習近平が高齢化対策から「3人目許容」策を決定

 5月13日に配信したレポート「中国は人口14億でも高齢化。二人っ子政策は撤廃?養老ビジネスはアリ?」では、10年に一度公表される人口動態をめぐる国勢調査の結果を分析。14.1億人という総人口数を記録したものの、労働人口が減り、65歳以上の人口は13.5%と、正真正銘の高齢化社会に突入した中国の姿が浮き彫りになりました。

 そして、このレポートで私は次のように指摘しました。

「そんな中、すでに東北地方など一部地域で段階的、条件付きで実施されているように、3人目を許容する政策、もっと言えば、計画生育そのものを撤廃する政策が、いつどのタイミングで打ち出されるかは極めて重要ですし、私が知る限り、共産党指導部は、現時点ですでに綿密かつ現実的な撤廃に向けたロードマップを描き始めています」

 そのタイミングは、私が予想していたよりも早くやってきました。

 5月31日、習近平(シー・ジンピン)総書記司会の下、中国の最高意思決定機関である中央政治局が会議を開き、3人目の出産を許容する政策を実施すると決定。人口の高齢化に積極的に対応するという観点から、第14次五カ年計画(2021~2025年)期間における『生育政策を最適化し、人口の長期的均衡発展を促すことに関する決定』を審議しました。

 私から見て、習総書記率いる中国共産党指導部は、国勢調査の結果を受けて、高齢化が加速する現状を相当重く受け止め、“ちゅうちょなく”3人目の許容に踏み込んだものと思われます。

 同会議を受けて、国営新華社通信が、国家衛生健康委員会責任者への単独取材記事を配信しましたが、この責任者は次のように中国人口高齢化の未来を予測しています。

「高齢化は世界人口発展の大きな趨勢(すうせい)であり、今後比較的長い間我が国の基本的国情になるだろう。20世紀末、我が国の60歳以上の高齢者人口は10%を超え、高齢化社会へと入った。第14次五カ年計画の末期には、軽度の高齢化が中度の段階へと入り(60歳以上の高齢者人口が20%以上)、2035年前後には重度の段階に入るだろう(同30%以上)。1組の夫婦が3人目の子供を産むのを許容し、それを促進、支持するための関連措置を取ることは、長期的に見て、人口の年齢構造を改善し、新たな労働力供給を拡大し、高齢者介護の比率を軽減し、世代間の矛盾を緩和し、社会全体に活力を増やし、高齢化がピークに達する水準を下げるのに有利に働く」

 ここでは、国連のWHO(世界保健機関)が高齢者の定義とする65歳以上ではなく、60歳以上の比率が述べられていますが、これを参照し推測すると、国勢調査で指摘されている13.5%という65歳を基準にした数値は、2025年には15%を超え、2035年には25%を超えるものと推測されます。中国は2035年を一つの時代的節目とし、2021年から2035年の15年間で、GDP(国内総生産)と一人当たりGDPを倍増させる目標を掲げています。

 ただ、この期間には同時に、急速な高齢化現象にいかに向き合い、克服していくかという世紀の課題が付きまとうのが必至であり、経済成長と高齢化現象という矛盾を解決しなければなりません。富む前に老いてしまった中国は、健全な高齢化プロセスの演出を通じて、経済を持続的に成長させていけるのか、見ものです。

「3人っ子政策」で出生数は増えるか?3人の中国人女性が語る不安と懸念

 中央政治局による決定とその報道を受けて、中国の世論では「制限は緩和されたけれども、果たして3人目を産むか?」をめぐって、激烈な議論が交わされています。

 私の観察によれば、そのほとんどはネガティブなもので、「緩和するだけでは何の意味もない」「生育コストが高すぎて3人目なんて無理だ」「政府は何もしてくれないではないか?」「これで女性の社会的地位が一層低下し、職に就くのも難しくなる」といった反応が目立ちます。

 中でも興味深かったのが、フォロワー数1億を超える中国版ツイッター(微博)上で新華社が、「3人目許容政策が出ましたが、貴方は準備できていますか?」という民意調査を6月1日に行いました。すると約9割が3人目を産むことを「全く考慮にない」と回答したことから、あせってツイート自体を削除してしまいました。結果が予想外に低く、「3人目なんて産めない」という世論が炎上し、党指導部によって決定された政策が否定される局面を恐れてのことでしょう。

 実際に、中国の人々は今回の3人目許容政策をどう見ているのか。6月1日、私は次の3人の中国人女性に取材しました。

Yさん(40歳、未婚、一児の母、杭州在住、国有企業勤務)
Zさん(32歳、既婚、一児の母、シンガポール在住、金融機関勤務)
Fさん(28歳、未婚、香港在住、国有企業勤務)

 まず、3人の見解に共通していたのが、中国が高齢化社会に入っている中、政府が3人目を許容する政策は想定内だが、ただ許容するだけでは効果は限定的で、減税、住宅を中心とした生活コストのカット、社会保障の充実、教育、医療面での補助金などあらゆる政策をパッケージで付けなければ意味がないという見解です。

「2人目を許容した際も、効果は限られていました。3人目は、高所得者と低所得者だけが考えるでしょう。大多数の中産階級は、3人の子供を負担する余裕はありません」(Zさん)

「政策だけ出しても効果はありません。多くの一般家庭にそんな経済的余裕はありません。私自身、将来の夫にお金があれば2人目を考えますが、3人目はないです」(Fさん)

 と同時に、3人が共に懸念を示していたのが、女性にとっての、出産と仕事の関係です。

「これで女性を募集する企業はさらに少なくなったでしょう。2人目の時もそうでした。中国企業はただでさえ経営が厳しいのに、3回の産休を受け入れる企業などありません。国は企業に一切の補助金を出しません。生育コストを家庭と企業で負担させ、国は何もせず、3人目を許容するなんて言っても、何の説得力もありません」(Yさん)

「私は最近、転職を考えているのですが、面接した企業からまだ子供を産む気があるか聞かれました。中国では歴史上、専業主婦は少なく、大多数が職場を持ちたいと思っていますから、出産という問題を抱える女性にとっては、さらに不公平さが増したといえます」(Zさん)

「企業は女性従業員の産休コストを嫌がる。国はそこに対して何もしない。国は家庭、企業の両方に補助を出さないと、今回の政策も効果はないでしょう。また、男性に対しても育児休暇を出すべきです」(Fさん)

 このように見てくると、中国人女性にとっての出産、中国人家庭にとっての育児をめぐる状況や心情には、日本人と似通っている部分もあるように見えてもきます。

 3人目許容政策公開後の世論、3人の回答を総合すると、この政策が地に足の着いた、効果的なものにするという観点から、争点になっているのは主に2点であるように思われます。

(1)国民の収入に比べて、住宅を中心に生活コストが高すぎる。政府は減税、社会保障など公共サービスの充実、住宅バブルの抑制、教育・医療コストの軽減などを通じて、国民が出産や育児に回せるお金が増えるよう尽力すべきだ

(2)家庭を持ち、出産、育児をしながらも、職場で働きたい女性が大部分を占める中、今回の政策で女性はさらなる苦境に立たされた。政府は企業への補助を強化する形で、従業員が安心して産休、育休を取れるようにサポートすべきだ

中国政府は国民の不安や懸念に応えられるのか?

 国はこれら国民の声や懸念を承知しているでしょう。ただ制限を緩和するだけでは、効果が限定的であることは、2人目の時点でも証明されており、3人目ではなおさらそうでしょう。Yさんは次のように指摘しています。

「中国において、“許容”はすなわち“要求”を意味する。政府は国民に対して、産んでもいい、ではなく、産むように、と言っているに等しいのです。政府は、単に子供をこれまでよりも多く産むように、ではなく、計画に基づいて多く産むように、と言っているのです。3人目を許容しておきながら、計画生育を撤廃しないのは、生育権を政府の手中に収めておくためです。国民が何人まで産むかを決定する権限は、国民ではなく、政府にあるという権力構造を変えたくないのです」

 中国政府は2021年1月1日から「離婚冷静期」という政策を実施していますが、Yさんに言わせれば、これも、家庭を安定させ、国民の出産を促そうという施策の一つだとのことです。

「離婚冷静期」とは、夫婦が協議離婚をする際、当事者たちに30日間を強制的に与え、この期間に冷静になって、離婚を考え直させるという政策です。政府の統計によれば、この政策は効果的だったようです。

 2020年第4四半期(10~12月)、離婚登記をした人数が106.3万組だったのに対し、同政策実施後の2021年第1四半期(1~3月)は29.6万組まで減ったとのこと。離婚者数が減れば、出生者数を促せると考えているのでしょう。

 また、全国各地における結婚登記は7年連続で下降していて、2013年時点で1,347万組だったのが、2020年には813万組と、40%減ったとのことです。ただでさえ、結婚者数が減っている状況下で、離婚者数が増える傾向をせき止めたい、さもなければ、出生者数を増やすことが困難になる、政府当局はそのように考えているのでしょう。

 さらに、前出の国家衛生健康委員会責任者によれば、第13次五カ年計画期間中(2016~2020年)、20~34歳の出産適齢期に属する女性の数は、年平均で340万人減り、直近の2020年は前年同期比で366万人減ったとのことですから、政府としては、とにかくあらゆる方法を使って、より多くの家庭に2人目、3人目を産んでもらうべく働きかけていくのでしょう。

 中央政治局が開いた会議では、3人目の出産を促すために、関連する育児政策、経済社会政策をパッケージで実施する必要性をうたってはいます。そこには、教育の公平性を促すこと、家庭教育の支出を減らすこと、育児休暇と育児保険制度を充実させること、税収、住宅などの支持政策を強化すること、職場における女性の合法的権益を保障することなどが含まれます。

 政府としても、前述に紹介した国民、特に女性の不安や懸念を理解はしているようで、そこを緩和する政策を出さない限り、出生者数の増加は見込めず、少子高齢化時代にも適応できないと考えていることは確かなようです。

 問題は、この最高意思決定機関による政治的決定を、いかにして具体的な政策に落とし込んでいくかでしょう。

 本レポートで整理してきたように、国民の関心、懸念は非常に明確であり、故に、ピンポイントかつダイナミックに政策を施すことができれば、出生者数の低下(2020年は約1,200万人)に歯止めをかけ、少子高齢化時代にうまく適応できる可能性はあります。

 私が複数の中国政府関係者に話を聞いた限り、今回の決定を受けて、全国人民代表大会常務委員会による《人口与計画生育法》改正を経れば、3人目許容の政策を即座に実施できる、「遅くとも今年の年末までには実施される見込み」(国務院幹部)のようです。

 仮に、それまであと半年あるとして、この間に、国民に「それなら2人目、3人目を産むのを考えてもいい」と思わせる各種政策をパッケージで打ち出せるかどうかが重要になってくるのでしょう。

 中国の人口動態は、中国経済、マーケットの動向に長期的、根源的に影響を与える要素の一つです。今後とも何か動きがあれば、適宜、追跡、分析を行っていきたいと思います。