※本記事は2016年10月4日に公開したものです。
「人生設計の基本公式」の基本的な使い方
以前にこの連載で「老後のお金と必要貯蓄率の計算式」という記事を書いたところ、読者から2通りの反応を頂いた。一方には有用な計算式の提示であり大変役に立つというお褒めのコメントがあったが、他方には、ともかく数式が出てくると難しい(あるいは「読む気がしない」)といった「苦情」に近いコメントもいただいた。
筆者としては、x(老後の生活費率)、Y(可処分所得)、a(現役年数)、b(老後年数)などが、どこを変えるとどうなるかを具体的に計算できるところに「人生設計の基本公式」の有用性があるので、代数式で覚えていただくのが便利ではないかと思ったわけだが、数式に拒否感を持たれる方がいらっしゃるのも無理はない。
今回は、公式を言葉ベースでも提示するのと共に、具体的な例をいくつか考えてみたい。
筆者は、(1)「人生設計の基本公式」を参考に支出と貯蓄を決定して、(2)誰にでも当てはまる「運用の簡便法」で資産運用を行うなら、どのようなタイプの人でも、お金とうまく付き合うことができる「お金の管理の一般的方法」を確立することができるのではないかと考えている。
お金には、使い道は後から考えたらいいという「使途の自由」と、誰にとってもお金があることは(おおむね)いいことだという「効用の共通性」、さらに誰にとっても運用は効率的であることが望ましいという「効率指向の共通性」がある。従って、大きなお金を持っている人も、小さなお金しか持っていない人も、また、若くても、高齢でも、運用の初心者でも、ベテランでも、運用の方法は、「最も効率のいい方法」一つに決めることができる理屈だ。個々人の違いは、運用額の大きさと、リスクを取る金額の違いだけでいい。
これは、「投資家のタイプ別に運用方法(運用商品)は異なるはずだ」という金融・運用業界が「ビジネス上大切にしている作り話」(信じない方がいい!)を真っ向から否定する話なのだが、論理的にはおおよそ正しいのではないかと思われるし、個人にとっては、お金の扱い方をシンプルにできるので親切だ。
すると、個人にとって次の問題は、収入を支出と貯蓄に分ける方法と、運用において適切な大きさのリスクを決める方法の二つということになる。「人生設計の基本公式」は、特に前者に関わるが、後者にも関連する“急所のノウハウ”になるはずなので、読者には、ぜひこれを使いこなせるようになってほしい。
言葉版「人生設計の基本公式」
さて、「人生設計の基本公式」は、現役時代の可処分所得額に対してどういった比率で貯蓄すれば、老後の生活費が確保できるかを計算する計算式だ。老後の生活費は、現役時代の支出額(「可処分所得−貯蓄額」となる)に対して何倍としたいかを通じて決める。
図1は、前回代数式で示したこの公式を、言葉で表したものだ。
(図1)「人生設計の基本公式」(言葉版)
念のため、前回の代数式との対応が分かるように、前回と同じ記号を書き込んだ式を図2に掲げておく。
(図2)「人生設計の基本公式」(言葉+記号版)
式の使い方について補足しておこう。「手取り年収」については「今後の現役時代を通じての平均的な手取り年収」をイメージしてほしい。現在の収入が多い人も、少ない人も、また今後の収入が、増える人も、減る人もいるわけだが、今後の平均に対して老後の生活費をどうイメージするかを考える。「それなりの現役時代」に対して「それなりの老後」を対応させる比率が「老後生活費率」だ。
「老後生活比率」は人により、老後のライフスタイルにもよりさまざまだが、ファイナンシャルプランナーに聞くと、現役時代の生活費の「0.7倍」くらいの数値を想定しておくとおおむねいいだろう、というくらいの答えが返ってくることが多い。
一般に、老後の生活費を考える場合に、生命保険文化センターなどが調査した「老後の生活費はいくら欲しいか?」といったアンケートに基づく「他人の平均値」を使う場合が多いのだが、稼ぎも生活も人によって異なる。「自分の将来の平均値」を使う方が、個々人にフィットした生活設計ができる。
なお、この式は、将来のインフレの影響や、資産運用による利回りなどを考慮していない。「資産は、インフレ率並みに運用されている」という前提だ。率直に言って、10年先、20年先のインフレ率など分からないし、将来のインフレ率を現時点で決めつけて現在の運用を行うのは愚かだ。
巨大機関投資家に比べて個人投資家のポートフォリオは小回りが利く(かと言って、頻繁な売り買いはしない方がいいことは覚えておこう)。運用では、例えば1年1年、自分にとって許容可能なリスクの中で、「なるべく多く稼ぐ」ことを目指すといい。できる範囲の中でベストを尽くすだけなので、シンプルだ。インフレよりも稼いで悪いわけではないし、許容リスクの範囲内でインフレに追い付けない場合があれば、それはそれで仕方がないと割り切っていい。
人生いろいろ 〜ケース別のお金の管理法〜
【ケース1】新入社員A君
先般大学を卒業し、ある上場企業に就職したA君(23歳)は、65歳になるまで働き、その後90歳までの老後期間を想定しており、老後は現役時代の平均の7掛けで暮らしたいと思っている。彼は、手取り収入の何パーセントを貯めたらよいか。年金は厚生年金のみだとしよう。
A君の現役期間は42年間で、老後は25年間だ。問題は、厚生年金だ。現在、厚生年金を受け取っている人は、標準家計(専業主婦の妻がいる「昭和な家計」)で6割近い所得代替率(現役時代の所得に対する比率)で年金を受け取っているが、年金支給額は「マクロ経済スライド方式」により、年率1%前後の実質価値が減額され、厚労省が目指すベストなケースで5割の所得代替率が維持される。これはかなり難しそうなので、少々慎重に、現役所得の3割が厚生年金として支給されると考えておこう。
新入社員では、まだそこまではもらえまいが、現役時代を通算した所得の手取額を毎月40万円、年間480万円と想定する。現在の貯金はゼロだ。老後生活費率を0.7(倍)として、先の公式にあてはめて必要貯蓄率を計算してみよう。
分子は、0.7×480万円−144万円=192万円だ。分母は、(42/25+0.7)×480万円=1,142万4千円。分子を分母で割ると、約16.8%貯蓄すればいいことが分かる。新入社員の頃も、働き盛りも、リタイア前の時期も、この比率で貯蓄しつつ残りの金額で生活すると、老後は「現役時代の平均」の7掛けで暮らせる。
現役時代は平均6万7,200円貯蓄し、1カ月33万2,800円で暮らすと、リタイア後は23万2,960円で暮らせることが分かる。
現在の貯蓄額を考えないケースでは、手取り年収がいくらであっても、16.8%貯蓄すれば老後は「現役時代の平均の7掛け」で暮らせる計算だ。就職したばかりのお子さんがいらっしゃる読者は、「手取りの17%くらい貯蓄できれば、老後は何とかなるはずだ」とお子さんに教えてあげてほしい。
老後を漠然と心配するばかりだと、手数料が高くて不利な個人年金保険(金融庁も「金融レポート平成27事務年度版」で問題視している)だの、怪しい不動産投資(例えば、海外不動産やワンルームマンション投資の質の悪い物)だのに、引っ掛かりやすくなる。
A君の初任給はボーナスを月単位にならしたとして、手取りで20万円くらいのものだろうか。16.8%の貯蓄は1カ月あたり3万3,600円だ。
まずは、個人型確定拠出年金の口座を開き、満額(1カ月2万3,000円)を利用し、後は毎月1万円、ネット証券で投信の積立投資をすることをお勧めしよう。
【ケース2】中堅サラリーマンB氏
先のA君が35歳になったら、こんな感じかという、35歳の中堅サラリーマンB氏を考えてみよう。彼は、30歳で結婚して、翌年息子が生まれた。65歳になるまで働くつもりでおり、少し余裕を見て95歳までの老後に備えたいと思っている。手取り年収は、毎月40万円の480万円まで上がった。これからも上がりそうだが、55歳(役職定年)、60歳(定年から再雇用)を期に下落するので、今後を平均すると、現状くらいだろうと見込んでいる。金融資産は、現在、確定拠出年金3百数十万円と、積立投資が2百数十万円の、合計600万円ある。
現状での必要貯蓄率を計算してみよう。
分子は、0.7×480万円−0.3×480万円−600万円/30年=172万円だ。分母は、(30年/30年+0.7)×480万円=816万円となる。両者を割り算すると、必要貯蓄率は約21.1%だ。
毎月8万円を少し超える額を貯蓄するのは楽ではないが、今、子供が小さく学費が掛からない時代であることを考えて人生の平均と比較するなら、むしろもっと貯蓄を増やさなければならないくらいの状況である。
さて、ここで、600万円を全て内外の株式インデックスファンドに投資していて、200万円損をしたとすれば、どのくらいの影響が出るか。
分子は、0.7×480万円−0.3×480万円−(600万円−200万円)/30年=178.7万円(少数第二位を四捨五入)。分母は変わらず、816万円なので、新たな必要貯蓄率は21.9%となる。40万円に対して、毎月8万4,400円の貯蓄を、8万7,600円に増額するとこの損はおおむね吸収できるということだ。
判断は人によるが、「これくらいなら、大丈夫だ」と思う人が多いのではないか。
なお、リスクを評価するための簡便法としては、想定最大損失額の200万円を、老後の月数「360」で割り算して「毎月取り崩せる額が5,555円減るのか」と評価することもできる。この額がどれくらい重大なのかは、日頃の所得や、現在の資産額などによって、人それぞれだろう。
【ケース2’】B氏は息子を私立学校に進められるか?
先のB氏はかわいい息子の将来のことを考えている。例えば、息子を、私立の中・高・大と進学させることは可能だろうか。中学、高校にそれぞれ400万円、大学に500万円の、1,300万円が追加的な学費として掛かると想定してみたときに、彼の経済力はこれに耐えうるか。
先の、資産運用による「損」もそうだが、大きな費用は、「現在資産額」を増減することによって、人生設計に反映できる。
早速、私立進学の学費である1,300万円をB氏の家計に反映してみよう。
分子は、0.7×480万円−0.3×480万円−(600万円−1,300万円)/30年=215万3,333円、分母は先と変わらず816万円なので、割り算して必要貯蓄率を求めると約26.4%となる。
これは、不可能ではないが、「いささか苦しい!」と思う方が多いのではないだろうか。
「しかし…」とB氏は考えた。「我が社には、退職金があるのではないか、それに、妻も10年くらいパートで少し働いてもいいのではないか」。
退職金を1,500万円、妻のパート収入を年間100万円×10年で合計1,000万円としてみよう。
公式の分子は、0.7×480万円-0.3×480万円−(600万円−1,300万円+1,500万円+1,000万円)/30年=132万円だ。分母は816万円だから、必要貯蓄率は約16.2%となる。「これなら、行ける」と思える方が多いのではないか。
【ケース3】50歳のサラリーマンC氏の場合
ある企業に勤める50歳のC氏は、手取り年収が600万円、手持ちの資産が2,400万円ある。年収は退職までおおむねこれくらいだろうが、退職金は期待できない。ねんきん定期便を見ると、年金額が17万円くらいあるが、年金は今後減額が続きそうなので、毎年の年金額として180万円(一月15万円×12カ月)を見込む。彼は、賃貸暮らしなので、老後の生活比率は今後の現役時代の0.8倍でいきたいと考えている。現役期間を65歳になるまでの15年間、老後を95歳になるまでの30年間とする場合、彼は、どう暮らすといいのか。
早速計算してみよう。
分子は、0.8×600万円−180万円−2,400万円/30年=220万円だ。分母の方は、(15年/30年+0.8)×600万円=780万円だ。必要貯蓄率は、約28.2%にもなる。毎月14万円強の貯蓄に励むと辻褄(つじつま)が合うので、むろん不可能ではないのだが、「これは、厳しい!」と思う方が多いのではないか。
しかし、例えば、そこそこに稼いでいて金融資産があっても、例えばコストの掛かる都会暮らしで、現役時代と変わらない生活をしたいと思った場合に、「わりあい恵まれた普通の人」が直面するのは、こういう現実だ。
C氏には、いくつかの選択肢がある。
例えば、地方暮らしを選択するなどで、老後生活費率を、現役時代の0.6(倍)に落とすことができるとどうなるか。
分子は、0.6×600万円−180万円−2,400万円/30年=100万円だ。分母の方はというと、(15年/30年+0.6)×600万円=660万円なので、必要貯蓄率は15.2%まで下落する。「生活を縮小できるノウハウと自信」こそは、それが可能であればだが、老後不安に対する最強の備えと言えるだろう。
しかし、C氏は、都会暮らしに未練があるとしよう。この場合、現役期間を5年延ばすことが可能だとどうなるか。現役期間が延びると老後期間が縮む効果もある。
分子は、0.8×600万円−180万円−2,400万円/25年=204万円だ。効果が表れるのは分母の方だが、(20年/25年+0.8)×600万円=960万円となるので、この場合の必要貯蓄率は21.3%となる。30%よりは楽だ。
それでも21.3%は大変だと思うなら、さらに、老後生活費率を0.7倍にしてみよう。分子は0.7×600万円−180万円−2,400万円/25年=144万円だ。分母は、(20年/25年+0.7)×600万円=900万円だ。必要貯蓄率は16%まで下がる。毎月8万円貯めて、42万円で暮らすといいということだ。ただし、老後の生活は毎月29万4,000円で暮らせるように設計しなければならない。
70歳まで働いて、老後は現役時代の0.7倍を前提として、C氏が運用上取っていいリスクを検討しておこう。仮に、2,400万円を全額内外のインデックスファンドに投資していたとすると、1年間の最大損失額は、投資額の3分の1、すなわち800万円くらいだ。金融資産が800万円なくなると、どうなるか。
分子は、0.7×600万円−180万円−(2,400万円−800万円)/25年=176万円、分母は先の計算と変わらず900万円なので、約19.6%が必要貯蓄率だ。「必要貯蓄額が20%までいかないから、大丈夫!」という腹づもりを持つことができれば、このリスクは十分負担可能だと分かる。
リスク資産の期待リターンが年率5%だとすると、2,400万円は、来年に向けた1年間で120万円増えると期待できる。もちろん、そんなに増えないかもしれないし、もっと増えるかも知れない。来年になったら、変化した資産額を反映させて、また計算し直してみるといい。
「面倒くさくない!」お金の管理法
この「人生設計の基本公式」は、ファイナンシャルプランナーの岩城みずほ氏と筆者の近刊予定の共著『そこ、ハッキリ答えて下さい!「お金」の考え方 このままでいいのか心配です。』(日本経済新聞出版社刊)を作る際にできたもので、命名者は岩城氏だ。
この公式には、「必要な貯蓄ができるような家計なら、お金について“面倒くさいこと”は考えなくとも、大いに人生を楽しんでいい!」という、「面倒くさい」が大嫌いな岩城氏の考え方が背景にある。要は「必要な貯蓄」すなわち「稼ぎのうち、今使っていい金額」がしっかり管理できていればいい、という考え方だ。支出の配分や、節約法は、個々に考えたらいい。大枠を押さえておけば、後は個々人の自由でいい。
そして、冒頭にも述べたように、資産運用は誰でも共通の方法で行うことができるし、その結果を、都度都度「人生設計の基本公式」に反映させればいい。
このように単純化すると、お金に関する限り人生はシンプルであり、後は、人生をいかに充実させるかに励むといい。お金で悩むのは、つまらない。
【追記】
「人生設計の基本公式」は、”稼いだお金で生活する”普通の人がお金の生活設計を考える上で大変便利です(資産が巨額で所得ゼロでも生活できるような人には不向きなことが、その後分かりました)。手前味噌ですが、条件を変えながら何度も自分で計算し直してお金について考えられるところが優れています。無料で相談できて、隠し事をしなくていいFPを雇ったようなものだと思ってください。
「2000万円問題」では、平均のケースの試算だけを見せるのではなく、この式の使い方を普及させてほしかった。
最新の説明は、岩城みずほ氏と私の共著『人生にお金はいくら必要か<増補改訂版>』(東洋経済新報社刊)に詳しく載っています。
(山崎元)
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