※本記事は2010年9月3日に公開したものです。

インデックス運用は「負けない」

 プレゼンテーションについて書かれた本を読むと、プレゼンテーションではポイントを三つ挙げて説明するといいらしい。

 筆者、早速これを取り入れて、インデックス・ファンドの長所について説明する際には、(1)分かりやすい、(2)手数料が安い、(3)負けない、の3点がポイントだ、と説明することにしている。

 分かりやすい、というのは、株価指数を見ていると自分のポートフォリオのパフォーマンスがよく分かるし、過去のパフォーマンスやリスクを知る上でも、メンテナンスに連続性のある指数であれば、具合がいい。これらが運用プロセス上どのように長所であるかという点については、前回書いた、ベンチマークについての拙稿を読んでいただけると、ご理解いただけると思う。

 手数料が安いことは、決定的な長所だ。典型的な国内株式ファンドの信託報酬がアクティブ・ファンドで1.5%、インデックス・ファンドで0.6%とすると、現時点では、長期金利(10年国債の利回り1.123%、2010年9月3日時点)ほどの違いが出ていることになる。

 そして、第2の長所が強く影響しているが、日米いずれを見ても、毎年3分の2程度のアクティブ・ファンドがインデックスのパフォーマンスに劣後している。

 現時点では、一般論として、インデックス・ファンドはアクティブ・ファンドよりも優れた投資対象だと言い切っていい。「一般論として」が指す内容には、読者や私のような平凡な投資家にとってという意味もあるし(自分は非凡だと自認される読者には結論を強要しない)、いつでも常に、という意味でもある。

問題は「市場の効率性」ではない

 インデックス・ファンド、特に時価総額加重で市場の平均を代表するようなインデックスにトラックするファンドの場合、これが、アクティブ・ファンドよりも優れていることを示すのに「市場の効率性」とか「CAPM」といった学術的な理論を振り回す必要はない。「負けない」仕組みは、もっと単純であり、だからこそ、頑健でもある。

 たとえば、国内の株式市場を考えてみよう。市場で運用されている資金は、市場平均を表すインデックスに合わせて運用される「インデックス運用」と、それ以外のウェイト付けのポートフォリオで運用される「アクティブ運用」とに分けることができる。

 ここで、インデックス運用が正確に行われている場合、インデックス運用の資金の投資収益率は、市場平均よりもインデックス・ファンドの手数料分だけ劣ることになる。次に、アクティブ運用されている資金の投資収益率を運用金額で加重した平均値を考えてみよう。これも、市場平均すなわちインデックスと同じ銘柄を同じウェイトで運用していることになる。手数料差し引き前の投資収益率は市場平均と同じだ。

 しかし、金融商品としては、アクティブ運用の方が手数料が高いから、投資家が受け取る収益率を平均ベースで比べると、アクティブ運用が常に劣ることになる。

 これは、株価が正しいものではなくとも、つまり、市場が効率的でなくとも、また、市場が理論的な均衡と一致していなくても成立することに注意してほしい。

 アクティブ運用の選択の可否を論ずる際に、市場が効率的であるか否かの議論を仕掛ける運用関係者が多いが、厳密にいうと、(1)市場が効率的な場合、アクティブ運用にはチャンスがないが、(2)市場が効率的ではない場合でも、アクティブ運用の平均はインデックス運用の平均に負けるはずだし、「相対的に優れたアクティブ運用(者)を【事前に】選ぶことができる」という、高いハードルの命題を証明できなければ、アクティブ運用を選択することは(経済的に)愚かだ、ということになる。

平均運用の有利性

 インデックス運用の有利さを実感するための例を挙げる。架空の例だが、次のケースを考えてみてほしい。

 世の中にファンドマネージャーが11人だけいて、彼らだけが株式市場の参加者で、みな同じ金額を運用しているとする。単純化のためにみな同じ資金額を運用しているとする。

 そのうちの一人は、他の10人が運用しているポートフォリオを観察することが可能で、自分の資金を10等分して、それぞれの資金で他のファンドマネージャーのポートフォリオを縮小コピーした運用、すなわちインデックス運用(時価総額加重型のインデックスにトラックすることを目指す運用)をするとどうなるか。

 運用1年目、インデックス運用者の運用成績は、おそらく11人中の真ん中である6番目くらいだろう(残り10人の運用内容の違いや偏りによって変化するが、大まかには)。翌年も、その翌年も、多分、ほぼそうなることが予想できる。

 ここで、インデックス運用者は安い手数料で運用し、他の10人が高い手数料で運用すると、それぞれにお金を預けている顧客が最終的に受け取る利回りはどうなるか。「平均的に見て」、インデックス運用者にお金を預けている顧客は、他の10人のいずれかに預けている顧客よりも運用結果がいいことになる。

 ここまでは、前に説明した点と同じだ。

 加えて、ポートフォリオの動きまで考えると、インデックス運用者はさらに有利になる。残り10人の間では、おのおのが「いい!」と思う銘柄を買い、「これはダメだ!」と思う銘柄を売るので、売買が発生する。現実世界では、売買にはなにがしかの手数料が掛かるし、マーケット・インパクトもある(自分自身の売買で株価を不利な方向に動かす効果のこと。大量に買うときには、株価が上昇して高く買わされる)。10人は売買のたびに手数料を払うし、あれこれと考えることにもなるだろうし、調査費用を掛ける場合もあるだろう。一方、インデックス運用者のファンドは、他の10人の中で相殺的に売り買いされている株式(たとえば、誰かがソニーの株を買い、その時に誰かがソニーの株を買うと、そういうことが起こる)の分だけ、売買の手間と手数料を節約することができる。

「塵(ちり)も積もれば山となる」は、運用の世界にもあてはまることわざであり、1年目は11人中6番目だったインデックス運用者のファンドも、運用年数が経過するに従って、その通算成績ではもっと有利な位置を占めることができるようになるだろう。

 ちなみに、インデックス運用者が実際の運用ビジネスの世界でファンドマネージャーだった場合、もう一ついいことがある。それは、インデックス運用者が、最下位ないしはその近辺の運用成績を取ることが、1年単位でも、通算成績でも、ほぼあり得ないことだ。これは、年金運用のように、運用会社間で競争している時には重要な特質だ。

 通常、運用契約の解約は、パフォーマンスの最下位あるいは、最下位から何%かのレンジの運用成績に落ち込んだときに通告される。理論的に、それが正しいのだというわけではないが、年金基金のような顧客の行動パターンはおおむねそんな感じだ。

 つまり、運用を相対パフォーマンス競争のゲームとして、あるいはビジネスとして捉えると、「ライバルの平均を持つ」というのは、有力な戦略であり、これは、囲碁や将棋でいう「手筋」に当たる。

 実は、現実のアクティブ運用のポートフォリオにも「ライバルの平均」に似てくる傾向がある。ファンドマネージャーにとって、ライバル会社(あるいは同僚?)に大きく負けることは、自分のキャリア上のリスクにつながりかねないリスクがあるので、これを避けようとして、お互いのポートフォリオが似ることがしばしば起こるのだ。

 著者が英国系の運用会社に勤めていたときのことだが、この会社のロンドン本社では、他社の国内株ポートフォリオの業種比率の平均に対して1%(時には0.5%)オーバーウェイト/アンダーウェイトといった調子で他社との相対的なリスクを用心深く管理していた。しかし、彼らは「アグレッシブなアクティブ・マネージャー」というイメージを顧客に訴えていたので、他方で、インデックス運用的だと思われることを大いに警戒していた。運用ビジネスにあっては、「平凡な運用」+「非凡な宣伝」の組み合わせが王道なのだ。

時価加重型インデックスでない場合

 市場全体をカバーする時価加重型のインデックスに連動することを目指す運用については、上記のように考えると有利さを実感できるが、MSCIのように市場のすべてをカバーするわけではないインデックスや、日経平均株価やNYダウ平均株価のように、市場の全銘柄よりも大幅に銘柄数が少なく、しかも、株価ウェイトとでもいうべき独特のポートフォリオで運用されている場合には、これをどう考えたらいいのだろうか。

 たとえば、日経平均はより「市場平均」に近いTOPIX(東証株価指数)とパフォーマンスの差ができるはずだが、大まかにはこの差は「勝ったり、負けたり」であり、通算でどちらが有利になるかは、一概にはいえない。日経平均が、低回転率を維持し、日経平均連動ファンドの手数料がTOPIX連動ファンドの手数料並みかそれ以下であれば、この「勝ったり、負けたり」の差を「サイコロのようなものだ」と気にしないで割り切れる投資家なら、日経平均のインデックス・ファンドを買うという選択も十分合理的だろう。

 ただし、ポートフォリオとしての日経平均を見ると、株価の高い銘柄(「旧額面」に対して株価の高い銘柄)のウェイトが高く、かなり癖のあるポートフォリオで、リスクのバランスがいいとはいえない。

 日経平均のようなインデックスは、先物・オプションの原資産として、厳密な裁定ポートフォリオが少額でも作りやすいというメリットがあるが、資産形成のための運用ポートフォリオとしては多少の難点を抱える場合があると考えておけばいいだろう。

 個人的には、資産形成のために投資するインデックス・ファンドとしては、日経平均連動型よりも、TOPIX連動型のものをお勧めするが、細かいことにこだわらない人には「どちらでも大差はない」とお答えしておく。日経平均連動型のファンドでも、現行の手数料の高いアクティブ・ファンドに投資するよりは優れた選択だ。

投資家にとっての現状

 インデックス運用の弱味は、インデックスの銘柄入れ替え、ないし銘柄ウェイトの変化に伴う売買が、売買内容が他の市場参加者に利用されやすいことだ。大きな金額の資金が行う売買の内容が、事前に知られているということだから、不利には違いない。この問題については、別の機会に少し詳しく書いてみたい。

 たとえば、TOPIXであれば、現状では年間の売買回転率が7%くらいで、あるインデックス運用者に聞いたところ、この入れ替えに伴うインデックスの損失は年間十数ベイシス程度と思われるとのことだった。現時点では、アクティブ・ファンドとの信託報酬の差を考えると、TOPIX型のインデックス・ファンドの優位は動かないようだ。

 なお、巨額のインデックス資金を運用する投資家の場合、インデックスの銘柄変更や銘柄ウェイト変更の影響に対抗するためには、既存の運用資金のリバランスを放棄してしまうことが有力ではないかと思う。たとえば、2010年9月時点のTOPIXを「TOPIX1009」とでも名付けて、10月の浮動株ウェイトの変更を無視するのだ。TOPIX1009とベンチマークであるTOPIXとの間にはアクティブ・リスクが発生するが、アクティブ・リスクはそれほど大きくないはずだし、リターンの上ではプラス/マイナス両方に作用するので、ほぼ必ず不利を被るTOPIXに厳密にトラックさせるよりも有利なはずだ。

 これ以外の方法としては、リバランスの時期をずらす方法もある(運用会社への指示は多少面倒になる)が、たとえばGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のように巨額の資金をインデックス運用している投資家は、何らかの対策を講じるべきだと思う。

【補足】
 約10年前の記事だが、インデックス運用がアクティブ運用に勝る理由は変化していない。本文中にもあるように、運用競争のゲームにあっては「ライバルの平均」を持つことが有利であり、この原則は、株価形成が効率的(いわゆる「市場の効率性」)であってもなくても、また、上げ相場であっても下げ相場であっても原理的には同じだ。
 ただし、下げ相場にあっては、アクティブ運用がキャシュポジションを抱えやすい傾向があるので、アクティブ運用の平均が「たまたま」勝つことがあるので、評価を間違えないことが肝心だ。
 文中、インデックスの銘柄・ウェイトの変更が不利に働くことに対する注意があるが、東証1部の今後の改革に絡んで、TOPIXがどのように扱われるかに関して注目される。トレーダーがもうかり、インデックス投資家が損をするような「トレーダーへの悪質な補助金」にならないように監視を強めるべきだろう。(2020年3月19日、山崎元)