中国にとってイタリアは「特別な国」
新型コロナウイルス対策の規制を欧州各国が緩和し始めている中、イタリア政府が、日本人の観光客の入国を認めると発表したことがニュースになりました。そして5月16日からは、原則として目的を問わず、すべての日本人の入国が可能となりました。
イタリアでは、新型コロナウイルスのまん延による感染者は累計で400万人以上、死者12万人以上となっていました。しかしワクチン接種が順調に進んでいることで、一日3万人以上の感染者を出していた昨年11月のピーク時からは大幅に減り、5月18日時点では5,000人未満となっています。
イタリアは一時、医療崩壊し、危機的状況にありましたが、そこに手を差し伸べた国の一つが中国です。中国は30トンを超える医療支援物資を送り、医療チームも派遣しています。もちろん、中国は、単なる善意で行ったわけではありません。戦略的な意図があっての行為です。
今日、中国にとって、イタリアはある意味、世界中で最も重要視する国の一つ、言い換えれば、懐に収めたい「特別な国」の一つなのです。
本レポートでは、中国がそう捉える背景と動機を解明していきます。そうすることで、中国が昨今の国際情勢下でどのような位置にいるのか、これからどう行動していくのかの一端が見えてくると思います。
今回、私が中国とイタリアの関係を扱おうと決めたきっかけとなったのが、コロナ禍の2月にイタリア首相に就任したマリオ・ドラギ前ECB(欧州中央銀行)総裁と李克強(リー・カーチャン)首相が、5月17日に電話会談を行った経緯です。
このニュースについて配信した中国の官製メディアが伝える世論を眺めながら、中国政府がこの会談を内外にアピールしたいと内心考えているのだなと強く感じました。
では、中国外交部が発表したプレスリリースを参照しながら、李―ドラギ会談の中身をレビューしてみましょう。
李首相は、中国とイタリアの関係を「全面的、戦略的パートナーシップ」と表現し、両国が、新型コロナウイルス対策で手を携えてきたこと、重点協力プロジェクトにおいて前向きな進展が出ていることを指摘し、貿易投資、エネルギー、気候変動対策といった分野での協力を推進していくこと、G20(20カ国・地域)という枠組みでの協力を強化していく意思を表明しました。
その上で、李首相は次のようにドラギ首相に語りかけます。
「中国はEU(欧州連合)との関係を高度に重視している。団結、繁栄したEUは世界平和を守り、多国間主義を支持し、自由貿易を推進する重要な力だ。双方が大きな方向性を把握し、開放的な姿勢で実利的な協力を推し進めること、相互尊重の基礎の元、対話と協商で問題や矛盾を解決していくことを希望している。中国・EU間の協力は世界経済の復興にとっても助け舟になる。双方は共同の努力を通じて、中国・EU投資協定にできるだけ早く署名し、成立させるべきである。イタリアがEUの重要な構成員として、中国・EU関係の健康的、安定的な発展に、引き続き前向きな役割を果たすことを期待している」
これに対し、ドラギ首相は、中国がイタリアのG20議長国としての仕事を支持してきた経緯に感謝の意を表明し、エネルギー、航空、経済、貿易、投資といった分野で協力を深化させ、新型コロナ対策、グローバル経済の復興、気候変動対策などで手を携えていく旨を伝えました。
また、EU・中国投資協定は双方間の重要な合意であり、イタリア政府として、対話を通じて、できる限り早く、今後の手続きを推し進めることを支持すると語りました。
私から見て、中国が昨今の国際情勢下で、イタリアをどう戦略的に位置付け、取り込もうとしているかが、この李―ドラギ会談に凝縮されています。以下、具体的に解析していきます。
李克強―ドラギ電話会談が意味すること
そもそも、私がこの会談に特別な意味を見出した背景には、中国のEUに対する強い不満が横たわっています。発端は新疆ウイグル問題です。
3月、EUの執行機関である欧州委員会が、新疆ウイグル自治区での人権侵害に加担したとされる中国当局者に対して、資産の凍結と渡航の制限を課すという制裁措置を発動しました。これに続いて、米国、英国、カナダも同様の制裁を科しています。
米国がバイデン政権に移行してからというもの、新疆ウイグル問題への対応をめぐって、西側諸国間の政策協調が強まっています。それを象徴するように、5月初旬、英国・ロンドンで開かれたG7外相会談は、中国の新疆ウイグル自治区における人権侵害を名指しで批判。
会談後に発表されたコミュニケ(声明書)では、「我々は、新疆およびチベットにおける人権侵害、特にウイグル族その他の民族・宗教上の少数派が標的とされていること、そして大規模な『政治的再教育収容所』のネットワークの存在、強制労働制度および強制不妊に関する報告について、引き続き深く懸念する」と明記されました。
これに対し、中国政府は「中国に対する事実や根拠に基づかない批判であり、中国の内部事務に公然と干渉する、歴史に逆行した集団政治である」(5月6日、中国外交部定例記者会見、汪文斌[ワン・ウェンビン]報道官)と強烈な非難を表明しています。
イタリアは、李首相が言及したように「EUの重要な構成員」であると同時に、G7の加盟国でもあります。要するに、中国はEUとG7による「内政干渉」に加担しているイタリアに不満を持っているということです。
細かい点ですが、中国理解を深めるという意味で、「不満」に関して一つ解説します。
中国外交部のリリースには、李首相が「応約」、すなわち、相手国の要請に応じる形で、ドラギ首相と会談したと書かれています。この「応約」(インユエ)という中国語の文言は、中国が他国と外交関係を管理する中で、相手国に対して不満を持っている状態を示唆します。
そんな状況下でも、「相手国が望むなら会談に応じてあげてもいい」という、ある意味“上から目線”の、強硬的な姿勢を示すものです。米国や日本との関係でもしばしば使われ、国内の政界や世論で生じ得る反対勢力からの批判をかわすという目的も含まれています。
不満を抱いているにもかかわらず、李首相がドラギ首相との会談に応じたのには、理由があります。端的に言えば、イタリアを取り込み、中国側に寝返らせたいということです。
EUには27カ国が加盟しており、その中には、例えばギリシャやポーランドなど、中国が影響力を発揮しやすい国も含まれますが、EUの意思や行動を変えるという意味では、これらの国は小さすぎます。また、EUだけでなく、G7加盟国であることが望ましい。
英国離脱後、EUとG7に同時に加盟しているのは、ドイツ、フランス、イタリアの3カ国だけ。この中で、相手を寝返らせる、具体的に言えば、EUやG7が、中国が「内政干渉」に当たるとする政策を取る際に、否決権を発動させる上で、最も可能性があると考えるのがイタリアということです。
しかも、李―ドラギ会談でも言及されているように、イタリアは2021年のG20議長国。G20は中国が国際的にリーダーシップや影響力を発揮しようとする際に、戦略的に重視する外交舞台です。
中国は、G7ではなく、G20こそが、国際ルールを作る上で最適なプラットフォームだと訴えたい。このタイミングでイタリアに接近し、一連のG20会議におけるアジェンダセッティング(議題設定)プロセスにおいて、中国に有利な言動を取ってもらえるようにという、ねらいがあります。
具体的には、G20が中国の政策や言動を名指しで批判する舞台と化さないように、いまから取り込もうという戦略的意思が見て取れるのです。そこには、目下、中国が外交関係を最も緊張させている米国をけん制する、西側陣営が一枚岩にならないように、楔(くさび)を打ち込むという目的も含まれます。
G20首脳会議は10月末、3カ月後には、北京冬季五輪が控えています。仮に、新疆ウイグル問題、香港問題といった人権問題が、昨今のEUやG7だけでなく、G20でも批判と制裁の対象となり、その流れで、北京五輪への参加ボイコットが集団的に発生した場合、習近平(シー・ジンピン)政権の正統性や求心力が国内外で失墜するという政治リスクをはらんでいる。
そのような、2021年から2022年にかけて想定し得る最悪の事態を避けるために、イタリアを取り込もうとしているわけです。
中国がイタリアを取り込めると考える理由
中国がイタリアを取り込める、あるいは、ドイツやフランスと比べて、取り込みやすいと考える理由の一つが、経済に見出せます。
2019年3月、習近平国家主席がイタリアを訪問し、当時のジュゼッペ・コンテ首相と会談をした際に、中国が習近平政権の目玉政策として、国家戦略レベルで推し進める「一帯一路」構想に関する覚書を締結しました。G7加盟国として初めてのことです。
李首相が「全面的、戦略的パートナーシップ」と定義するように、中国は、イタリアが中国の国家戦略に理解を示し、そこに便乗しようとしていると捉えているということです。
覚書の中には、香港に上場する中国の国有企業で、インフラ建設大手の中国交通建設(1800, HK)がジェノバ西リグリア港湾ネットワーク管理局や東アドリア港湾ネットワーク管理局と結んだ協定も含まれています。
中国の、しかも共産党の戦略的意思を受けて動く国有企業がイタリア海運の要衝における港湾事業に参画するということは、地政学的にも大きな意味を持ちます。単なるビジネス投資にとどまりません。習主席の訪問を武器に、自国の国有企業に同プロジェクトを請け負わせたのは、中国の対欧州国家戦略に立脚する動きです。
コンテ前首相は、中国企業によるイタリアへの投資を歓迎する意思を習主席に示しましたが、近年低迷しているイタリア経済(同国の実質GDP[国内総生産]成長率[前年比]は、2017年1.68%増、2018年0.86%増、2019年0.01%増)の復興につなげようという意図が見受けられます。
JETRO作成の資料によれば、2018年、イタリアの貿易相手国として中国は5番目で、中国の貿易相手国としてイタリアは24番目と非対称です。中国の貿易全体に占める割合は1.2%に過ぎませんが、中国は上記のような動機から、イタリアへの戦略的投資を強化しているのです。
経済力を武器に、中国がイタリア経済復興にとっての「救世主」となることで、イタリアが新疆ウイグルや香港を含めた中国の「核心的利益」を尊重する、すなわち内政干渉させないこと、そして、そういう国家としての立場を、欧州の大国として、EU、G7、さらに今年、議長国を務めるG20といった舞台で存分に発揮してもらうこと、それが中国共産党の真の狙いです。
そういう党指導部の意思を、前出の中国交通建設を含めた、中国の国有企業や民間企業は十分に理解しています。要するに、党指導部がそのような戦略的見地から対イタリア政策を位置付ける中で、イタリアに進出、投資するのは「政治的に正しい」ということです。
コロナ禍の現状では不確実性は拭えませんが、今後、中国からイタリアへのお金、モノ、ヒト、そして情報の流れがあからさまに増えていく趨勢(すうせい)は必至だと私は考えています。
最後に、約7年、35回の協議を経て昨年12月末にまとまり、李―ドラギ会談で言及された中国・EU投資協定についてです。字数の関係上、詳細は筆を改めますが、中国共産党指導部の同協定に対する立場も、中国の対イタリア政策と同質のものです。
同協定は、市場参加、公平な競争原則、知的財産権の保護などを含む、相互投資を促進するためのルールを定めた枠組みですが、基本的に、EU諸国が中国に投資する過程での処遇を改善する、言い換えれば、EU諸国の中国マーケットへの不安や懸念を拭うことに重点が置かれていて、中国よりも、EUにとって有利な内容となっています。
もちろん、中国側が善意で妥協したわけでは全くなく、それによって、EU諸国の対中投資が促進し、内需拡大や産業構造の最適化に貢献し、中国にとっての国策である改革開放が進んでいることを内外に証明できると考えているからこその、戦略的妥協にほかなりません。
そう考える背景には、EU全体に、経済といううまみを享受させることで、中国の核心的利益を尊重させるという意図が透けて見えます。
目下、新疆ウイグル問題が引き金となり、欧州議会は投資協定の承認プロセスを停止させていますが、中国側が投資協定の最終妥結のために、新疆ウイグル問題という核心的利益で妥協することは考えられないということです。この点については、中国国家発展改革委員会や商務部に勤務する複数の関係者が私に証言しています。
このように、中国と欧州の関係は、経済と政治が複雑に絡み合う、私の理解で言えば、戦略性が増すものになっています。経済で政治を動かしたい中国。そんな中国が、これまで以上に目を付け、取り込みたいとする標的がイタリアだということです。中国と欧州の関係や連動については、引き続き注視し、本連載でも報告していきたいと思います。
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