ウォーレン・バフェット氏が率いるバークシャー・ハサウェイ社の2019年度年次報告書の「株主への手紙」。5回目となる今回は、21社もの取締役を務めてきたバフェット氏が重要視するコーポレート・ガバナンス、そして自社株買いについてお伝えします。
<<前回の記事を見る(1)内部留保が持つ力 (2)多様な事業 (3)保険会社のビジネスモデル、電力事業の強み (4)バフェットの遺言  

取締役について

 近年、取締役会の構成及び、その目的の両方が注目の話題になって来ています。従来、取締役会の責任に関する議論は弁護士中心に行われていましたが、現在は、そこに機関投資家と政治家も加わっています。

 コーポレート・ガバナンスを議論する上での私の実績としては、過去62年間において、21社(下記に列挙※1)の上場会社の取締役になったことです。全ての会社(2社を除き)において、多くの株式を保有した上での任務でした。幾つかのケースでは、重要な変化を実行しようと試みました。

 私が職務に就いていた最初の約30年間は、家族経営の企業を除き、取締役会で女性を見かけることは稀でした。特記すべきは、今年は合衆国憲法修正第19条により、女性が投票権を得た100周年目にあたることです。同様のステータスを女性が取締役会にて獲得するのは、まだ進行中といったところです。

 過去、取締役会構成や責任について、様々なルールやガイドラインが導入されてきました。とは言っても、取締役にとって根幹となる課題は変わっていません。それは、能力のあるCEOを探し、引き留めることです。そういったCEOは、誠実さはもちろんのこと、ビジネス人生を全て会社に捧げてくれるような人です。通常、取締役にとってこの任務は難しいものですが、これに成功したら他にやるべきことはあまりありません。しかし失敗すると…・・・

 監査役会は昔と比べてはるかに熱心に仕事をしなくてはならなくなりました。また、ほとんどの場合、彼等はその任務を重要なものとして捉えています。それにもかかわらず、「利益ガイダンス」の鞭やCEOの「数値目標達成」に促された数字遊びをするマネージャーの前には、監査役会は無力です。私の経験則では(幸いながらそのような事例は多くはないですが)、数字遊びを行うCEOは、財務的報酬というよりは自身のエゴにより駆り立てられていることが多かったと思います。

※1 当社, Blue Chip Stamps, Cap Cities-ABC, Coca-Cola, Data Documents, Dempster, General Growth, Gillette, Kraft Heinz, Maracaibo Oil, Munsingwear, Omaha National Bank, Pinkerton’s, Portland Gas Light, Salomon, Sanborn Map, Tribune Oil, U.S. Air, Vornado, Washington Post, Wesco Financial

 報酬委員会は以前よりコンサルタントに大きく依存することになっています。結果的に、報酬設計はより複雑なものになり(毎年高いフィーを支払ってまで、報酬委員会は複雑な報酬制度を説明したいのでしょうか?)、株主総会の委任状参考書類を読むのは極めてつまらない作業になりました。

 一つ、とても重要なコーポレート・ガバナンスの改善があります。定期的に取締役により実施される「エグゼクティブ・セッション」であり、ここではCEOの出席は禁止されます。この導入前は、CEOのスキル、買収判断や報酬についての率直な議論は稀でありました。

 買収提案は取締役会メンバーにとって、とりわけ頭の痛い問題であり続けています。買収に必要となる法務作業は洗練・拡張されて来ました(「拡張」という言葉は参加者コストを上手く表すものです)。しかし私は、買収に飢えたCEOが、反対意見を聞くために、事情に精通した論客を連れてくるケースを見たことがありません。それは、私を含めて反省するべきところです。

 全体的に買収に関するプレゼンテーション資料は、買収を切望しているCEOや彼に従うスタッフの意向に沿う内容になっています。こんなことをしたら面白いかもしれません。

 会社が案件に賛成・反対する「専門」の買収アドバイザーをそれぞれ一名ずつ雇い、諮られている案件について取締役会で見解を述べてもらう。そして、勝ったアドバイザーは、例えば負けた方より10倍多く報酬を貰う。この改革が行われることを、息を潜めて待っていてはいけません。現行システムは、どれだけ株主にとって欠陥があろうと、買収案件をご馳走とするCEOや様々なアドバイザー、プロフェッショナルにとっては、有利に機能しているのです。

 ウォール街からのアドバイスを検討する際には、注意が必要ということは永遠に変わりません。すなわち、「床屋に髪を切るべきか聞いても意味がない」と言うことです。

 ここ何年か取締役会の「独立性」は新しい重点分野となっています。この題目の重要論点であり、常に見落とされているのは取締役の報酬です。現在、取締役報酬は、裕福でない取締役会メンバーの行動を無意識に変えてしまう水準にまで跳ね上がってしまいました。取締役が、1回あたり数日間、年間6回程度開催される取締役会にゆったりと参加するだけで25~30万ドル得ているということを、ちょっと考えてみて欲しいと思います。

 多くの場合、一社の取締役に就くことで、米国の年間世帯収入中央値の3~4倍の報酬が与えられます(私はこのあぶく銭の大半を取り逃しました。1960年代におけるポートランド・ガス・ライトの取締役として、私は年間百ドルを受け取りました。この相当な金額を得るために、私はメイン州まで年間4回行きました)。

 雇用保障に関して、今はどうだって?最高だよ。取締役は丁寧に無視されることはありますが、クビになることはほとんどありません。その代わり、とても気前の良い年齢制限(通常70歳かそれ以上)が取締役を品良く追い出すための標準的な方法となっています。

「裕福でない取締役」が何を期待するか(或いは熱望するか)想像するのは容易です。二社目の取締役会に誘われ、年収を50~60万ドルクラスに躍進させることではないでしょうか?これを達成するためには、裕福でない取締役は助けが必要になります。取締役を探しているCEOは裕福でない取締役が勤める会社のCEOに、その人が「良い」取締役か必ず聞くでしょう。「良い」は勿論隠語です。

 裕福でない取締役が過去にそのCEOの報酬や買収の野望に対して本気で反対していたら、彼の二社目の取締役就任機会は静かに消えることになります。取締役を探す時、CEOはピット・ブル(闘犬)に興味を示しません。家に持ち帰られるのはコッカー・スパニエル(ペット犬)です。

 この様な不合理性があるにもかかわらず、報酬が重要である(あるいは報酬に飢えている)取締役は普遍的に「独立性」があるとされ、莫大な財産を築いているが、その財産の大部分が会社実績に連動している多くの取締役は独立性に欠けていると見做されます。

 少し前に、ある大手米国企業の株主総会の委任状参考書類を見てみたところ、8人の取締役が一度も自分のお金で会社株式を購入したことがないことを発見しました(もちろん、彼等は気前の良い現金報酬に加えて株式報酬も受け取っていました)。この会社のパフォーマンスは長らく悪かったのですが、取締役達はすばらしい状況にありました。

 もちろん、自分のお金で株式購入することで、知恵が生み出される訳でもないし事業においてより賢くなる訳ではありません。それでもなお、私は当社傘下企業の取締役が、株式を単純に与えられたのではなく、自分の預金から株式を購入している方が、気分が良くなります。

 ここで一旦、立ち止まってみたいと思います。私が今まで会った取締役のほとんどは、まともであり、感じが良く、頭も良い人達であったことを知っておいて欲しいと思います。身なりも良く、近所付き合いもできて、良い市民でありました。私は彼等との関わりを楽しみました。中には取締役会を通じてしか会うことがなかっただろう人々もおり、仲の良い友人にもなりました。

 そうは言っても、この多くの善人達に、私はお金の運用やビジネスを任せることは一切なかったでしょう。簡単に言うと、彼等の得意分野ではなかったのです。

 代わりに、彼等が私に歯を抜いてくれとか、家のデコレーションをしてくれとか、ゴルフのスイングを改善してくれとか、頼むことは一切なかったでしょう。また、私がいつか「ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ」(ダンスリアリティ番組)に出演することになってしまった場合、私は直ちに証人保護プログラムに避難するでしょう。私達は皆、不得意なものがあります。多くの人達にとって、そのリストは長いものです。最も認識しなくてはならない重要なことは、貴方がもしボビー・フィッシャー(チェスの元世界チャンピオン)であれば、チェス以外のこと(得意でないこと)でお金を稼いではいけないということです。

 当社は、引き続き、オーナー意識と共に、当社に特別な興味を持って参画してくる、ビジネス手腕のある取締役を探していきます。ロボットのような「プロセス」ではなく、思考と原理原則が彼等の行動を導きます。貴方の利益を代表して、顧客を満足させ、同僚を大切にし、コミュニティと我が国の良い市民となることを目標とするマネージャーをもちろん探すことになります。

 このような目標は新しいものではありません。これらは60年前の有能なCEOの目標であり、今後もそうであり続けます。そうでなければ、一体誰の目標になるのでしょうか?

その他、短いトピック

 過去のレポートにおいて、我々は意味のある自社株買いとそうでない自社株買いについて議論してきました。我々の考えは煮詰まりました。当社は以下を満たす場合にのみ自社株買いを行います。

(a)チャーリーと私が、当社株式が本源的価値より安く取引されていると考えた場合、
及び
(b)自社株買い実行後においても、十二分の現金が残ること

 本源的価値の計算は正確性からはほど遠いものです。従って、我々は二人共、試算された1ドルの価値を実際の95セントの価格で買う緊急性を感じていません。2019年においては、当社のこの価格と価値の関係性が緩やかに当社に有利な時があり、50億ドルを投じて会社株式の1%を自社株買いしました。

 我々は長期的には、当社発行済株式総数を減らしたいと考えています。もし、我々が試算した価格と価値のディスカウントの幅が広がるのであれば、より積極的に当社は自社株買いを行うでしょう。しかし我々は、ある水準に株価を支える様な真似は決してしません。

 A株・B株を問わず20百万ドル以上の当社株式を保有している株主で、当社に保有株式を売りたい場合は、証券会社に当社マーク・ミラードへ連絡を取るようお願いしてください。マークには、午前8時~8時半か午後3時~3時半の間(中央時間)に、売る決意ができている場合のみ電話してください。

 2019年、当社は36億ドルの法人税を米国財務省に送金しました。同年、米国政府は、米国全体で2,430億ドルの法人税を徴収しました。これらの数字から、貴方の会社は全米国企業の連邦法人税の1.5%を支払ったことになります。このことは誇りに感じてください。

 55年前に当社が現在の形で創業した時には、連邦政府に法人税を一銭も支払っていませんでした(それは、過去十年間事業が損失を計上していたという合理的な理由があったためです)。その後、当社は利益のほぼ全てを留保しましたが、この方針は当社株主のみならず、連邦政府をも潤しました。将来におけるほとんどの年において、当社が遥かに多くの金額を国庫に支払うことを我々二人は期待・予想しています。

 2020年5月2日に開催される当社年次総会の詳細があります。例年通り、Yahooが全世界にストリーミング配信します。しかし、一点だけ形式について重要な変更点があります。アジット・ジェイン及びグレッグ・アベル(当社の重要な経営陣の二人)が年次総会で、より話す機会が得られるよう、株主、メディア、取締役メンバーから提言がありました。この変更は大いに理に適うものであります。彼等はすばらしい人物であり(マネージャーとしても、人としても)、彼等の話をより多く聞くべきです。

 当社株主は、3人のベテラン記者(代理質問者)にアジットかグレッグ向けの質問かどうか指定することができます。アジットとグレッグは私とチャーリー同様、事前に質問内容を一切知らされません。

 記者達は交互に観客からの質問を取り、質問者は我々4人の誰にでも質問をすることができます。あっと驚くような質問をお待ちしています。

 5月2日にオマハに来て、キャピタリストの仲間達に会ってください。当社製品も買って、楽しんでください。当社一同、お会いできるのを楽しみにしています。

2020年2月22日
ウォーレン・E・バフェット
取締役会会長

訳文以上

 次回は、特別編。全訳を行った農林中金バリューインベストメンツ常務取締役の奥野が2019年「株主への手紙」からのトピックス「複利効果」「ガバナンス」について考察します。
株主への手紙2019(特別編)バフェットに学ぶ投資哲学>>