経済評論家の上念司さんが選ぶ、日本史上に残る「三大増税」後編をお送りします。今回は昭和以降の出来事として、1997年に消費税の税率が3%から5%に引き上げられた件をピックアップ。加えて、令和元年10月の、3度目の消費税増税は今後の日本をどう変えるのか、私たちはどう向き合うべきなのか、についてもご意見を伺いました!

三大増税・その3
橋本内閣が大蔵省に押されて決行した消費税増税
この増税がなければ今も3%のままだった可能性も!

 

 

 日本史に残る三大増税の3つ目は、やはり1989年に改めて導入された「消費税」でしょう。これによって日本の税制は大きく変わり、日本経済にさまざまな影響をもたらします。すっかり根付いた感がある消費税ですが、改めてこの増税の背景と功罪を整理してみましょう。

 もう忘れている人も多いかもしれませんが、もともと消費税は、財政再建や社会保障財源の確保のために導入されたわけではありません。では何が目的だったかというと、直間比率、つまり直接税と間接税の比率を見直すことです。当時、日本の税制は直接税、具体的には所得税に偏ったもので、サラリーマンの税負担が大きいなどさまざまな問題を抱えていました。頑張って稼いでも所得税と住民税を合わせた最高税率は76%。これだけガッポリ税金を取られる仕組みだと、リスクを取って起業しようとする人が増えない、それは日本経済の発展を阻害する要因になりかねない。そこで、直間比率を是正するために消費税を導入したわけです。税収を増やすことが目的でなかったことは、消費税導入に合わせて所得税減税を行っていることからも明らかです。

 私は当時の政府が直間比率の見直しに着手したことは評価してよいと考えています。日本は欧米に比べると直接税の比率が高すぎましたし、いつかは手をつけなければならないことでした。

 しかし問題はその後です。直間比率を是正するために導入したはずなのに、いつしか財政再建や社会保障制度の財源として語られるようになり、さらには3%では少なすぎるという結論となり、導入9年目の1997年に3%から5%に引き上げられます。橋本龍太郎内閣が当時の大蔵省から財政危機を煽られ税率アップに踏み切るのですが、これは今振り返っても悪手の極みだと私は考えています。 

 1996~1997年にかけて日本経済はバブル崩壊の後遺症から立ち直りかけていました。緩和的な金融政策と阪神・淡路大震災の復興特需による大盤振る舞いが功を奏し、成長に向けて歩み出していました。ところが、1997年4月に消費税率が5%に引き上げられると状況が一変。個人消費が急激に落ち込み、景気が悪化、その年の経済成長率はマイナスで終わります。そうしてその翌年から14年続く、長いデフレの時代へと突入します。

 もし橋本総理が財務省のゴリ押しを突っぱねる、もしくは態度を曖昧にして引き上げを先延ばししていたら景気が落ち込むことはなく、デフレに陥ることも避けられたでしょう。その場合、日本経済はまったく違う道を歩んだはずです。

 デフレに陥らなければ国の債務が膨れあがって財政危機を招くこともなかったので、2014年に8%に引き上げられることも、2020年に10%に引き上げられることもなかったかもしれない。それどころか今も3%のままだった可能性もあります。よりにもよってあの時期に、軽率な判断で3%から5%に引き上げたのは最悪の決断だったと、私は今も苦々しく思っています。

本当の正念場は消費税導入後の2021年
何があっても動じるな、そして投資をやめるな!

 以上、日本史に残る三大増税と、その影響について解説しました。残念なことに、日本の場合、政府の増税政策がポジティブな結果をもたらしたというケースはほとんど見当たりません。日露戦争時の増税は、戦争の勝利につながりましたが、あれは戦時下という特殊な状況における政策です。その一方で、増税の導入時期ややり方を間違えて、社会の混乱を招いたり、経済成長を鈍化させたりすることは珍しくありません。その代表例が橋本内閣の消費税増税といえます。

 2014年11月と2016年6月、10%増税を延期しましたが、霞が関の論理、永田町の論理ではもうこれ以上延期するわけにもいかず、さらに来年の2020年、東京オリンピック景気に期待したこのタイミングで、増税に踏み切ったのだと考えます。

 しかし、2014年4月に8%に引き上げられたときは、外需が好調だったという追い風がありました。引き上げ直後は個人消費が悪化し、4-6月期のGDP(国内総生産)は前年比マイナスに転じましたが、その後は外需に支えられ、何とか経済は持ち直しました。しかし、今回の10%増税は、出口の見えない米中貿易戦争、不安定な中東情勢、一触即発のEU(欧州連合)情勢など、外需をアテにすることは難しそうです。好材料がオリンピック以外にない状態なのです。

 今回は軽減税率の導入、キャッシュレス決済によるポイント還元、住宅ローン減税、自動車税減税など増税負担の軽減措置効果はある程度見込めるでしょう。また、東京オリンピック効果もそれなりには期待できると思います。しかし、増税負担対策は9カ月間限定のため、来年2020年の6月で終了しますし、その2カ月後には東京オリンピックも閉幕します。そういう意味では今回の増税は、増税直後ではなく、1年後の2021年、正念場を迎えるでしょう。

 今回の10%への引き上げで、私は、これまで以上に格差社会が広がると考えています。

 私は格闘技系のスポーツクラブを経営しているので、それを例にして予測してみましょう。消費増税で自由に使えるお金が減ってしまうため、消費者は、お金を使わないことを選ぶ層と、お金の使い方を見直す層に分かれます。お金を使わない層は、スポーツクラブを退会。使い方を見直す層は、スポーツクラブの価格と質を見直します。その結果、流行るスポーツクラブと、廃れるスポーツクラブという格差が発生します。

 さらに、消費増税の影響など受けない、インストラクターの質が売りの富裕層向け高級スポーツクラブと、24時間いつでもOKだけどインストラクター不在、のような単価の安いスポーツクラブに二極化が進みます。これは外食産業やエンタメ業界でも全く同じことが起こると考えます。デフレに最適化する会社が生き残り、消費者はその中で経済レベルに合う選択をしていくことになります。

 私は、今回の増税で起こる影響を短期的に想定して右往左往するのではなく、1年後、2年後を見据えることが大事だと考えます。新聞やテレビが未曾有の不況がやってくるなどと騒ぎ立てても冷静さを失わない、株価が下落したり急騰したりしてもむやみにその動きに乗らない、ということを肝に銘じていただきたい。

 そして個人投資家は、とにかく投資をやめないことです。個人投資家とは、長期視点、短期視点の、さまざまな視点で経済を凝視している人たちです。この層が動きを止めてしまうと日本の経済は止まります。未来を信じてイノベーションを起こせるこの層が元気にならなければ、日本の未来は復活しません。 

 しかも、銀行も全く儲かっていないので口座管理手数料といった事実上のマイナス金利が検討されています。リスクを取らない人にはペナルティが課されるというのが時代の流れのようです。なので、銀行預金に切り替えれば資産防衛できるといった短絡的な発想も危険です。私はむしろ手数料の安いインデックスファンドへのドルコスト平均法による投資をお勧めしたいです。

 たくさんの失敗をしてきた日本史を経済視点で振り返ると、経済的に行き詰まった人民は極端な危険思想に走り、国家や政権、社会を壊滅に追いやる、という傾向が頻繁に見られます。日本の失敗史を紐解き、「なぜあんな選択をしてしまったのか」を悔しがり、「あの時どうすべきだったか」を適切に学んでください。それが、現在と未来の選択を誤らないための最大の教訓である、と私は考えます。

 

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