バイデン政権下で大々的に進むコロナ対策とワクチン接種
新型コロナウイルスの緊急事態宣言が首都圏1都3県で解除されたころ、私はバイデン米政権下の情勢や政策をアップデートすべく、米国で取材をしていました。2020年の大統領選挙期間以来の訪米です。
当時も本連載の1本目として「現地レポ:米大統領選、高投票率の裏事情。中国はトランプ、バイデンどちらが得?」を報告しましたが、この続編として、今回も現地での取材や見聞を基に、考察していけたらと思います。
前回の現地取材では、仮に政権を奪取した場合、バイデン氏は、(1)コロナ抑制、(2)経済再生、(3)人種問題の解決、(4)気候変動への対応、(5)世界における米国のリーダーシップの向上の5つの順に政策の優先順位を付け推し進めるという話を、選挙当日(2020年11月3日)前夜に聞きました。後にバイデン政権の中枢入りすることになる、民主党幹部からです。
今回は、主に首都ワシントンD.C.とマサチューセッツ州ボストンの2カ所に滞在しましたが、バイデン米大統領のそのような構想に対して、私の中で確認、立証作業を進めていく機会となりました。
まずは新型コロナ対策についてです。
この対策で後手に回ったトランプ前政権との差別化を図るべくバイデン政権は、至る箇所、分野で対応措置を施していました。例として、前回の訪米時にはなかった、米国渡航に際するPCR検査の陰性証明書(出発の72時間以内における検査)の提出が義務付けられました。
また、ワシントンD.C.でもボストンでも、室内外を含め、公共の場でマスクを着用していない市民は原則皆無でした。
この季節のワシントンは、ホワイトハウスの南側に位置する記念塔付近や、ポトマック川沿いなどを含め、桜が満開。日中は気温も20度を超し、汗ばむくらいになっていますが、そんな中をランニングする市民たちも皆マスクを着用していました。私も日々走っていましたが、すれ違う際には意識的に距離を取り、一時的にマスクをあごに下げていた人も、すれ違う瞬間が近づく前に着用し直すなど、トランプ政権末期と比べ、市民たちの意識と行動改革をはっきりと目撃することとなりました。
ボストンに場所を移すと、久しぶりに訪れたハーバード大学構内では、「キャンパス内を健康に保とう」「体調の兆候を自分からチェックしよう」「自分に何ができるのかを考えよう」「定期的に検査をしよう」といったスローガンが、大学当局によって呼びかけられていました。
私が訪れた頃はちょうど週末に重なり、天候が快晴に恵まれ、気温も20度以上に上がったこともあり、学生たちは、半袖短パンで、ハーバードスクエアでタピオカミルクティーを片手にブラブラするなど、大学街らしく、若々しい活気であふれていました。ところが、平日になると、授業がオンライン上で行われることもあり、キャンパスには人影がほとんどなくなっていました。
また、市民のコロナワクチンに対する姿勢や執着心が際立っていたのも印象的でした。
今回の出張でも引き続きコロナ禍ということで、対面による取材がなかなか困難で、最終的に、約半分は電話やビデオ通話のSkype(スカイプ)で実施せざるを得ませんでした。
特に、比較的年配の方へアポイントを取る際には、相手がすでにワクチンを受けているかどうか、接種後、ワクチン効果が顕在化するとされる2週間が経過しているかどうかを基準に、対面取材を受けるかどうかを、私は判断していました。
例えば、ハーバード大学の中国関連事業を担当する67歳の方は、私がボストンを訪れたとき、ちょうどワクチン接種から2週間が経過していて、約8時間、先方の自宅で食事をしながらじっくり話をすることができました。
一方、ボストン大学の中国問題専門家は、ワクチン接種からまだ数日しか経過していないとのことで、スカイプによる会話にしてほしいという要望を受けました。
ちなみに、この二人を含め、私が今回取材を申し込んだ大学関係者で、60歳以上の方は、「この1年間、基本的に外出していないし、誰とも会っていない」と言っていました。続けて、「ワクチンを接種すればライフスタイルは変わる。そしてワクチン接種率が社会全体で上昇すれば、経済は回復し、社会は再び活性化される」との見方を示していました。
今回、世界銀行やIMF(国際通貨基金)に所属する知人らとも会って話をしました。ワシントン市内中心部に位置する両機関の建物は依然封鎖され、スタッフはすでに1年以上リモートで働いているとのことでした。さらにIMFのある幹部によれば、オフィスに戻るのは来年2022年になると想定しているといいます。「リモートによる作業は、効率性は認めるものの、オンとオフの切り替えがしづらく、結果的にオフィス通勤時よりも仕事時間が無駄に長くなり、出張や対面会議もないため、面白みに欠ける、そろそろ限界だ」(同幹部)とフラストレーションをあらわにしていました。
私は米国滞在中、日々テレビ(例えばCNN)で新型コロナウイルスをめぐってアップデートされる情報をチェックしていました。前回滞在時は、テレビ画面の右側に、新型コロナの感染者数、死亡者数が、米国内と世界中という二つの数字が常時表示されていましたが、今回はそれに加えて、米国内におけるワクチン接種率が表示されていたのが変化でした。私が本稿を執筆している3月31日現在、米国でコロナによる死亡者は約55万人、ワクチン接種率は約15%です。
現地で観察している限り、米国民におけるワクチン接種率が上昇するにつれて、経済の回復や社会の活性化は正比例で改善されていくという先行きの明るさを実感しました。今回、私が話をした30代の比較的若い人々も、遅くとも今年上半期内にはワクチン接種ができるだろうとの見方を示していました。
コロナ対策に伴う景気回復への自信とインフレリスクの台頭
政治任命で政権入りしたバイデン大統領を支える複数のスタッフと話をする限り、バイデン大統領は、まずは来年行われる中間選挙において、民主党がさらに議席を伸ばし、政権運営を有利に進めるべく、目に見える成果を残すことが急務と意気込んでいるそうです。上記で描写した新型コロナ対策がその最たる分野ですが、それに加えて経済再生です。
3月に入り、1.9兆ドル(約200兆円)規模の新型コロナウイルス経済対策法案にバイデン大統領が署名しました。家計を支援する観点から、1人当たり最大1,400ドルの現金給付を発表するなど、財政出動による大規模な景気刺激策に打って出ています。
昨年、米国の実質GDP(国内総生産)成長率は、新型コロナ感染拡大の影響を受け、前年比マイナス3.5%となり、リーマン・ショック後の2009年(マイナス2.5%)以来、11年ぶりのマイナス成長を記録しました。
バイデン政権スタッフや国際機関の関係者らと話をしながら、またワクチン接種率を含めた市民らの表情や行動を観察しながら、今回随所で実感したのが、米国経済社会全体として、今年中の経済回復に自信を持ち、理解がある点でした。
前出のIMF幹部が「中国ほどではないが、欧州や日本に比べれば著しい回復が見込めるだろう」と言えば、世界銀行で各国の経済成長率を予測する部署で働く若手のエコノミストは、「我々は、2021年、米国のGDP成長率は5.9%、中国のそれは8.1%だと予測しているが、今後、米国を上方修正し、中国を下方修正することになるかもしれないという議論を同僚たちとしている」と語っていました。景気回復に伴う金利上昇などは、株式市場の動向や投資家心理にも影響を与えずにはいかないでしょう。
これに関連して、印象的だった場面を紹介します。
3月20日、土曜日の午後、ワシントンD.C.で働く中国人がヴァージニア州界隈の一戸建て住宅を見て回る「ツアー」に、私も同行しました。代理人は中国系米国人(女性、40代)で、やり取りはすべて中国語で行われていました。この代理人によれば、遠くない将来にインフレが起こり、金利が上昇することを見込み、金利が低い今のうちに住宅ローンを組んで物件を購入しようというブームが短期的に発生しているとのことです。代理人は言います。
「完全に売り手市場で、私の顧客だけでも、一つの物件に数十人の中国人が応募、入札し、オークションのように値段がつり上げられている状況です。もちろん私にとってはいいことなのですが、平日週末を問わずに、顧客への対応に忙殺されています」
実際に、1軒10分ほどで物件を観察した参加者のほとんどが、その場で即「買います!」と言って応募し、代理人が顧客の情報や入札額をiPhoneに入力していく光景が、目に焼き付いています。
一方で、にわかに懸念され始め、ワシントンの政策コミュニティーの中で熱烈に議論されているのが、コロナ禍における財政出動や金融政策、感染症の抑制、ワクチン接種の普及、景気刺激策などによる個人消費の増加に伴い、インフレが加速するリスクでした。
ローレンス・サマーズ元財務長官も最近になり、バイデン政権による政策と景気の先行きから、インフレリスクを警告しています。
いずれにせよ、発足から2カ月が経過したバイデン政権にとって、コロナ対策と経済回復はコインの表と裏の関係にあること、バイデン大統領がこれらの分野で迅速かつ明確な成果を上げられるかどうかが最重要課題。これが中間選挙の結果と2024年の次期大統領選挙の選局を左右すると考えているようです。
私が現地での取材を基に推察する限り、バイデン大統領は82歳で迎える政権2期目にどう向かい、臨むかというよりも、まずは目の前の政策課題と政権運営に全身全霊で取り組んでいるというのが、ホワイトハウスに漂う空気感です。
米中対立は、人類社会の形態すら劣化させかねない最大のリスク
最後に、米中関係について扱いたいと思います。
窪田真之楽天証券経済研究所チーフ・ストラテジストも指摘するように、バイデン政権になってもトランプ政権で顕在化した米中対立の世界経済へのダメージは、新型コロナよりも深刻で、私自身、その地政学、戦略リスクは根源的であり、長期化すると考えます。
トランプ政権で勃発した貿易戦争や、米国の国家安全保障にとって脅威となり得る中国企業への制裁、米中企業間の取引停止などに関しては、バイデン政権として現在慎重に検証作業をしている最中であり、私自身は、通商、ハイテク、科学技術、ビジネス分野、そして研究者やジャーナリストを含めた人的往来に関しては、トランプ政権時ほどのデカップリング(切り離し)は起こらないと予測しています。経済レベルでの対話や交渉は進んでいくでしょう。
一方で、香港、新疆ウイグル自治区で懸念されている人権問題では、これらが米中双方の「核心的利益」に直結する事情もあり、お互い一歩も引かない、歩み寄りの兆候と空間を全く見いだせない状況が続いています。
バイデン政権で外交を統括するアントニー・ブリンケン国務長官は、新疆ウイグル自治区で発生している中国共産党のウイグル族への強圧的政策を「ジェノサイド」(民族への集団殺戮)と定義づけています。中国共産党はこれに猛反発しており、米国側の認識や声明は全くの誤認、ねつ造だと断言してきました。
3月18~19日、米アラスカ州アンカレッジにて、バイデン政権発足後初めて対面形式で開催された米中ハイレベル戦略対話前夜、米国政府は、昨年成立した「香港自治法」に基づき、中国と香港の当局者ら24人を新たに制裁対象とすることを発表。同対話冒頭における、中国側代表の楊潔チ(ヤン・ジエチー)政治局委員の猛烈な対米非難を招く引き金の一つとなりました。
言うまでもなく米国側の措置は、3月上旬、中国共産党が開催した全人代(全国人民代表大会)での香港選挙制度の見直しを通じて、立法会を含めた統治機構から民主派を実質排除し、一国二制度をより一層有名無実化する措置を取ったことに対するレスポンスだと言えますが、両国間の溝は深まるばかりです。
私は、2014~2015年、ワシントンD.C.にあるSAIS(米ジョンズホプキンス大学高等国際関係大学院)で客員研究員をしていたのですが、その時の上司であるデービッド・ランプトン教授(専門は中国政治、外交や国際関係)は、昨今の米中関係に対して「習近平(シー・ジンピン)時代になって激化している米中間の戦略的相互不信は深まるばかりだ。米中が、平和的共存、建設的エンゲージメント(関与)の時代に戻れるか考察しているが、楽観視できない」と先行きを不安視していました。
3月25日、バイデン大統領は就任後初の記者会見を行いました。
このとき中国に関する質問に対しても答え、自らが習近平という中国の指導者をよく知っていて、同氏のことを「スマートだ」としつつも、「習近平主席はロシアのプーチン大統領と同様、独裁に将来性を見いだし、民主主義が複雑な世界で機能しないと考えている」という認識をあらわにしています。
前出の米中ハイレベル戦略対話にて、楊潔チは「米国には米国式の民主主義がある。中国には中国式の民主主義がある。米国の民主主義がどのような成果を収めてきたか、どれだけ成熟しているかに関して言えば、米国人だけによってだけではなく、世界市民によって評価されなければならない」と主張しました。
中国は今後、経済力や軍事力だけでなく、政治体制、発展モデル、イデオロギーといった分野でも米国が世界で誇ってきた影響力や支配力に挑戦していこうとするのは必至です。私自身は、米中戦略的競争時代における最大の不安要素が、米ソが全面的に対立し、東西陣営が分裂した冷戦時代に回帰すること、その過程で、政治が経済を、イデオロギーがマーケットを翻ろうする形で、世界経済構造が米国か中国かという二つの陣営に分断される、ブロック化される事態だと考えています。
自由、法治、民主主義、市場の原理、公正な競争、ルールに基づいた国際秩序などが脅かされるようになれば、人類社会の形態そのものが劣化する可能性すら否定できません。
つまり、米中対立という世紀のテーマは、それほどの破壊力を秘めているということです。ウィズコロナ、あるいはポストコロナ時代のグローバルマーケットにとっても、最大かつ長期化するリスクになると推察しています。
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