ゴールデンウイーク中の今、国内市場は休場中です。緊急事態宣言の最中ということもあり、自宅でじっくりと投資関連の情報を収集できる良い機会と思われます。金(ゴールド)について、改めてじっくり考える貴重な機会ですので、今回は、今の時代に沿った金相場を取り巻く環境について筆者の考えを述べます。

 足もとの金相場を取り巻く諸情勢や今後の見通しについては、前回の「原油の異常価格が押し上げた金価格。将来、1,900ドルを超える条件とは?」で述べておりますので、併せてご参照ください。

“有事でも金は安全”の常識は変わった

 以下は1975年1月から2020年4月までの、NY金先物の長期的な値動きを示したグラフです(2020年4月は4月29日時点)。

図:NY金先物(期近、月足、終値) 単位:ドル/トロイオンス

出所:CME(シカゴ・カーマンタイル取引所)のデータをもとに筆者作成

 2017年に北朝鮮が、合計16回、ミサイルを発射しました。東アジアで核戦争が勃発するのではないか? 米国は日本を守ってくれるのだろうか? など、緊迫したムードが漂いました。いわゆる“有事”のムードが強まったわけですが、この2017年のNY金先物価格はほぼ平穏を保ち、騰落率は約わずか8%でした(1月1,209ドル→12月1,306ドル/期近、月足、終値ベース)。

 しかし、イランで革命が起き、イランの米国大使館で人質事件が発生し、ソ連がアフガニスタンに侵攻した…まさに絵に描いたような“有事”が重なった1979年、NY金先物の騰落率は約132%。金価格は敏感に有事に反応し、急騰しました(1979年の1月233ドル→12月541ドル/期近、月足、終値ベース)。

 同じ“有事”でも、なぜ、金価格の変動に差が生じたのでしょうか。私は、この38年間(1979~2017年)の間に起きた社会的な変化、具体的には、 “情報が持つサプライズ感が低下したこと” が、“有事”発生時の金価格の反応を変える一因になったと考えています。

情報が持つサプライズ感が低下した3つの理由

図:情報が持つサプライズ感の変化(イメージ)

出所:筆者作成

 38年の間に生じた、情報が持つサプライズ感の低下について、3つのポイントが挙げられます。

(1)情報量が増えた

 人々はいかなる場面でも情報を欲します。特に、「多くの人が知らない情報」には価値があり、その情報を利用すれば、有利に立つことができると考えている人は少なくありません。希少性がある情報は金銭的な価値を生むこともあります。

「情報量=力」という風潮があり、人々は情報を求め、その要求に応じ通信社は多くの情報を配信します。そして世界は情報であふれかえり、私たちは毎日、(フェイクニュースも含め)情報の雨に打たれています。

(2)情報処理能力が向上した

 私たちの身のまわりだけでなく世界中で、情報が増加し続ける環境になり、それらの情報を処理する術として、コンピューターが進歩しました。ビッグデータと呼ばれる膨大な量の情報を短時間で処理するコンピューターが登場、さらにはコンピューターに物事を判断させるAI(人工知能)が本格的に稼働し始めました。

(3)情報網の敷設が進んだ

 情報を世界中に行き渡らせる情報網の敷設が進んでいます。ケーブル、電波の発信・中継基地などのインフラ施設が世界中いたるところに敷設されました。このようなインフラ設備にも高度なITが用いられています。

 また、地球上で未開拓の地が見当たらなくなるほど開発が進んでいることに加え、交通技術、金融工学が発達してヒト・モノ・カネが縦横無尽に行き来できる環境になりました。情報もそれらと同じように世界を行き来できるようになりました。

 これらの3点は“情報格差の縮小”“情報の真偽の不明瞭さが目立ち始める”ことの原因となり、そしてこれらの2点は“情報の持つサプライズ感を低下させる”大きな原因となったと考えられます。

 マーケットは大衆の心の動きを反映すると言われますが、大衆の心を動かすのは“情報が持つサプライズ感”だと筆者は思います。情報が持つサプライズ感の大きさは、情報格差が大きければ大きいほど、そして情報への信頼度が高ければ高いほど、大きくなると言えます。先述のとおり、この数十年間で、情報格差が縮小し、情報の真偽の不明瞭さが目立ち始めたと考えられることから、情報が持つサプライズ感は低下したと言えると思います。

情報格差が埋まり、情報におけるマーケットの不平等が解消

 ジョン・ランディス監督の映画「大逆転」では、まだIT(情報技術)が発達する前の米国で、主人公は、USDA(米農務省)が公表する冷凍オレンジジュースの統計を違法な手段で入手し、それを元手に取引をして他のトレーダーを出し抜こうとします(統計のレポート(紙)が入ったアタッシェケースを人気のないところでこっそり開けるシーンが印象的です)。

 また、筆者の知り合いのトレーダーが興味深いことを言っていました。10年ほど前、まだ日本では珍しかったコモディティのCFD取引(FXと同様、レバレッジをかけて金や原油の取引ができる差金決済取引)が、個人投資家の間に広がり始めたときのことです。

 彼に、個人投資家が携帯電話(スマホではない)で海外市場の「リアルタイムの価格推移」を確認できるようになったと伝えたところ、「これで僕らと一般人が同じ(立場)になりましたよ」と言っていました。情報の格差がなくなった、トレーダーに情報の優位性がなくなったことを彼は言っていたのだと思います。

 ごく一部の人間が知る、価格動向に大きな影響をあたえる情報を事前に入手できれば、相場で勝てる時代があったのです。たった十数ページの紙、一般人が入手できないリアルタイムの価格情報が莫大な富を生んでいた、知る者と知らざる者の情報格差が大きかった時代です。

情報の正確さも公平に。人は以前よりも一喜一憂しなくなった。

 インターネットが普及する以前の、とある日本の金融機関では、早朝出勤したスタッフが、夜に行われた海外市場の価格推移や値動きの要因のトピックを紙で社員に配る、あるいは当番制で一人のスタッフが朝礼で大きな声で述べ、情報共有していたそうです。

 また、別の会社では、営業フロアの壁に大きなスピーカーが設置されており、そこから通信社が配信する情報が逐一流れていたといいます。

 当番のスタッフが配る紙、発言、スピーカーから流れてくる通信社の情報が、その場にいた人たちの貴重な情報源だったわけです。その場にいた人たちはその情報に信頼を寄せ、その情報に一喜一憂したと言われています。

 “一喜一憂”は盲目的に情報を信頼することで生まれやすくなります。特定の会社でなくても、インターネットがない時代、発生と報道に時差が生じやすいテレビと新聞が主な情報源で、かつ入手できる情報量が限られていた時代は、情報の受け手が情報を盲信し、一喜一憂することが少なくなかったと考えられます。

 情報格差が大きく、情報の受け手が限られた情報を信頼して一喜一憂が起きていた時代、一つ一つの情報は、社会に与える影響度は今よりも大きかった、つまり情報はサプライズ感を持っていた、と言えると思います。

 しかし、このような状況は、時代が望んだ情報量の増加とIT(情報技術)の進歩によって、現在は、ほとんどなくなったと筆者は感じています。

 このような、情報が持つサプライズ感の変化が、“有事”が起きても以前のように金価格が上昇しなくなった、要因の一つになっていると思います。

現代の金相場を動かす5つのテーマ

 社会の変化が、情報の持つサプライズ感を弱め、“有事”が起きても以前のように、金価格が上昇しなくなった、という筆者の考えが正しければ、今の時代、今後の金価格の動向を考える上で、一度、“有事の金買い”“安全資産”という言葉から離れ、改めて材料を確認する必要があると筆者は考えています。

(1)有事のムード [短・中期]
(2)代替資産 [短・中期]
(3)代替通貨 [短・中期]
(4)中印の宝飾需要 [短・中・長期]
(5)中央銀行 [長期]

 何か有事めいたことが起きると“有事の金”“安全資産”という側面で注目を集めることがありますが(そもそも投資に安全などないと思います)、それだけが、金相場の変動要因ではありません。

 有事だけが、金相場を動かす要因ではないですし、株との逆相関、ドルとの逆相関だけでもありません。つまり、変動要因は一つではないわけです。

 現代の金相場は、少なくとも5つのテーマが“層”になっており、時には有事が、時には代替資産が、また時には代替通貨が、あるいはその中の複数が、相殺し合い、その結果、一つの金価格が決まっているわけです。

 この点は、金相場の今後を考える上で、非常に重要な点です。金には一つしか材料がない、金は一つの材料で動いている、という考え方では、現代の金の値動きを説明したり、今後の展開を考えたりすることは、不可能だと筆者は思います。

 一見複雑に見えるかもしれませんが、簡単に言えば、“上記の5つのテーマの影響度を、足し引きすること”なのです。

 例えば、昨晩、金価格が上昇したとして、同時に、株高、ドル安が起き、米国で新型コロナウイルスの感染拡大を伝えるニュースがあったとします。金にとって、株高は“代替資産”の面で下落要因、ドル安は“代替通貨”の面で上昇要因、新型コロナウイルス感染拡大による“有事のムード”の面で上昇要因、差し引きすると、上昇、という具合です。

気長に金を見守ることでヒントが見えてくる

 株が下がった時だけ、有事が起きた時だけ、金に注目するのではなく、常日頃から、金の価格を確認しておくことで、株高でも金高が起こる場合があることや、有事でも金価格が下落する場合があることを、肌で感じることができます。

 “今は有事のムードがメインの材料だな”、“先週までは有事のムードだったけど、今週は代替資産と代替通貨の側面で買われているな”などのように、5つのテーマを足し引きをしながら金相場の変動を気にかけていれば、いざ、という時に“なぜ金価格が上がらないんだ(下がるのだ)!”と不審に思うことは少なくなると思います。

 いずれ投資をする(投資の額を増やす)日が来るかもしれない金について、日ごろから、5つのテーマの影響度を足し引きしながら、気長に価格に注目するとよいと思います。

[参考]具体的な貴金属関連の投資商品

種類 コード/ティッカー 銘柄
純金積立   金(プラチナ、銀もあり)
国内ETF/ETN 1326 SPDRゴールド・シェア
1328 金価格連動型上場投資信託
1540 純金上場信託(現物国内保管型)
2036 NEXT NOTES 日経・TOCOM金ダブル・ブルETN
2037 NEXT NOTES 日経・TOCOM金ベアETN
海外ETF GLDM SPDRゴールド・ミニシェアーズ・トラスト
IAU iシェアーズ・ゴールド・トラスト
GDX ヴァンエック・ベクトル・金鉱株ETF
投資信託   ステートストリート・ゴールドファンド(為替ヘッジあり)
  ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)
  ピクテ・ゴールド(為替ヘッジなし)
  三菱UFJ純金ファンド
外国株 ABX Barrick Gold:バリック・ゴールド
AU AngloGold:アングロゴールド・アシャンティ
AEM Agnico Eagle Mines:アグニコ・イーグル・マインズ
FNV Franco-Nevada:フランコ・ネバダ
GFI Gold Fields:ゴールド・フィールズ
国内商品先物   金、ミニ金、ゴールド100(プラチナ、銀、パラジウムもあり)
海外商品先物   金、ミニ金、マイクロ金(銀、ミニ銀もあり)
出所:筆者作成