緊急事態宣言、変異種発見…。金価格の上昇要因の一つ、有事のムードが拡大中。
1月7日(木)夕方、日本政府は、昨年末から続く、爆発的ともいえる新型コロナウイルスの感染拡大を鎮静化し、感染縮小への道筋を見出すため、新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)に基づき、感染拡大が目立つ地域を対象に、緊急事態宣言を発出しました。感染を拡大させる最も大きな要因とされる“人と人との物理的な接触”の低減を目指すものです。
当該地域の、飲食を伴う施設の20時以降の営業、および市民の20時以降の不要不急の外出を自粛する要請が出されました。また、当該地域の学校などにおいて、飛沫が拡散しやすく、対策を講じてもなお感染リスクが高いとされる一部の教育活動を一時的に停止するなどの要請も出されました。
菅総理の会見のとおり、感染拡大が始まった昨年1月以降、これまでに積み上げてきたさまざまな知見をもとに、自粛を要請する、地域、業種、時間帯などの範囲が検討されたとのことでした。その結果、いくつか、前回の宣言(昨年春)よりも緩和された点がありました。
緩和された点があるとはいえ、感染状況は、決して、前回の宣言時よりも良好ではありません。逆に、感染者数、重症者の数、病床の使用率など、感染状況の深刻さは、前回を超えています。事態が深刻であることを伝える日々の報道は、わたしたち市民に、感染拡大防止が急務であることを、突き付けています。
以下のとおり、現在の、日本の同ウイルスの患者数の動向は、“異次元”の領域に入っていると言わざるを得ません。患者数の増加は、医療体制をひっ迫させる直接的な要因になり得ます。実際に、病床の使用率が7割あるいは8割に近い水準まで上昇している地区もあると、報じられています。
図:日本などの新型コロナウイルスの患者数(人口100万人あたり 筆者推定) 単位:人
※患者数は、感染者数-回復者数-死亡者数で計算
感染拡大が始まった2020年1月からの、日本の同ウイルスの患者数の動向を振り返ると、増加傾向にある現在を含め、山(ピーク)は3つあります。2020年5月上旬、8月下旬、そして現在です。
5月上旬から患者数が減少に転じた要因は、学校の休校を含めた厳しい内容の緊急事態宣言が発出されたことで、全国的に移動制限がかかったため、8月下旬から患者数が減少に転じた要因は、医療提供体制の増強によって対応件数が増加したため、などが考えられます。
どうすれば、足元、“異次元”とも言える増加をみせている患者数を減少させることができるのか? という問いへの答えは、例えば、過去2回、患者数が減少に転じた事例から考えれば、1回目と同様の厳しい内容の緊急事態宣言を発出し(患者数を増やさない策)、さらなる医療体制の増強を図ること(患者数を減少させる策)を、同時進行させる、となるのではないでしょうか。
ただ、現実問題として、このようなことが、できるかできないか、そもそも検討・実行する必要があるかないかは、専門家会議がさまざまなデータをもとに考え、それに基づき政府が判断するわけですので、わたしたち市民は、日本で暮らす以上、彼らが考えて行動・決定するのを待ち、決定した内容を受け入れるほかありません。
新型コロナがもたらす、“不安”や“いら立ち”は尽きません。患者数が“異次元”の増加傾向にあったり、政策が決まるのを待ち、それを長期間順守したりすること以外にも、世界各地で変異種が発見されていること、将来の生活と経済の復活の拠り所としているワクチンの有効性をまだ実感できていないことなど、新型コロナ起因の“不安”と“いら立ち”をかき立てる要因は複数、存在します。
以下のグラフは、2020年12月にワクチン接種が始まった米国と英国の新型コロナの感染者数です。どちらの国でも、ワクチンが、感染撲滅に貢献し始めたとは、まだ言えないようです。
図:米国と英国の新型コロナ感染者数(人口100万人あたり) 単位:人
人類は、新型コロナウイルスと戦っているわけですが、“ウイルス”だけでなく“いら立ち”や“不安”とも、戦っているのかもしれません。その意味では、この戦いの真の難しさは、体はもとより、心を守らなければならないことにあるのだと思います。しかし、時として、感染者の“異次元”とも言える急増や、緊急事態宣言の発出など、大きな事態に直面すると、心を守ることが難しくなることがあります。
“不安”や“いら立ち”が先行し、心を守ることが難しくなった時、何か“よりどころ”を欲するのが、人という生き物の性(さが)なのであれば、数多ある市場の中で数少ない“last resort(最後のよりどころ)”と、呼ばれることがある、金(ゴールド)に関心があつまるのは、ごく自然の流れだと筆者は感じています。
新型コロナだけではありません。足元、トランプ氏を弾劾する動きを含めた米国の政局の混乱や、北朝鮮やイランの核開発が進展する懸念、豪中関係の悪化など、“不安”や“いら立ち”をもたらす材料は枚挙にいとまがありません。
“last resort(最後のよりどころ)”と呼ばれることがある金(ゴールド)は、人々が“不安”や“いら立ち”を抱えれば抱えるほど、つまり、大衆が負の感情を募らせれば募らせるほど、魅惑的な輝きを放つ存在だと、筆者は考えています。
金投資。一歩目は“イメージ”でOK。2歩目以降は“実態把握”が必要
金(ゴールド)は、大衆が負の感情を募らせれば募らせるほど、“last resort(最後のよりどころ)”として、魅惑的な輝きを放つと、書きました。この点は、筆者が考える、5つの金(ゴールド)市場を取り巻くテーマの1つ、“有事のムード”と直結するものです。
他のテーマの1つ、“代替資産”は、株や不動産などの資産を保有している人が、保有する資産の価値が目減りして不利益を被ることを回避するために、金(ゴールド)を買う行為を、そして、“代替通貨”は、ドルや他の主要国通貨を保有している人が、保有する通貨の価値が目減りして不利益を被ることを回避するために、金(ゴールド)を買う行為を、想定しています。
“有事のムード”が強まっている時は、株や不動産、ドルなどを持っていない人でも、金(ゴールド)を意識する時、とも言えます。しばしば、コロナ禍の折、不安感が強まっているため、これまで投資をしたことがなかった人が、金(ゴールド)を買うケースが増えている、などと言われるのは、新型コロナ起因の、大衆が負の感情を募らせる要因が複数存在すること、つまり、社会で“有事のムード”が強まりやすくなっていることが、要因と考えられます。
大衆が“不安”や“いら立ち”を募らせる時、つまり“有事のムード”が強まる時に、金投資を始めるケースは多いのだと思います。ニュースを見て生じる“直観”、“肌感覚”、“イメージ”などが、金投資の第一歩になっていると、考えられます。
確かに、“有事のムード”は、金(ゴールド)価格を押し上げる要因になり得るため、その“直観”、“肌感覚”、“イメージ”はある意味、“1歩目”としては、正しいかもしれません。では“2歩目以降”としては、どうでしょうか。
以下は緊急事態宣言が発出された日(2021年1月7日)の夕方から、1月12日(火)未明までの、国内外の金価格の推移です。
図:国内外の金(ゴールド)価格の推移(2021年1月7日夕方から12日未明)
単位:NY金先物 ドル/トロイオンス 大阪金先物 円/グラム
国内外ともに、金(ゴールド)価格が下落していることがわかります。日本で新型コロナの感染拡大抑止のための緊急事態宣言が発出・施行されても、米国で政局が不安定化しても、北朝鮮で核開発が進展する懸念が生じても、つまり“直観”、“肌感覚”、“イメージ”で価格が上昇すると感じる材料があったとしても、金(ゴールド)価格は下落することがあるわけです。
金投資における、“2歩目以降”は、“有事のムード”以外のテーマにも、留意する必要がありそうです。
金投資家としてスキルアップしたければ、常識を捨て、複数の材料を同時に意識せよ
金(ゴールド)投資の1歩目を踏み出した(踏み出そうとしている)投資家の皆さまが、その後、各々、2歩目、3歩目と歩みを進める中で、筆者は是非、金投資家としてのスキルをアップしていっていただきたいと、考えています。現代の金(ゴールド)市場の動向をもとに筆者が考えた、スキルアップのための必須事項は、次のとおりです。
(1) 過去の常識にとらわれない
(2) 材料を点でとらえない
(3) 複数の材料を同時に意識する
1980年前後、ソ連のアフガニスタン侵攻や、イラン革命、第四次中東戦争などが起きて、“不安”や“いら立ち”などの負の感情が世界的に高まり、金(ゴールド)相場は大きく上昇しました。あの時は、まさに“有事の金”でした。
ただ、緊急事態宣言が発出・施行されたり、複数の“不安”や“いら立ち”を強める材料が存在したりしても、金相場が大幅下落したことが示すとおり、“現代の”金(ゴールド)相場は、“有事のムード”が強まっても、価格が下落することがあります。つまり、現代の金(ゴールド)相場は、1980年前後のように“有事”だけでは説明することはできないのです。
“有事”について補足すると、かつて、“有事=戦争”でしたが、社会の発展・多様化を経て、有事の定義も発展・多様化していることに気が付かなければなりません。前回の「脱炭素は、金・プラチナ・原油の上昇要因」 で述べましたが、“脱炭素”をめぐっても、世界的にみれば、2021年は意見の相違が目立ち、分断の火種になる可能性があると筆者は考えています。
現代における、大衆の“不安”や“いら立ち”の原因、つまり有事発生の火種は、金融不安や異常気象、大規模な天災、人種間の争い、民族・宗教間の衝突、食糧および資源獲得競争、諸分野の覇権争い、宇宙開拓競争まで、広範囲に存在します。
目に見えない事象や、一見するときれいに見える事象にこそ、“不安”や“いら立ち”の原因が潜んでいる、つまり、“有事”の火種が隠れていると、考えなくてはならない時代にいるわけです。現代の金(ゴールド)相場を正しく理解したければ、“有事=戦争”という古い常識は、今すぐにでも捨てなければなりません。
現代そして未来の金(ゴールド)相場と対峙しながら、2歩目、3歩目と、歩みを進めていくためには、“過去の常識にとらわれない”ことが求められます。では、何を手掛かりに、2歩目、3歩目を踏み出せばよいのでしょうか。
この疑問を解決するのが、(2)の“材料を点で見ない”、(3)の“複数の材料を同時に意識する”です。
先述のとおり、筆者は金(ゴールド)市場には、5つのテーマが存在すると考えています。短・中期的には、“有事のムード”、“代替資産”、“代替通貨”、中・長期的には“中国・インドの宝飾需要”、“中央銀行”が、いずれも常時、大なり小なり、金(ゴールド)市場に影響を与えていると考えています。
図:金市場に関わる5つのテーマ
(2)の“材料を点で見ない”ことは、これらの5つのテーマに関わる材料がいずれも常に、金(ゴールド)相場に影響を与えていると意識すること、です。そして、(3)の“複数の材料を同時に意識する”は、これらのテーマが及ぼす影響を“足し引き”すること、です。
5つのテーマのうち、特に短・中期的な視点では、“有事のムード”、“代替資産”、“代替通貨”の3つが重要です。
以下は、緊急事態宣言が発出された日(2021年1月7日)の夕方から、1月12日(火)未明までの、世界の金(ゴールド)相場の指標の一つであるNY金先物と、NYダウ先物(米国の主要株価指数)の推移です。
図:NY金とNYダウ先物の推移
単位:NY金先物 ドル/トロイオンス
NYダウは、日本で緊急事態宣言が発出・施行された時間帯、やや反発していましたが、8日夕方、ドイツとフランスの景況感を示す複数の経済指標が弱い内容だったことを受けて反落に転じ、その後の米雇用統計も弱い内容だったことを受けて下げ幅を拡大しました。
1月8日(金)の夕方からその日の取引終了時点まで、NY金先物とNYダウは、ともに下落していたわけです。株安は“代替資産”の側面で金(ゴールド)相場の上昇要因になり得ますが、この時間帯は“株安・金安”が起きていました。
それでは、日本で緊急事態宣言が発出・施行された時間帯以降の、金(ゴールド)相場の下落の直接的な要因は何だったのでしょうか? 以下は、NY金先物とドル指数先物(ドルの複数の主要国通貨に対する強弱を示す指数)の推移です。
図:NY金先物とドル指数先物の推移
単位:NY金先物 ドル/トロイオンス
金(ゴールド)価格が下落した1月8日(金)の夕方、ドル(ドル指数)が反発色を強めていました。米雇用統計の発表時、一時反落する場面がみられたものの、数時間後には同統計発表前を上回る水準まで反発しました。
1月8日(金)の緊急事態宣言発出後、“有事のムード”と、株安という“代替資産”起因の上昇要因がありながら、金(ゴールド)価格が下落したのは、これらの上昇要因を打ち消して余りある下落要因(この場合は、ドル高という“代替通貨”起因の下落要因)が、存在したため、と考えられます。
この時間帯のドル高は、ドイツとフランスの景況感を示す複数の経済指標および米雇用統計が弱い内容だったことを受け、昨年2月から3月にかけて発生した“新型コロナ・ショック”時に発生した“ドルの現金化”のような、リスク回避のドル買いが進行したことで発生したと考えられます。
“有事のムード”が強まっていたり、株安による“代替資産”起因の価格上昇要因があったりする中で、金(ゴールド)価格が下落したとしても、“有事のムード”、“代替資産”、“代替通貨”の3つを俯瞰(ふかん)し、これらの影響を足し引きすることで、その下落を説明することができます。
金投資家として、2歩目、3歩目、そしてそれ以降、スキルをアップさせながら、何年も、そして何十年も、長く、歩みを進めていくためには、(1) 過去の常識にとらわれない、(2) 材料を点でとらえない、(3) 複数の材料を同時に意識する、この3点は必須中の必須スキルだと、筆者は思います。
一見すると、難しそうに思えるかもしれませんが、そんなことはありません。入ってくるニュースを、5つのテーマに分類しつつ、その時の、金(ドル建てゴールド)価格、そして米国の主要株価指数(NYダウやS&P500)とドル指数(あるいはユーロ/ドル)の動向を、観察するだけです。
円建ての金(ゴールド)やそれに連動する金融商品に投資をしている場合は、上記に、ドル/円を加えます。
必須スキルの3点ができれば、現代の金(ゴールド)市場の値動きを説明できないケースは、ほとんどないと、筆者は考えています。逆に、この3点をおろそかにし、“有事のムード”や“イメージ”だけに頼っていては、いつまでたっても、1月8日の金(ゴールド)価格の下落を説明することはできないでしょう。
2021年は引き続き、コロナ禍ということもあり、2019年以前(コロナ前)よりも、時間の流れが速くなることが予想されます。そして、さまざまな分野で、2020年と同様あるいはそれ以上に、“常識外”“想定外”が発生することが、予想されます。
このような、変化に富んだ年だからこそ、金投資家としてのスキルを大幅にアップさせることができるチャンスなのだと思います。今回述べた、現代の金(ゴールド)相場を読み解く上での基本を忠実に実践することで、必ずや、スキルアップすることができると、筆者は信じています。
※2021年の金(ゴールド)相場の見通しを「金(ゴールド)市場2021年10大予測:2021年の年末、2,100ドル超えも?!」 で述べています。
[参考]貴金属の具体的な投資商品
純金積立
国内ETF/ETN
1326 SPDRゴールド・シェア
1328 金価格連動型上場投資信託
1540 純金上場信託(現物国内保管型)
2036 NEXT NOTES 日経・TOCOM金ダブル・ブルETN
2037 NEXT NOTES 日経・TOCOM金ベアETN
海外ETF
GLDM SPDRゴールド・ミニシェアーズ・トラスト
IAU iシェアーズ・ゴールド・トラスト
GDX ヴァンエック・ベクトル・金鉱株ETF
投資信託
ステートストリート・ゴールドファンド(為替ヘッジあり)
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジなし)
三菱UFJ純金ファンド
外国株
ABX Barrick Gold:バリック・ゴールド
AU AngloGold:アングロゴールド・アシャンティ
AEM Agnico Eagle Mines:アグニコ・イーグル・マインズ
FNV フランコ・ネバダ
GFI Gold Fields:ゴールド・フィールズ
国内商品先物
金・金ミニ・金スポット・白金・白金ミニ・白金スポット・銀・パラジウム
海外商品先物
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