米イラン緊迫からの楽観ムードいつまで?

 新年早々、米国とイランが緊迫状態となり、ドル/円は107円台後半へと円高が進みました。

 しかし、その後、両国とも事態のエスカレートを避ける方向で対応したため、緊張状態は収束しました。

 また、米中通商協議の第1段階合意の調印に向けて、2019年8月に中国に対して認定した「為替操作国」を米国が解除。両国の経済問題について協議する「米中包括経済対話」の再開で合意しました。これらの報道によってドル買いの安心感が広がり、ドル/円は8カ月ぶりに110円台に乗せました。

 このように、政治要因によって始まった今年の為替市場は、この先も政治に翻弄(ほんろう)されそうな一年となりそうです。

 2020年は米国大統領選挙をはじめ、米中関係、中東情勢、英国とEU(欧州連合)の離脱移行交渉、欧州の政局、中南米のポピュリズムの拡大など、さまざまなリスクが控えています。これら地政学リスクや政治リスクが相場を動かす要因として、その比重がますます大きくなることが予想されるため、政治要因は2020年も常に押さえておく必要があります。

 前回のコラム「今年のマーケットを左右する重要イベントをチェックせよ!」で取り上げた、2020年の重要イベントの日程をベースに、現在の政治や経済環境に変化を与える可能性があるリスクを押さえられれば、今後の相場を想定する際のリスクシナリオとして準備しておくことができます。

 では、専門家は2020年の政治リスクをどのように想定しているか、確認していきましょう。

2020年の世界10大リスクの中心は?

 このコラムでは、政治リスクを専門とするユーラシア・グループ(*)が年初に公表する「世界10大リスク」を毎年紹介しています。マーケットで最も注目されている、この「世界10大リスク」とは、マーケットを動かす可能性のある世界各国・地域の政治リスクのことです。

*ユーラシア・グループとは:1998年に設立された米国の会社で世界最大規模の政治 リスク専門コンサルティング会社。マーケットを動かす可能性のある世界各国・地域の政治リスクを分析し、機関投資家や多国籍企業にアドバイスしている。社長のイアン・ブレマー氏は国際政治学者で、2011年に既に「Gゼロ」の時代が来ると指摘したことで一躍有名になった。「Gゼロ」とは、世界を動かすのはG7(先進国の7カ国グループ[日米英独仏伊加])でもなく、G2(米中)でもなく、Gゼロ、つまり「リーダーなき世界」を意味する。

 このレポートは有料ですが、公表後数日で新聞やネットで概要が公開されます。また、TVニュースでも特集されるため、誰でも参考にすることができます。

 それでは「2020年の世界10大リスク」を紹介しましょう。

米国大統領選が最大のリスク

 参考までに「2019年の世界10大リスク」も併記しました。昨年のリスクと対比することによって、リスクが内在する地域・国の変化や比重を読み取ることができます。

図:ユーラシア・グループの世界10大リスク

 2019年の第1位は悪い種(Bad Seeds)でした。さまざまな悪い兆候が出てくるが、同盟国の弱体化で対応ができないだろうという意味合いでした。2019年の最も悪い種は、第2位の「米中関係」が関税の報復合戦によって鮮明化したことです。特に昨年後半から相場を動かす大きな要因となりました。

 そして、昨年第5位に挙げた米国内政問題は、2020年では「誰が米国を統治するか?(Who Governs the US? )」というリスクとして第1位に挙げています。米国大統領選挙を国際政治の今年の最大のリスクと分析しています

 ブレマー氏は、「誰が大統領になっても米国民の少なくとも半数近くが大統領選の結果を受け入れない可能性が高く、敗者の党からだけでなく勝者からも法廷闘争に持ち込む可能性が高い」と分析。「ブッシュ対ゴアの2000年大統領選では、フロリダ州の集計やり直し問題が法廷闘争に発展したものの、共和、民主両党とも最後は連邦最高裁判所の決定を受け、手続きをへて選ばれた大統領の正当性を認める善意があった。だが、分断が進んだ現在の米国社会ではその善意は見当たらず、その結果がどうであれ法廷闘争が長引きそうである」とかなり悲観的な見方をしています。そしてこの政治的な空白は外交政策を不安定にさせ、米国の同盟国にも大きな影響を与えるだろうと説明しています。

 米国の社会の分断は2019年も見られていましたが、2020年は大統領選をきっかけに法廷合戦になり、社会がより鮮明に分断され、これが長引くとの説明には少し驚きました。

 ブッシュ対ゴアの法廷闘争が決着したのは12月でした。大統領選挙の投票日から2カ月以上たって、国民が納得する大統領が選ばれました。

 果たして今年2020年はどうなるのでしょうか。翌年1月20日に予定されている大統領就任式の日にも法廷闘争は続いているのでしょうか。もし、ここでも決着していなければ前代未聞の出来事です。世界中がTVやネットで見ている大統領就任式が「米国社会分断の式典」になるかもしれません。

 そのとき、相場にどのような影響を与えるのでしょうか。直接的に影響を与えるというよりもジワジワと効いてきそうな感じがします。社会の分断は、経済にも悪影響を及ぼしてくる可能性がありそうです。

米中対立激化の行方

 第2位と第3位は米中対立を挙げています。ブレマー氏は「デカップリング(切り離し)」は、「中国がハイテク分野で優位に立つのを阻止するため、米国が米国経済の対中依存度を下げるという考え方だ。経済のグローバリゼーションに逆行し、ソ連の崩壊以来、最も影響の大きい地政学的な展開だ」と説明しています。そして「今後、新たな『ベルリンの壁』がどこにできるのか、言い換えれば、各国が米中どちらにつくのかが注目される」と述べています。

 また、米中関係では「香港や南シナ海問題、台湾情勢、ウイグル族の弾圧の問題など、中国の核心的利益に関わる分野で米中の衝突が予想される」とし、「貿易分野で関税を武器に報復合戦が続いてきたが、さらに緊張が高まる恐れがあるだろう」と分析しています。

 1月15日の第1段階の合意署名によって、米中貿易問題は一時休戦となりそうです。トランプ大統領も第2段階の交渉は大統領選挙後だと示唆しているため、休戦は続きそうです。

 しかし、ブレマー氏は、貿易問題以外で米中関係の緊張が高まると分析し、米中のハイテク覇権争いは続き、米中による各国の囲い込みは激化し、中国の革新的利益で衝突が予想されるとしています。米国大統領選挙の過程でトランプ大統領が苦戦を強いられると、「人権・民主主義・安全保障」などの中国の革新的利益に対し、強硬姿勢で臨んでくることは容易に想像できます。

 どうやら、一時休戦は束の間になるかもしれません。

 米中関係改善期待で、ドル/円は110円台に乗せましたが、持続しないかもしれません。関税合戦以外で米中対立が激化すると、昨年に何度も見られたような株安や円高の場面が今年も起こるかもしれません。今年も不透明感は払拭されず、世界貿易の伸びは鈍化し、企業の投資は慎重になる可能性がありそうです。

イラン問題と中東情勢の警戒度は?

 イラン問題についてトランプ氏は、「戦争を望まず、イランも米国の軍事力を認識しているため、緊張は高まるものの戦争が始まるとは思わない」と説明しています。

 北朝鮮問題や英国のEU離脱問題などは「リスクもどき」として10大リスクの番外として位置付け、世間でいわれるほどにはリスクは大きくないと、ユーラシア・グループは分析しています。

 米国とイランの緊迫状態は収まりましたが、イラン国内のデモが反米デモから反政府デモに変わり、激化する可能性があります。トランプ大統領も自分に火の粉が及ばないと見ると、イラン国民を煽(あお)るようなツイッターを発信し、イラン政府への圧力を強めています。国同士の争いは避けられても、テロなどの暴発行為や、イランの国内情勢が不安定になり、原油価格にも影響してくるかもしれません。やはり、中東情勢は警戒しておく必要がありそうです。

リスクシナリオを念頭に、経済環境とは別軸で為替の動きを見る

 以上のように、2020年も政治要因の比重が高まってきそうです。政治リスク、地政学リスクがもたらすリスクシナリオを念頭に置き、経済環境とは別の大きな流れの中でも為替の動きを見ていく必要があります。

 政治リスクは突然起こる場合、避けようがありませんが、事前にリスクを予想し、そのリスクが高まってくる場合は対応する準備ができます。ただ、その場合、注意すべきは「噂で買い、事実で売る」との格言です。「リスクが実現すれば、いくら悪い話でも事前の織り込み度合いによっては逆に動く」という特有の動きに注意しておく必要があります。なかなか難しいことですが、為替の想定シナリオに、このシナリオも加えるか、加えないかでは大きな違いがあります。だからこそ、リスクシナリオとして準備しておくことが重要なのです。