました。自分から証券口座を開設しない人でも、投資教育を受けることになったからです。

 そして、もう一つ重要な視点は「社会人」向けの教育機会が設けられたことです。よく学生向けの金銭教育の重要性が指摘され、多くの学校ではカリキュラムに取り入れられたといわれますが、すでに社会人になった場合、教育機会の提供をどうするかは難問でした。

 20歳代から50歳代まで、社会人の「お金の基本の学び直し」の機会としても、確定拠出年金の投資教育は大きな意義があったわけです。

確定拠出年金加入者と非加入者には明らかなリテラシー差が生まれている

 投資教育を受講する機会のある確定拠出年金加入者(特に企業型)と、確定拠出年金に加入していない人のあいだでは、どれくらい金融リテラシーの差があるのでしょうか。

 フィデリティ・インスティテュート 退職・投資教育研究所の過去のデータ分析では、有意な差が認められています。

 たとえば、加入者と非加入者のあいだでは、証券口座の開設率が異なります。もちろん加入者のほうが高いわけです。

 長期・積立・分散投資のような基礎的な理解度も加入者のほうが高いスコアを示します。それだけではなく、実際の老後資産形成の金額でも明確な差が見られているのです。また、投資に対するイメージもポジティブなものとなっています。

 私が企業の確定拠出年金担当者と話をしていて興味深かったエピソードをあげると、「自己破産する社員が減った」というものがあります。

 消費者金融で借金を重ね、自己破産に陥ることは本人にとっても会社にとっても好ましいことではありません。しかし確定拠出年金の投資教育を通じて、「自分のお金を将来のために貯め、運用で増やし、備える」というお金の基本を理解する社員が増えたことは、刹那的な消費行動に一定の歯止めをかける力となっているのだと思います。

課題はまだ山積みだが、投資教育の取り組みが日本を変えていく

 とはいえ、過去にない取り組みだけに問題はまだまだ山積みです。

 企業型確定拠出年金の現場では、「継続教育」つまり反復的な教育機会の提供が重要になっています。制度スタート時(あるいは入社時)の、たった一度の教育だけでは投資理解度は十分ではないからです。

 無関心層が教育を受けても無関心層のままでいることは、その社員の資産運用が何年も放置されてしまうことを意味します。よく分からないままに「定期預金100%」としている人を変えるのは、繰り返しの投資教育しかありません。

 そこで、社員の理解度の差に応じた複数コンテンツの提供、世代別コンテンツの提供、eラーニングの効果的活用など、理解度を高める取り組みが現場では続けられています。

 iDeCo(イデコ:個人型確定拠出年金)の普及も、投資教育の課題の一つです。確定拠出年金法では、iDeCoも企業型の制度も同じくくりにありますが、投資教育の取り組みは企業型ほどではありません。

 というのは、個人が自分の意思で任意に口座開設するわけですから、ある意味、強制的に加入させられる企業型確定拠出年金と構図が異なるからです。すでに理解度の高い人も多く、改めて基礎的な投資教育は不要であるかもしれません。

 こちらはむしろ、iDeCoの裾野を広げていくために、「未加入者への投資教育」が必要かもしれません。しかし誰がその役割を担うかは難しい問題です。

 確定拠出年金から始まった「投資教育」の流れは、これからも継続していくことでしょう。少なくともいえることは「長期・積立・分散投資」というキーワードすら、20年前には誰もピンとこないものでした。

 国民の金融リテラシーをじわじわと底上げする担い手として、確定拠出年金の投資教育はこれからも役割を果たしていくことでしょう。

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