クロス円は円高の動き。波乱の予兆か

 9月に入ってからのドル/円は、106円を挟んだ動きとなっています。ドル/円だけを見ていると、前回お話しした「通貨大乱の9月」とはほど遠く、静かな動きですが、クロス円は円高に動いており、波乱の予兆かもしれません。

 きっかけは、5月の終わりに1.10を上抜けてから上昇を続けてきたユーロが、9月に入って2018年5月初め以来の水準である1.20を超えた達成感による利食いに加え、ECB(欧州中央銀行)高官からユーロ高に対する牽制(けんせい)発言が出たことです。ユーロ圏の直近の物価がマイナスになり、PMI(購買担当者景気指数)も悪化したことから、これ以上のユーロ高は景気に悪影響との思惑から牽制してきたと思われます。過去の水準からさらに踏み込んで介入をしてくるとは思えませんが、1.20は警戒水準としてマーケット参加者に刻まれたことは間違いありません。10日のECB理事会でユーロ高に触れるかどうか注目です。

 ユーロの他にポンドも、EU(欧州連合)との通商交渉の不透明感から下落し、ユーロ/円、ポンド/円が9月に入ってから続落しています。ドル/円はユーロ安、ポンド安のドル高に支えられて円高の動きも鈍いですが、クロス円の下落が続けば、ドル/円も追随してくる可能性が高まりそうです。

米国株は波乱。オプション取引、ロビンフッダーが要因?

 通貨市場以上に波乱を見せたのが米国株式市場です。特にナスダック総合株価指数は高値更新を続けてきましたが、先週後半の9月3日、4日の2日間で一時10%近く下げました。大きな調整かと思われましたが、引けにかけて下げ幅を縮め、3月以降のサポートラインであった25日移動平均線より上で引けています。

 これまでも下落局面はありましたが、25日移動平均線で反発していました。今回も一時25日移動平均線を下回りましたが、引けにかけて上回ったことから、強気派にとってはさらなる上昇の確信材料になったかもしれません。

 しかし、売りのきっかけ材料として大量のオプション取引が話題になったり、「ロビンフッダー」と呼ばれる個人も参入していたことから高値波乱の様相を呈してきているため、警戒する必要はありそうです。連休明けの8日には再び下落していますが、下落しても25日移動平均線以上に戻ればよいのですが、もし、戻れない場合は、この数カ月上昇してきた逆回転の懸念が広がり、通貨市場にも影響を与えることが予想されます。8日のチャートはよい形でないのが気になるところです。

 ただ、今のところは何か事件や出来事があって市場を揺るがしているわけではないので、高値圏での大きな調整局面だけかもしれません。通貨市場も「波乱」含みですが、「大乱」にはまだ至っていません。

10月は懸念材料が盛りだくさん

 9月が無事に終わっても、2020年は10月も警戒する必要がありそうです。安倍晋三首相の後任首相の下での解散総選挙が10月中旬以降との見方が浮上しており、この政治空白を狙った東アジアの緊張の高まり、財政支援終了による景気回復の息切れ、冬場に向かっての新型コロナウイルスの感染拡大、そして米大統領選挙前の「10月のサプライズ」などが10月に重なることが予想され、この10月の複合リスクを警戒する必要がありそうです。

「10月のサプライズ」とは米国の政治用語で、4年に一度行われる11月の米大統領選の直前に、現職大統領が自身や後継候補の選挙戦を有利にしようと大胆な言動に打って出ることをいいます。新型コロナウイルスの感染拡大や人権問題で苦戦するトランプ大統領は何を打ってくるかがマーケットの話題になっています。

 直感に頼るトランプ氏の外交手法を目の当たりにしてきたジョン・ボルトン前大統領補佐官は、北朝鮮の金正恩委員長との4回目の会談実現を挙げています。しかし、北朝鮮は、米大統領選挙によって政権が変われば外交姿勢が変わることを2000年の大統領選で経験しているため、どちらが勝つかわからない今回の大統領選ではサプライズ演出には協力しない可能性が高そうです。また、これまでの米朝首脳会談をみても実りがないことから、米国民の関心は低いことが予想されます。

 それよりも国民の関心が高いのは「中国叩き」と「ワクチン開発」です。

「中国叩き」については、トランプ大統領は公約で「中国依存を終わらせ、中国から100万人の雇用を取り戻す」と掲げましたが、7日の記者会見では、中国に仕事を発注する企業には連邦政府との取引を禁じる可能性を示唆し、対中強硬姿勢を一段と鮮明にしました。トランプ大統領の「中国叩き」は、選挙前ではリスクの高い軍事衝突よりも、中国との経済面での「デカップリング(切り離し)」を進める方針を明確にしていくやり方のようです。

「ワクチン開発」についても、公約で「新型コロナウイルスのワクチンを2020年末までに開発し、2021年に通常生活に戻す」と掲げていますが、市場ではコロナウイルスのワクチン開発完了を10月頃に宣言するのではないかとささやかれています。実際にトランプ大統領は9月に入って、これまでの「年内開発」から、「10月中にも新型コロナウイルスのワクチン実用化の準備が整う可能性」を示唆しました。

 英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)電子版(2020年8月30日付)によると、FDA(米食品医薬品局)のハーン長官は、コロナワクチンの効果がリスクを上回ると確信できるという条件で、後期(フェーズ3)治験完了前にワクチンを承認する用意があると発言したと伝えています。「10月のサプライズ」の伏線かもしれませんが、ワクチン接種について米CNNテレビが5月に実施した世論調査によると、米国民の3分の1が「接種しない」との結果でした。特に35~49歳では45%と高く、共和党の支持者も47%が「接種しない」とのことです。

 ワクチン承認は大統領選挙にそれなりの効果があるかもしれませんが、ワクチン配布順の差別や、国民の拒否反応などによっては選挙対策としてはリスクが高い一面もありそうです。ひょっとしたら米国はワクチンを巡る差別と分断(接種者と非接種者)によって大混乱になるかもしれません。それこそ「10月のサプライズ」かもしれません。