※本記事は2019年10月18日に公開したものです。

良い会社はいつも割高だ

 良い会社に育つ可能性を持っている企業とは、その製品やサービスが熱烈に、ないしは切実に必要とされている企業です。だから投資家はワクワクするような製品やサービス、「このブランド、好き!」という直感を大切にすべきです。

 でもそういう邂逅(かいこう)があっただけで(良い会社と巡り合えた!)と早とちりしないでください。

 なぜなら成功を何度も繰り返し再現できなければ、それは良い会社ではないからです。

 また株価には先見性があり、エキサイティングなストーリーはすぐに織り込まれてしまう傾向があります。

 このため皆さんが(この製品やサービスは、いいぞ)と気がついてから直ちにその株を買っても、もう他の人たちに先回りされているので安く仕込むことは至難の業です。

 時間が経てば、単なる良いストーリーを持つ企業と、本当に良い会社とは似て非なるものだということが自ずと明らかになってきます。

 良い投資ストーリーは、星の数ほど転がっています。でもその大半は途中でダメになり、消えてゆきます。

 良い会社は、繰り返しワクワクする製品を出せるし、問題に直面してもすぐにそれに対処します。そして決算のたびにEPS(1株当たり利益)、売上高、ガイダンスの三つで、投資家の期待を上回ります。

 そういう会社の株価は、最初は人気先行で取引されるので、割高に取引されています。

 投資家は、その企業が市場の期待にしっかり応えている限り、割高に取引されていることを恨んではいけません。むしろ落胆すべき決算を、忌み嫌う習慣をつけてください。

 もちろん、期待をかけていた自分の好きな会社が、ダメな決算を出すときがあります。ダメな決算とは、EPS、売上高、ガイダンスのどれか一つでも市場予想を下回る決算を指します。

 そのときは、どんな事情があるにせよ、いったん逃げてください。

 一度ダメな決算を出した会社は、3カ月後に訪れる、次の決算発表で、今度こそキッチリした数字を出せるかどうか観察してください。

 そして次回の決算で良い数字が出せたとしても、まだそこでは「買い」ではありません。一度失敗をしでかした企業が投資家の信頼を取り戻すためには、2回、3回と良い決算を出す必要があります。もし3回連続してちゃんとした決算が出せたら、過去の過ちを水に流して、再び投資してOKでしょう。

 こういうふうに数字にうるさい投資方針を貫いていると、投資できる企業の数はだんだん減っていきます。でも投資とはそういうものです。

 そうやって最後まで残った企業こそ、本当に素晴らしい企業です。

個人投資家は情報面で不利か?

 私は、1995年にネットスケープがIPOされる様子を見て、(ぜひ、インターネット株を扱いたい)と思い、ニューヨークからサンフランシスコに移り住みました。

 いま元気の良いネット株というとフェイスブックやグーグルが思い浮かびますが、当時はそもそもインターネットのネットワーク自体が未整備だったので、電話線からネットにアクセスする際に使用されるアクセス・コンセントレーターや、ルーターなどのネットワーク機器メーカーの株が人気でした。銘柄で言えば、スリーコム、ルーセント、シスコらが、激しいシェア争いをしていたわけです。

 当時、時価総額ベースで最大のネットワーク機器専業メーカーはスリーコムでした。スリーコムは「ネットワークの価値は、それに接続する端末や利用者の数の2乗で増加する」というメトカーフの法則の提唱者、ロバート・メトカーフが創業した会社です。

 スリーコムはシリコンバレーのサンタクララにある遊園地「グレート・アメリカ」の近くに新しい本社キャンパスをオープンしたばかりでした。

 内装工事のお兄さん達がつなぎ姿で最後の仕上げをしている合間を通り、総合受付に案内されると電光掲示板に「スリーコムへ、ようこそ、○○さん!」と我々の会社名が掲げられていました。安っぽい演出には違いありませんが、これを見て機嫌を悪くする来訪客はいないでしょう。これがつまりスリーコムの考える来客の歓待の仕方というわけです。

 でも私が、(あれ?)と思ったのは、この総合受付と同じ建物にジムがあって、スポーツウエア姿の社員たちが朝からワークアウトしていたことです。これは社員を大切にしているというメッセージだと思います。それ自体は、別に非難されることではないけれど、(この会社、何となくノンビリしているな)という印象を持ちました。

 一方、ルーセントは東海岸のニュージャージーに本社を置いていました。そこは電話を発明したアレキサンダー・グラハム・ベルの名前を取った、由緒正しいベル研究所のある場所です。

 ここはインターネット・ブームが始まるずっと前から、数々の発明やノーベル賞受賞者を出してきたところで、まるでアイビーリーグの大学の研究室のように、曲がりくねった廊下がどこまでも続いていました。来訪客に、その迷宮のような研究所を見せることで、ルーセントはその技術力を印象付けたわけです。ただ、仕事の進め方の面でもルーセントは官僚主義的で、ゴチャゴチャいろんなことに手を出している印象でした。

 シスコは、それらのネットワーク機器大手の中で、いちばん上下の差を感じさせない、気さくな印象でした。

 IR(インベスター・リレーションズ)の担当者を訪ねると、多くの場合、来客用の会議室すら予約しておらず、「今日はジョンが旅行中だから、彼の部屋を拝借してミーティングしましょう!」と来訪客を社長室に通してしまいます。ジョンとは、ジョン・チェンバースCEO(最高経営責任者)のことです。

 そして、まずIR担当者がCEOのデスクの上に広げられている書類やレターをそっと裏返し、外部の人間に読まれないよう伏せておいてから、おもむろに社長室の中に据えてある円卓を囲んでミーティングするわけです。企業調査で会社を訪問するファンドマネージャーにとって、これは結構、キョーレツな印象を与えます。(こんな風通しの良い会社は、初めてだぞ!)、皆、そう感じながらシスコを後にするわけです。これも後から考えればスリーコムの電光掲示板と同じで、ある種の演出だったわけです。でもシスコの方が巧妙で、アグレッシブな演出と言えるでしょう。

 ジョン・チェンバースはイベントに登壇する際は、いつもステージの真ん中まで、全速力で駆けるクセがあります。年齢的にはシリコンバレーの若いスタートアップ企業のトップよりひと回り上なのですが、挙動は若々しく、彼のスピーチには、いつも高揚感がありました。彼は子供の頃、ディスレクシアと呼ばれる読み書き障害を持っていました。読み書きが苦手な分、数字やスピーチの内容については写真的な記憶力を持っており、メモを見ることなく、スラスラとポイントを列挙することができました。

 さて、これらの企業が1990年代後半のインターネット・ブームで激しく競争したわけですが、勝敗は、かなり早い段階からハッキリしていました。つまりシスコのひとり勝ちです。

 実際、シスコは決算発表のあるごとに、EPS、売上高、ガイダンスの面で全て予想を上回る、完璧な決算をずっと繰り返したのです。

 シスコはフラットな組織で市場の変化をトップが汲み取るのも早かったし、必要であればどんどん買収もしました。IR担当者の言葉を借りれば「我々が恐れているのは巨大なライバルではない。むしろ、今までマークしてなかった新しい会社が、まるで隕石のようにこちらに向かってくる……これは怖い。なぜなら衝突直前になるまで、相手がどのくらい大きくなるか分からないからだ。だから小さくても速いスピードで動いている企業は、手強くなる前に、サッサと買収しておく」というわけです。

 スリーコム、ルーセント、シスコの、このような社風の違いは、もちろん個人投資家の知り得ない情報です。それでは個人投資家は情報面で不利に立たされているのでしょうか?

 私は、そうは思いません。なぜなら3カ月ごとに発表される、毎期の決算で、EPS、売上高、ガイダンスの三つが、ちゃんと予想を上回っているか? という「キホンのキ」さえ押さえておけば、個人投資家でも正しい銘柄を選択することができたからです。

 シスコが「これでもか、これでもか?」というほど、毎期、予想を上回る決算を出し続けたのに対し、スリーコムやルーセントは、良いときもあれば、悪いときもあるというバラツキがありました。くどいようですが、決算だけ見ていれば勝ち馬に乗ることができたのです。

 さらに2000年8月15日からは米国証券取引委員会が「レギュレーションFD(フェア・ディスクロージャー)」というルールを打ち出しました。それ以降、企業は何か発表すべきことがあれば、プレスリリースなどで一斉に公告を義務付けられました。そして会社訪問や証券会社のアレンジするミーティングなどで「耳打ち」的に、こっそり最新情報を教えるのは、ご法度になりました。つまり企業情報へのアクセスに際し、個人投資家と機関投資家を公平に扱わなければいけなくなったということです。

 昔は企業訪問すると、(えっ、こんなこと、ペラペラしゃべっちゃっていいの?)というような耳寄りな情報に接することもしばしばあったのですが、今はわざわざ出張しても、何も教えてくれません。特別な情報には、ありつけなくなったのです。

 その意味でも、決算発表時のカンファレンス・コールだけが、その会社の内容を知る唯一、かつ最善の機会であり、四半期決算を精査する必要性は以前より高まっていると言えます。

株価評価とは?

 さて、「良い会社はいつも割高だ」と書きましたが、もう少し丁寧に、この問題を説明したいと思います。

 株価の割高、割安の判断のことを株価評価といいます。バリュエーションという言葉を使うこともありますが、この二つは同じ意味です。

 一般に、成長率が高い企業の株ほど、割高に買われます。割高、割安を測る指標にPER(株価収益率)があります。

 株価収益率は株価をEPSで割り算して求めることができます。

「PERは○○倍」というふうに、倍率で表現します。おおまかに言って、EPSや売上高の成長率の高い銘柄ほど株価収益率も高いです。

株価収益率を使いこなす

 PERは株式投資で最も多用されるポピュラーな評価尺度です。しかしその使い方を正しく理解している投資家は、案外少数です。

 まず株価収益率が高い銘柄の方が株価収益率の低い銘柄より必ず割高かといえば、それはそうとも限りません。

 いま次のような二つの銘柄があったとします。

図:1株当たり利益

単位:ドル

  銘柄Aは2019年から2020年にかけて、EPSが30%で成長しています。2020年から2021年にかけては若干、成長の速度が鈍化し、23%で成長しています。

 一方、銘柄Bは2019年から2020年にかけてEPSが10%成長しています。2020年から2021年にかけては若干、成長の速度が鈍化し、9%で成長しています。

 今、仮に銘柄Aの株価は25ドル、銘柄Bの株価は19ドルだとしましょう。すると2019年のEPSはどちらの銘柄も1なので、PERはそれぞれ25倍と19倍になります。当然、銘柄Bの方が割安ということになります。

 しかし銘柄Aの方が銘柄Bより速く成長しているので、2021年のEPSを使ってPERを算出すると、逆に銘柄Aの方が割安という答えになるのです。

図:数年先の予想EPSを当てはめたときのPER

単位:倍

 つまり株価収益率で見た割高、割安は、そもそもその会社がどれだけ成長しているか? という視点を抜きにして議論することはできないのです。

 ところで、上図の例を見て、(2019年か、それとも2020年か、はたまた2021年か、一体、何時の予想EPSを使用するのが正しいのだろう?)という疑問を持つ読者もいると思います。

 これに関しては米国の大手証券が、EPS予想の変動と、それに呼応する株価の動きの相関性から、投資家が何年先の予想EPSを最も参考にしているかを分析したことがあります。

 それによると株価は2年先の予想EPSに最も敏感に反応することが分かりました。

 実は、来年以降のEPSを使用するアプローチに批判的な投資家もいます。なぜなら、先になればなるほど、予想は当てにならないからです。IPOして間もない企業にとって、3年先は永遠と同じくらい気の遠くなるような未来であり、3年先のことを予想しようとすること自体、無理だし、根拠が希薄になります。従って、3年以上先の予想EPSを元に妥当株価を考えることは、時間の無駄に等しい行為です。

 それからこれは大事なポイントですが、一般に高いPERで取引されている株は、ディサポイントメントが出た際の株価下落幅も大きいです。なお、ディサポイントメントとは、ここでは決算が予想を下回ることを指します。

 いま仮にPERで80倍に買われている銘柄が、3セントのディサポイントメントを出したとします。1セントは100分の1ドルですから、0.03ドルに換算できます。
すると、

80 × 0.03 = 2.4ドル

 つまり理論的には2.4ドル株価が下落することを覚悟しなければいけないのです。

 ところがPERで17倍の銘柄が、3セントのディサポイントメントを出した場合は、

17 × 0.03 = 0.51ドル

 理論的には株価は51セントしか下がらないのです。

 PERは利益の「何倍」という乗数(じょうすう)です。すると、「今回の決算は、悪かった」というダメージも、乗数効果を伴って、十数倍から時には何十倍にもなってはね返ってくるわけです。

 このような乗数を投資用語では「マルチプル」といいます。

ザッカーバーグはなぜ資産7.4兆円の長者になったか?

 ところでフェイスブックの創業者であるマーク・ザッカーバーグは、個人資産7.4兆円と言われています。彼がリッチになった経営上の理由やコンピューター・コードの書き手としての才能などは、いろいろ議論することができると思います。

 しかしファイナンス(財務理論)の見地からは、なぜ彼が長者になったかの説明はシンプルです。

 それはマルチプル効果(multiplier effect)です。

 創業者がその会社をIPOすると、その会社が稼ぎ出している利益の何十倍、時には何百倍もの評価を投資家は喜んでつけるわけです。このマルチプル効果こそが、シリコンバレーでどんどん億万長者が生まれている理由に他なりません。

 つまり、我々が株式投資をするということは、ザッカーバーグを7.4兆円長者に押し上げた、このマルチプルのバトルに自分も参戦することに他ならないのです。

 まとめれば、シリコンバレーで起業する若者を、一夜にして億万長者にするのは、株式というものが持つ魔力のせいであり、その魔力の正体とはマルチプル効果に他ならないのです。

 いまマルチプルはPERの倍率が高い企業ほど、破壊力を持ちます。その破壊力は、良い方にも、悪い方にも作用します。

 良い銘柄、つまり決算で予想を上回ることができる企業の株価は、乗数効果を伴って雪だるま式に大きくなります。

 悪い銘柄、つまり決算でディサポイントメントを出す企業の株価は、痛みが何倍にもなってはね返ってくるわけです。

 こう書いてくると、高PER株への投資は、漫然とやっているとたいへんなコトになることがお分かりいただけると思います。

 私が、口を酸っぱくして、「決算、決算、決算!」とガミガミ言うのには、そういう理由があるのです。

第4章「企業の成長と資本の関係」はこちら