※本記事は2019年5月20日に公開したものです。

 人生100年時代――寿命が伸びることは喜ばしい一方、年々減額される見込みの年金だけでは生きることがほぼできない時代となってきた。これはつまり、生き抜くための「資金の自助努力」が重要であることを意味する。

 そこで、『定年後のお金』『老後難民』『逆算の資産準備』ほか多数の著書などで、老後生活の資金準備の重要性や方策について提言するフィデリティ退職・投資教育研究所所長の野尻哲史さんに、死ぬまでお金を枯渇させない「延金術」を、前・後編で解説してもらう。「延金術」とは、老後資「金」をできるだけ「延」命させる「術(すべ)」である。

 前編では、老後資金の算出方法を中心に聞いた。

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■人生100年時代に備える・野尻哲史さんインタビュー

1:投資は「遠い」と安易に考えてはいけない理由[前編]

2:投資は「遠い」と安易に考えてはいけない理由[後編]

■老後資金の延命術は?野尻哲史さんに聞く

3:「老後難民」にならないための延金術[前編]

4:「老後難民」にならないための延金術[後編]

85歳くらいで十分?実はリアルな人生100年

 いま「人生100年時代」という言葉が普通に受け取られ始めています。また、60歳定年後の継続雇用を国が企業に働きかけ、人手不足の雇用状況も反映して、60歳以降も働き続けることが当たり前の世の中になりつつあります。

 そして、最近のデータを見ると5人に1人の男性が約92歳、女性は約96歳まで、それぞれ生きる見込みです(※1)。

※1 厚生労働省「平成28年簡易生命表」よりフィデリティ退職・投資教育研究所の算出データ

 しかし、フィデリティ退職・投資教育研究所が50~60代に実施したアンケートでは約7割の方が84歳までの人生を想定していました。なんとなく自分は85歳くらいの寿命だろう、退職後25年くらいの人生だろうと安易に考えがちですが、現実には「人生100年」を生きる可能性がある。このことは、退職後の生活が35年にも及ぶことを意味し、多くの人が考える寿命と10年以上もギャップがあります。85歳以降の生活を想定せず、いちばん身体が衰える時期にお金がなくなるという悲惨な状態になりかねないのです。

 こうした老後生活の資金準備のため、よく言われるのが「長期・積立・分散」という投資の基本。これはお金を育てる時間が長い若年層には有効ですが、50代以降の人に当てはめることは難しいものです。

 そこで、老後生活を破綻させないために、必要資金をどう算出し、どう管理していくべきか、どんな人にも計画を立てられる方法を紹介したいと思います。

人生設計100年のカギは、資産を長持ちさせること

 先ほど紹介した寿命データでは5人に1人の男性が約92歳まで、同じく女性では約96歳まで長生きする見込みです。

 そこで、有効なのが95歳まで生きる前提での資金計画「逆算の資産準備」

 いくら健康に気遣っても寿命は不確かなものですが、お金は確実に準備することが可能です。

 逆算の資産準備ではまず、お金の面から生活期間を3つのステージに区切ります。
収入がある現役時代は、ステージ1「資産形成ができる時代」。

 そして、退職後の60~75歳は、ステージ2「使いながら運用する時代」、75~95歳はステージ3「使う時代」とします。

  ステージ1 ステージ2 ステージ3
年齢 ~60歳 60~75歳 75~95歳
生活状態 資産形成ができる時代 使いながら運用する時代 使う時代
お金の動き 勤労収入+運用 運用+勤労収入+年金、引き出し 引き出し+年金

 ところで、雇用継続が推進されている今、「退職後」を60歳からとすることに、「自分はまだまだ働くつもりだ」と違和感を抱く人がいるかもしれません。しかし、継続雇用となっても、現実には大幅に年収が減少する「退職」に相当する時期を、多くの人は60歳前に迎えています。

 逆算の資産準備でいちばん重要なのは、60~74歳の「ステージ2:使いながら運用する時代」です。なぜなら「資産を引き出しながらも活用する」、あるいは「収入によって資産は引き出さない」ことで、お金を長持ちさせられる期間だから。この時期のお金との向き合い方が、その後の75歳からの「使うだけ」の時期の生活資金に影響するからです。

 また、この時期は年収が減少しつつもまだまだ働くことが可能で、資産運用に関しても判断力は衰えていません。

 ではこれを踏まえて、「逆算の資産準備」を具体的に紹介していきましょう。

老後生活には1億円必要?

「老後生活に必要なお金は1億円!」。こういった雑誌やウェブサイトの記事はよく見かけますが、本当でしょうか。

 厚生労働省の調査を基に、60~95歳の35年間の平均支出額を算出すると1億440万円です(※2)。総額1億円を超えることは避けられないようです。

※2 厚生労働省「平成28年簡易生命表」よりフィデリティ退職・投資教育研究所の算出データ

 とはいえ、こうした計算はすべて平均データ。ここから自分にとって必要な資金は「1億440万円」と安易に設定することは危険です。一般に現役時の年収が高いほど、退職後の生活水準(支出)も高くなる傾向があります。そこで、それぞれの生活水準に合わせた計算をすることが大事になります。

 このそれぞれの生活水準に合わせて試算可能な方法の要が目標代替率。これは現役最終年収の何割で退職後の生活を賄うか考える一つの指標です。詳しくは次に紹介します。

老後の生活費は率で考える

 老後の必要資金を考えるのに、全ての人に当てはめて一律いくらとすることはできませんが、これを個人の生活水準に沿って算出する計算式を紹介します。

 上記は、退職後の生活総額がどれくらいとなるか算出する計算式です。

 まず、退職直前の最終年収を当てはめます。退職までまだ時間がある方も、先輩などから退職直前の年収を推測してみてください。

 次に目標代替率ですが、これは退職以降、必要な年間収入(生活費)が最終年収の何%か、いわゆる生活費レベルを算定するものです。この目標代替率をパッと算定することはなかなか難しいかもしれません。ざっくりでもどれくらいの生活費が必要となるか想定することが大事ですから、フィデリティ退職・投資教育研究所が2009年の家計調査を基に推計した目標代替率平均である68%を仮に当てはめてもいいかもしれません。

 この最終年収と目標代替率に退職後生活年数を掛け合わせて、60歳以降の人生で必要な資金総額を算出します。退職後生活年数は、95歳まで生きることを想定して35年とします。

退職後に必要な生活資金総額のモデルケース

 上記は、最終年収600万円の人をモデルに算出した退職後生活資金総額です。1億4,280万円となりました。

 この生活資金総額から、年金受給額を差し引くと、自助努力で準備する資金が明らかになります。

年金受給総額のモデルケース

 上記は、年収600万円の家庭をモデルに算出した年金受給総額(*3)です。65歳から30年間受給する年金総額は8,640万円となりました。

*3 平成28年度の厚生年金保険・国民年金事業の概況データを参考に専業主婦世帯、共働き世帯の平均として算出

自助努力で準備すべき資金総額のモデルケース

 上記のように、最終年収600万円の人をモデルに、受給年金総額以外で準備すべき資金は、5,640万円となりました。

 皆さんが想像する金額と比べてどうでしょうか。「想像以上に高く、とても準備できない」と諦める人がいるかもしれません。

 しかし、対策があります。逆算の資産準備でキーポイントとなる60~74歳の「ステージ2:使いながら運用する時代」の過ごし方で、老後は変わります。

 この点を後編で紹介します。

≫≫後編へ続く

≫≫野尻哲史さんのスペシャルインタビュー
「投資は「遠い」と安易に考えてはいけない理由」を読む

■人生100年時代に備える・野尻哲史さんインタビュー

1:投資は「遠い」と安易に考えてはいけない理由[前編]

2:投資は「遠い」と安易に考えてはいけない理由[後編]

■老後資金の延命術は?野尻哲史さんに聞く

3:「老後難民」にならないための延金術[前編]

4:「老後難民」にならないための延金術[後編]

野尻哲史(のじり・さとし)氏

フィデリティ退職・投資教育研究所所長。
1959年生まれ。1982年一橋大学卒業。山一証券経済研究所、メリルリンチ証券会社などを経て、2007年から現職。10年以上にわたり、個人投資家の資産運用、特に老後資金に関するアドバイスを続ける。『退職金は何もしないと消えていく』『なぜ女性は老後資金を準備できないか』『老後難民』『定年後のお金』など著書多数。