全国人民代表大会(全人代)とは何か?なぜ重要か?

 明日(3月5日)、中国で全国人民代表大会(通称「全人代」。日本の国会に相当)が開催されます。これより1日早い本日(4日)開幕する全国政治協商会議と全人代は、同期間に同時進行で開催されることから、中国では「両会」と呼ばれています。

 毎年3月に中国の首都・北京で開催され、約3,000人の「人民代表」が北京に集結する「政治の祭典」といえる全人代。昨年の2020年は、新型コロナウイルスの影響もあり、開催が約2カ月間延期、地方の代表はテレビ画面を通じて参加という異例の年となりました。

 今年2021年も同影響が続く中、厳格な感染対策の下、開催される模様です。

 中国の研究や分析を生業(なりわい)とする私のような人間にとって、全人代とは何を意味するかを今一度考えてみました。端的に、次の三つに色分けできます。

(1)    最新の「数字」を知る
(2)    中国共産党の戦略や着眼点を知る
(3)    「政局」を読む

最新の「数字」を知る

 これは、国務院総理が「政府活動報告」(以下「報告」)の中で公表する当年の経済成長目標や、往々にして全人代報道官の記者会見で言及される国防予算などが含まれます。

 我々ウオッチャーはこれらの数字を念頭に、この1年、党や政府が政策をどのように運営し、その中で問題をどのように処理しているのかを判断するわけです。

中国共産党の戦略や着眼点を知る

 これは、例えば今年でいえば、「第14次五カ年計画」や2035年までの中長期的目標の中で、中国が何を達成しようとしているのかが見えてきます。

「人民代表」は民主選挙によって選ばれているわけではなく、中国共産党は民主選挙で野党を打ち負かす必要もありません。党や国が崩壊しない限り、常に与党として君臨できるわけなので、常に選挙の圧力に見舞われる民主国家と比べて、中長期的な目標や戦略を制定、実践しやすいという特徴があります。

 また、「報告」の分量や文言から、例えば、「いま党指導部は台湾や香港といった辺境の問題にすごく神経を使っているな」といった、党にとっての課題も理解できます。

「政局」を読む

 全人代開催期間中、習近平(シー・ジンピン)総書記、李克強(リー・カーチャン)総理(以下、敬称略)をはじめとした国家指導者が一度に顔を見せることから、ここで政局を読み取ります。

 例えば、李克強が「報告」を読み上げる中で、顔が汗びっしょりとなることがありました。そういう光景から健康状態を探ったり、習近平との間に流れる空気感や距離から、「党指導部の団結力はどうなっているのか?」と考えることもあります。

 そして、出席しているべき政治局委員(トップ25)の誰かが欠席していれば、そこにも注意します。

 若干マニアックになりますが、私自身は、近年、王岐山(ワン・チーシャン)国家副主席の動向に注目してきました。

 2012~2017年の習近平第1次政権で、政治局常務委員(序列6位)として、習近平の反腐敗闘争を実際に統括した元国務院副総理の姚依林(ヤオ・イーリン)氏を義父に持つ大物政治家で、いわゆる「太子党」に数えられることもあります。その点で、習近平との「個人的関係」も焦点となることがあります。

全人代で注目すべき8つのポイント

 ここからは、私が今年の全人代で注目している8つのポイントを、上記の(1)、(2)、(3)に留意しつつ、書き下していきたいと思います。

 これらはいずれも、今年、そして今後の中国マーケットの動向や行方を占う上で、非常に重要な指針となってくるものです。

ポイント1: GDP成長率は公表されるか?

 昨年の全人代では、「グローバルに広がる新型コロナと経済貿易情勢をめぐる不確実性が大きく、我が国の発展もいくつかの予測が難しい影響、要素に直面しているから」という理由で、李克強は「報告」でGDP(国内総生産)目標を公表しませんでした。結果的に、2020年は前年比2.3%増とプラス成長を記録しましたが、5月の段階では不確定要素が多すぎたということでしょう。そんな中、無理やり公表して、それを大幅に下回るような結果になれば、中国共産党の正統性という最も重要な要素にヒビが入るだけでなく、マーケットサイドからも、「中国経済は大丈夫なのか?」という疑問を抱かれるでしょう。故に発表を回避したのです。

 今年はどうなるでしょうか?

 私は、2020年12月10日に掲載したレポート「世界経済の勝者は誰か?最重要イベントをめぐる2021年の中国情勢10大予測」にて、次のように予測をしました。

 新型コロナウイルスの感染抑制と経済回復に相当程度成功している現状から判断する限り、2021年の全人代は例年通り3月に開催されるでしょう。私の考えでは、経済成長率目標も80%の確率で公表されるでしょう。20%を保留した理由は、国際社会全体がいまだコロナ禍から立ち直れておらず、特に、欧米先進国における経済状況が不透明かつ不確実で、そこが中国の経済成長に与える影響を予測できないと、当局が考える可能性があるからです。いずれにせよ、3月は注目の月です。そこで経済成長率目標が発表されさえすれば、その数値はマーケットの自信や期待を後押しするものになるでしょう。

 この分析は全人代を直前に控えた現在に至っても変わっていません。発表されない可能性は残っていると考えています。この背景は、中国国内における新型コロナ抑制や経済再生の両立に懸念があるというよりは、やはり欧米を中心とした世界経済情勢から不確実性が拭えないという当局の判断が働いていると考えるからです。

 以前もレポートで言及してきたように、2021年の中国経済は、コロナ禍からのV字回復も見込めることから、8%前後の成長率が予測されています。私自身の分析としては、言うまでもなく、公表されたほうが、中国当局として、経済情勢に自信と掌握(しょうあく)を擁しているということであり、マーケットにとってもプラス要因となるでしょう。

 一方で、公表されなかったとしても、私のようなウオッチャー、そしてマーケットのプレーヤーが立ち往生する必要はないと考えています。現に2020年も、経済成長率目標は未公表でも、プラス成長を達成しました(それを達成する上で取られた政策の是非については議論の余地ありですが、別の機会に譲ります)。

 中国共産党というのは、一つの数字を公表する前に、ありとあらゆる手段を用いて情勢を分析し、確実な手応えと感触を得た上で、初めてそれを公にする傾向があります。理由は、民主主義国家でないが故に、「失敗」が許されないからです。日本でしばしば見られるような、「辞任」をもって責任を取ったという論理が通用しないのです。

 むしろ、結果が出なかったときに世論やマーケットに与える致命的なリスクを回避するために、あえて公表しないという策を取っているのです。

ポイント2:各種経済目標がどう設定、政策がどう定義されるか?

 GDP成長率という最も注目の集まる指標が公開されない可能性があると、すでに提起しましたが、その他の経済指標はもれなく公表されるでしょう。そこには、CPI(消費者物価指数)、都市部における雇用創出数、調査失業率、財政赤字、地方政府の債券発行などが含まれます。

 これらの数字に加えて、実際に景気をどのように支えていくのかという政策も紹介されます。

「積極的な財政政策と穏健な金融政策」が近年の枕ことばのようになっていますが、今年もこれらが堅持される見込みです。基本的には、V字回復が期待される中、景気の過熱、インフレ率や不動産価格の高騰などを警戒しつつ、財政出動や金融緩和も柔軟に使いながら景気を支え、雇用を確保する過程で、消費(内需)を促していくという政策を取るでしょう。

ポイント3:科学技術、農業、エネルギーといった分野はどう重視されるか?

 2020年に顕在化した「新型コロナ×米中対立」を受けて中国共産党指導部は、世界が「新常態(ニューノーマル)」の時代に入ったと定義していると、私は認識しています。

 簡単に言えば、依然として米国がリーダーシップを取る外の世界は信用できないし、当てにならない、それよりも、新型コロナ抑制と経済再生を含め、党指導部のガバナンス力と求心力が利く国内に依拠した国家戦略のほうが予見性や掌握率が高くなる、中国という巨大なマーケットには、それだけの潜在力があるのだから、というものです。

 この意味で、私の理解では、今後、中国は技術、食料、エネルギーという三つの分野を中心に、自給自足、自力再生、自己革新を実現すべく準備を進め、食料とエネルギーに関しては、国家安全保障の観点から取り組むでしょう。

 一方、技術は中国経済の将来を左右する最重要事項だと捉えています。

「人材はある、資金もある、マーケットも巨大だ。しかしながら、肝心な技術を欧米、日韓、台湾などに依存しているようでは、国際関係で問題が生じ、中国への供給が遮断されたり、企業間取引が停止した際には、中国経済は極めて脆(もろ)い。ただ、中国の国家戦略からすれば、中国と米国をはじめとした『西側世界』との関係は長期的に緊張するリスクが避けられない。それならば、自前で開発、調達するしかない」、こういう発想です。

 私自身は、2021~2030年のスパンで実施される科学技術をめぐる基礎研究促進計画と、「中国製造2025」戦略がどう連動し、中国の技術力(軍事力にも深く影響する)向上につながっていくか、そのプロセスが国際関係や世界経済をどう脅かしていくのかに注目しています。

ポイント4:「第14次五カ年計画」や2035年までの中長期目標の実態は?

「内」への重視に体現される習近平政権の新国家戦略が「国内大循環」、および国内と海外の「双循環」ですが、これらは2021~2025年の「第14次五カ年計画」を貫通するものになると思っています。全人代を通じて、その「計画」の全貌や詳細が明らかになる見込みです。

 中国は以前、2011~2020年の10年間で、GDPと一人当たりGDPを倍増させるという目標を立てました。それを2021~2035年の15年間で、さらに倍増させる野心的な目標を掲げようとしています。これらの目標設定にも注目したいところです。

 また、個人的には、2035年までというスパンでいえば、昨年開催された五中全会で「2027年という建軍百周年に向けた奮闘目標」という新たな文言にあるように、これからの15年で、中国人民解放軍がどんな動きを見せるか、その中で台湾問題にどう向き合っていくか、習近平はいつまで最高指導者として居座るのかを非常に注視しています。ちなみに、2035年時点で、習近平は82歳。毛沢東は83歳で逝去するまで最高指導者として君臨しました。

ポイント5:国防予算と台湾問題

 毎年、全人代を取材する記者たちが最も注目する数字の一つが、国防予算です。2020年は、コロナ禍という異例の状況もあってか、過去30年で最低の前年比6.6%増でした。8%の経済成長率が見込める今年は、この数字がどう変わるのか、見ものです。

 連日、日本の紙面や世論を騒がせているように、中国船の尖閣諸島沖での挑発的行為はとどまるところをしりません。中国共産党は軍事力増強が対米関係を優位に進める、台湾問題を解決するための十分条件と捉え、最優先事項の一つとして推し進めてきました。近年、中国は台湾への軍事的圧力をあからさまに強めています。

 仮に、中国―台湾―米国の間のパワーバランスが崩れたり、何かがトリガー(引き金)となって軍事衝突が起これば、それはマーケットにとっては壊滅的な打撃となります。以前レポートでも扱ったように、中国の「台湾侵攻」は最大のチャイナリスクになると思っています。

 この意味で、台湾問題が「報告」でどのように記述されるかは極めて重要なのです。そこから、党や軍の指導部が現在何をもくろんでいるかがある程度見えてくるからです。

ポイント6:香港情勢は何処へ?

 香港情勢は予断を許さない状況が続いています。

 2月28日、香港警察は1月に逮捕した民主派50人超のうち47人について、国家転覆を狙った、「国家安全法」に違反したとして起訴しました。逮捕者の多くはその後、保釈されていましたが、47人は突然、警察に出頭することと、3月1日に出廷することを要求されました。

 これに先立って、2月22日、国務院香港マカオ事務弁公室主任(閣僚級)で、習近平にも近い夏宝龍(シャー・バオロン)が談話を発表し、「愛国者による香港統治」(中国語で「愛国者治港」)という新たな概念を提起、香港の統治機構(立法、行政、司法を含む)から、愛国的ではない、すべての反対派(すなわち「民主派」)を排除する方針をあらわにしました。

 また、「愛国者治港」を貫徹する上で、香港における選挙制度も変えると明言しています。昨年の全人代で「国家安全法」の制定が最大の焦点の一つとなったように、今年の全人代でも香港が再びクローズアップされる見込みです。

 そして9月には、1年延期になった香港立法会選挙が控えています。それに向けて、反対派や民主派にそもそも立候補資格を与えない、あるいは立候補のために「愛国の忠誠を誓わせる」「国家安全法支持を表明させる」といった前提条件をつける枠組みを、全人代で審議するものと思われます。そうなれば、「一国二制度」や「高度な自治」の一層の形骸化、私の言葉を用いれば、香港の「北京化」は避けられなくなるでしょう。香港情勢に質的な変化が生じれば、中国経済・マーケットの在り方、特に世界経済とどう融合していくか、グローバルスタンダードをどこまで尊重する用意があるかという意味で、影響は必至です。

ポイント7:政治

 冒頭でも言及しましたが、全人代とは「政治の祭典」であり、普段はベールに包まれた中国共産党政治の一端や一幕が可視化される場でもあります。指導者の健康状況、指導者同士の距離感、キーマンの出欠席など、今後の中国政治情勢を占う上で重要なパズルのピースが垣間見えることがあるのです。と同時に、中国は政治と経済、政府と市場の距離が独自に近いですから、「政治」の実態はマーケットの動向に大きく影響していくのです。

 前述した、習近平、李克強、王岐山の表情や動向には今年も注目します。と同時に、全人代期間中は、各地方自治体の代表団会議というものが開かれ、そこに、この3人を含めた指導者たちが顔を出すのですが、どこの省、より具体的には、誰が統括する省の会議に顔を出すかが重要だと思っています。党指導部として重視していない、あるいは警戒していない省の会議には原則、3人は顔を出しません。そして、そのプロセスは、習近平政権の「次」にも関係してくるのです。習近平の「後継者」が依然として明らかになっていない現状では、この手の観察と分析は、非常に難しいですが、なおさら重要になってきます。

ポイント8:最終日、李克強の記者会見

 全人代が閉幕する日、閉幕式後、国務院総理が恒例の記者会見を開きます。今年も李克強が臨む予定です。言うまでもなく、事前に質問事項は当局に伝えられ、当局が選定した質問にしか答えないのですが、李克強という政治家は、リップサービス、アドリブだったり、臨時的に追加質問を受け付けたり、現場での柔軟な対応やパフォーマンスという意味では、習近平よりも断然、上をいきます。

 当日の会見は人民大会堂から生中継で放送されますが、李克強の表情やしぐさ、口調や表現を注意深く観察していれば、例えば、経済政策や日中関係といったテーマにおいて、他ではお目にかかれないヒントや情報が示唆、暗示されることがあります。全人代が、最後の最後まで目が離せない所以(ゆえん)です。

 以上、全人代で注目すべきと私が考える8つのポイントを整理してみました。これらを念頭に、明日から全人代を観察してまいります。来週、再来週のレポートで、観察の経過や分析の結果を適宜報告していきたいと思います。