自主性を失った近頃のドル/円
先週のドル/円は、107円台で安定した動きでした。終値も107円台が続いていましたが、今週に入って、少し円安に動き出し、5月19日には一時1ドル=108円台に乗せました。これは、次のことが背景にあります。
(1)5月18日、新型コロナウイルスのワクチンを開発している米バイオ企業のモデルナ社が、初期段階の臨床試験で、参加者全員に抗体が出ていることを発表すると、NYダウ平均株価は900ドルを超える大幅上昇。株高を受けてドル/円もドル高の動きに
(2)同日、独仏の首脳が5,000億ユーロ(約58兆円)のEU(欧州連合)復興基金創設を共同で提案することで合意。この合意を好感し、ユーロが買われ、ユーロ/円も115円台後半から117円台前半に上昇。このユーロ/円の上昇を受けてドル/円も底堅い動きに
(3)5月19日、今月は開催予定のなかった金融政策決定会合を、22日に日本銀行が臨時開催し、新たな資金供給手段を議論する予定と発表すると、円売りに反応。海外市場で一時1ドル=108円台に乗せる動きに
しかし、(1)については、モデルナ社のワクチンテストについて専門誌が否定的なレポートを報じたことから、翌19日、ニューヨーク市場で同社株は急落。NYダウも390ドルの下落となりました。前日の上昇分の半分弱を吐き出す動きとなったため、円売りの勢いが削がれました。
(2)については、EU復興基金創設の期待からユーロ高が続き、発表翌日の19日の海外市場で、ユーロ/円も118円台に乗せました。しかし、EU復興基金創設について、南欧などは歓迎するとみられますが、北部欧州は加盟国による債務の共通化に反対しているため、合意できるかどうかには不透明さが残ります。そのため、海外市場の終盤は伸び悩みました。
オランダやオーストリアは、3月にユーロ共同債(コロナ債)が提案された時にも強く反対してきた経緯があります。
ただ、最近のドル/円は自主性がなく、ユーロ/円などのクロス円に左右される動きとなっています。従ってユーロ/円が上昇するとドル/円も円安に動きやすくなる傾向があるため注意が必要です。
19日のユーロ/円も最後は伸び悩みましたが、終値では前日と比較して上昇しています。EU復興基金創設の不透明感は残るものの期待は大きいようです。
ドル/円も108円台は維持できませんでしたが、終値では切り上げています。このユーロ/円の動きとドル/円の終値の水準から見ると、まだ上値を探る位置にいるようです。
(3)の日銀臨時会合については、22日までは期待が続き円売り材料になりそうです。しかし、22日が過ぎると、材料出尽くしから反対の動きになることも予想されるため注意が必要です。1ドル=108円台に乗せてもあまり上値が伸びないと、22日以降は再び107円台前半に押し戻されるかもしれません。
米中経済戦争勃発の狼煙
一方で、気になる材料があります。
前回のコラムで、5月に入ってトランプ米大統領は11月の米大統領選挙をにらみ、米国内の新型コロナウイルスの多大な影響を、中国に責任転嫁する動きを先鋭化。米中貿易摩擦再燃不安が高まってきているものの、米中とも経済がまだ回復していない状況では、両国が自滅するような一線は越えないだろうと予想しました。
ところが、どうやら事態は予想以上にエスカレートしているようです。口先攻撃だけではなくなって、トランプ米政権は実際の制裁措置に動き出しました。ひょっとしたらこのまま米中新冷戦に突入していくかもしれないという勢いです。
トランプ大統領は中国との貿易交渉の第1次合意については、中国による米国農産物の輸入も進展しないことから「合意は死んだ」とつぶやいているようです。そして、米中経済戦争勃発の狼煙(のろし)を上げました。
- 5月13日:米連邦職員向け年金基金の中国株投資見送り
- 5月13日:FBI(米連邦捜査局)は「中国がワクチンや治療法のデータを盗もうとしている」と警告
- 5月14日:新型コロナウイルスへの中国の対応に不満を示し、「中国との国交断絶」を示唆
- 5月15日:中国の通信機器大手ファーウェイへの禁輸措置強化。外国で製造した半導体でも米国製の製造装置を使っていれば輸出禁止→台湾TSMCはファーウェイへの半導体出荷停止。ファーウェイはスマホ生産打撃、5G(第5世代移動通信システム)開発に影響
- 5月18日:WHO(世界保健機関)の中国寄りを批判し「拠出金の停止」を示唆。場合によっては「脱退」も示唆
このように資本市場の対立、情報戦、テクノロジー市場と次々と中国への攻撃を仕掛け、米中覇権争いは新たな段階に入ったようです。仕掛けているのはトランプ大統領だけでなく、共和党も動き出しているようです。11月の選挙キャンペーンとして、党として新型コロナウイルスの責任論を含め中国攻撃に動き出したようです。
共和党も動き出したとなると、新型コロナウイルスを巡る中国への責任追及が損害賠償請求法案として米議会で動くシナリオも想定されます。例えば、賠償金として中国が保有する米国債を差し押さえるという方法も考えられます。中国も黙って見ているわけではなく、そのような動きを察知したら、米国債を売却する動きに出てくるかもしれません。その時のマーケットは想像したくないですが、債券は売られ、株安、ドル安のトリプル安になります。これは最悪のシナリオですが、シナリオとしては想定しておく必要があります。
5月14日、トランプ大統領は強いドルが望ましいと方針転換しましたが、ドル/円については、米中対立が激化することを考えれば、円売りポジションを長く持ち続けることは得策ではないかもしれません。
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