今日は、ボリス・ジョンソン英首相が10月末に何が何でもブレグジット(英国のEU【欧州連合】離脱)を強行する構えであること、事前に離脱条件でEUと合意するのは困難で「合意なき離脱」となるリスクがあることについて、解説します。

ボリス・ジョンソン英首相は「合意なき離脱」をも辞さず、10月末に離脱強行の構え

 英国は、10月末にEU離脱を実行の予定です。ところが、離脱条件について、EUと合意できていません。もし、「合意なき離脱」になれば、英国とEUの間にいきなり「国境の障壁」が復活します。貿易にいきなり関税が復活し、人の行き来の自由も無くなります。そうなると、英国にもにも多大なダメージが及びます。

 ところが、10月末までに英・EUが離脱条件で合意する可能性は、限りなくゼロに近いと言わざるを得ません。テリーザ・メイ前英首相が3年の在任期間(2016年7月~2019年7月)にあらゆる手を尽くして「合意ある離脱」を実現しようとして、できなかったからです。

 英国進出企業には、合意なき離脱リスクに備えて、動き始めたところもあります。ホンダは、英国での四輪車生産からの撤退を発表しました。大手金融機関には、ロンドン拠点をドイツやフランスに移す検討をしているところもあります。

 英国世論は、強硬離脱派(合意なき離脱を辞せず)、穏健離脱派(EUとの良好な関係を残しつつ離脱)、EU残留派(EUに留まるべき)に分断されています。英国議会でも、この3派の対立の溝が深く、延々と話し合いを続けても離脱条件でまとまることができませんでした。それでも英国・EU双方へのダメージが大きい「合意なき離脱」だけは避けようという点では、強硬派、穏健派・残留派すべての意見が一致していました。

 2019年の3月末までに何が何でも「EU離脱」を実現しようとしていたメイ前首相は、離脱を実現することができませんでした。離脱期限を延期し、なんとか「合意ある離脱」実現を目指しましたが、どうしても合意形成ができず、ついに6月7日に首相辞任を発表しました。

 後任に選ばれたのが、強硬離脱派で知られたボリス・ジョンソン現首相です。ジョンソン首相は「合意なき離脱」をも辞さない構えで、10月末に何が何でも離脱を実現すると表明しています。

10月末のEU離脱阻止に野党各党は共闘、与党議員も一部造反、ボリス・ジョンソン首相は9月議会を閉会として対抗

 合意なき離脱のリスクが出てきたことに危機感を強めた野党各党は共闘し、9月2日に再開する予定であった英議会で、強硬離脱阻止に動くはずでした。ところが、ジョンソン首相は、なんと9月中の英議会を閉鎖することを決めてしまいました。強引に反対論を封じ込めてしまった形です。議会は10月半ばに再開する予定ですが、そこから野党が10月末のEU離脱阻止に動いても、時間切れで、EU離脱が実行される可能性もあります。

 実質議会を無視する形で、首相の権限を活用して離脱を実現するやり方に、英国内では驚きととまどいが広がっています。それでも、今のままでは本当に10月末に「合意なき離脱」となってしまう可能性もあります。

 これに対し、野党と与党の造反議員が、共同で「EU離脱を3か月延期する法案」を提出する動きがあります。3か月延期することで、とりあえず、10月の合意なき離脱を回避する策です。ジョンソン首相は、そうなることが明らかならば、「解散総選挙」を実施し、国民の信を問うと述べています。10月に解散総選挙となる可能性も出ています。ジョンソン首相の真のねらいは、解散総選挙を引き出すことにあるとの解釈もあります。

マーケットは意外と平静

「合意なき離脱」の可能性が出てきたというのに、世界の株式市場は意外と平静です。世界の株式市場は過去3年、何度も「ブレグジット(英国のEU離脱)で世界経済が深刻なダメージを受ける」という話しに脅かされ続けてきたので、だんだん同じ話に驚かなくなってきている可能性もあります。たとえるならば、「ブレグジットで大変なことになるぞ」という話がイソップ童話の「おおかみ少年」のようになってしまっています。

 最初に、ブレグジットの恐怖に世界の株式市場が怯えたのは、2016年6月でした。英国の国民投票でEU離脱派が残留派を上回ったとの結果が出ると、世界の株式が一時暴落しました。事前に「ブレグジットが可決されればリーマン・ショック並みの経済危機が起こる」といった大げさな話が、残留派のエコノミストから出されていたからです。現実には、ブレグジットが可決されても、リーマンショックは起こりませんでした。実際の離脱には、2年以上の猶予期間があったからです。すぐには何も変わりませんでした。世界経済は、逆に2016年後半から回復に向かい、世界的に株価が大きく上昇しました。「ブレグジット・ショック」は、絶好の買い場を提供しただけでした。

 それから3年かけて、いよいよ離脱という段になって、もっとも恐れられていた「合意なき離脱」リスクが出てきています。これこそが、最大のリスクですが、マーケットは意外と平静です。

 イソップ童話では、最後に本当に狼がやってきた時に、誰も助けに向かわず羊がみな狼に食べられてしまうというオチでした。本当に狼(合意なき離脱)は来るのでしょうか? 狼(合意なき離脱)が来た時に、大惨事(英国・EU経済の混乱)は起こるのでしょうか? 今後の展開を見極めていく必要があります。

英国民がEUからの離脱を望むのはなぜか?

 英国民がEU離脱を望むのには、3つの理由があります。【1】移民難民に対する不安、【2】EU・ドイツへの反感、【3】経済的に弱いEU加盟国を支えなければならないことへの不満です。最大の不満は、EU経由で移民難民が流入してくることです。移民によるテロが起こるたびに、不満はエスカレートしています。

【1】EUからの移民流入を規制できないことへの不満

 EU内は自由に人が行き来できるようにルール(シェンゲン協定)が定められています。その結果、2000年代以降にEUに加盟した東欧諸国から、英国・ドイツなど西側諸国へ移民が増えています。近年は、トルコ・ギリシャ経由でシリア難民の流入が増えています。英国は、EU外の国(シリア)から直接イギリスに難民が入っていることは規制できますが、一旦EU加盟国に入国を認められると将来EU経由で難民がイギリスに流入することを防げないとの懸念があります。英国には、年25万人程度の移民が流れ込んでいますが、その約半分がEUからの移民です。

 移民は低賃金の労働者となり、英国経済を支えてきたが、最近は、移民増加のペースが高まったことにより、英国の低賃金労働者と競合が起こっています。さらに最近、欧州および米国で、移民が引き起こす犯罪やテロが問題化していることも影響して、英国を含め、欧州各国で反移民運動が広がっています。

【2】EU・ドイツへの反感

 英国には、大陸欧州に先んじて市民革命や産業革命を遂行してきた歴史があります。誇り高きイギリス人の言葉の節々に、EUを実質的に支配するドイツへの反感が見え隠れしています。

 離脱強硬派の主張には、「EUに支配されない真の独立を勝ち取ることが重要」、「EU残留を可決することは、EU官僚に対し無条件降伏を表明するのと同じ」、「EUが国家を超えた国家としてイギリスに君臨するのを許すな」など、感情的な表現が混じることがあります。EUをドイツに置き換えると、その意味するところがわかります。

【3】EUに取られる巨額の負担金に不満

 EU運営に必要な予算に対し、EU各国に負担が割り振られています。負担は、経済力の強い国が大きく、経済力の弱い国が小さくなる仕組みです。ドイツがもっとも大きな負担金を出しています。英国は、オランダ・フランスなどと並び、大きな負担金を強いられています。EUから離脱すると、負担金を免除されるので、離脱派はそのメリットを訴えています。

 EUはこれまで、ギリシャ支援に巨額の資金をつぎ込んでいます。ギリシャだけでなく、ポルトガル・スペインなど、EU内には、対外債務の大きい国が多数あります。英国民は、EUの低信用国を支えるために、英国の税金が使われることに、納得できないと考えています。

アイルランド国境問題が、離脱条件の合意を阻んでいる

 合意を阻んでいる致命的な問題が、アイルランド国境問題です。英国領の北アイルランドは、EU加盟国であるアイルランドと地続きです。現在、国境管理はなく、人やモノの行き来が自由です。そこに国境管理を導入するか否かが最大の争点となっています。

 強硬離脱派は、国境管理を厳格にしないと、EU経由で流入する移民難民を食い止められないと考えています。ところが、与党保守党および連立を組む北アイルランド政党(DUP)は、アイルランドとの国境を閉ざすことは、経済的にも歴史的経緯【注】からも受け入れがたいと考えています。

【注】アイルランドが英国から独立した時、北アイルランドは英国に残留することを選んだが、北アイルランド内でその後も、残留派と独立派で長く紛争が続けられた。現在は、和平が成立しているが、それはアイルランドとも英国とも自由に行き来できることが前提となっている。

 アイルランドとの国境管理を復活すれば、長い紛争の後、やっと和平にたどりついた北アイルランド問題に、改めて紛争の種をばらまくことになりかねません。

EU加盟国にも、EUへの不満が蓄積

 英国の離脱条件が決まらないことに対し、EU側にも焦りがあります。合意なき離脱になれば、EUにもダメージが及ぶからです。

 英離脱のダメージを小さくするには、離脱後も、英国が関税同盟(関税なしで貿易できる)に留まることを認めれば良いと言えます。ところが、簡単にそれを認められないところに、EU側の苦悩があります。

 というのは、EU加盟国内でも、反EU勢力がどんどん拡大しているからです。英国に、いかにも「いいとこ取り」のような離脱を許せば、英国を真似て、関税同盟に留まりながらEUから離脱を目指す動きが広がりかねない不安があります。

 EU加盟国の国民に広がるEUへの不満も、英国民の不満と構造は同じです。移民難民が流入することへの不満と、EUドイツに支配されることへの不満です。

共通通貨「ユーロ」の幻想

 出口の見えないEUの構造問題の元凶は何か考えると、共通通貨ユーロに行き着きます。今になってみると、経済構造がまったく異なる欧州の国々が統一通貨を持つという構想は、幻想だったと言わざるを得ません。

 ギリシャの債務問題を悪化させたのは、共通通貨ユーロの存在です。ギリシャは2001年に自国通貨ドラクマを廃止して共通通貨ユーロを採用しました。

 もしギリシャがEUに加盟せず、通貨ユーロを使用していなければ、ギリシャの通貨ドラクマは、2001年以降、経常赤字の拡大とともに、対ユーロ・対ドルでじりじりと下落し続けたはずです。通貨が下落すれば、輸入インフレが引き起こされ消費が抑えられます。一方、観光業・海運業など外貨をかせぐ自国産業は活性化します。経常赤字拡大→通貨下落→輸入減少・輸出活性化→経常赤字減少という「教科書的な為替調整機能」が働いていたはずでした。

 ところが、ギリシャはドイツの信用で支えられた通貨ユーロを使用していたため、通貨は高止まりし、為替による調整機能が働きませんでした。ユーロを使い続けていたギリシャは、経常赤字を拡大させても通貨安による輸入インフレに見舞われることがありませんでした。それで、さらに経常赤字が拡大するという構造に陥りました。

 スペインもポルトガルもイタリアも、大なり小なり同じ構造問題をかかえています。自国通貨が下がることによる「消費抑制効果」が働かないため、過剰消費は抑えられません。そのまま放置すると最後は、ドイツなど経済強国からの補助金で、埋め合わせなければならなくなります。そうなっては困るから、ドイツはEUを通じて緊縮財政を強制します。

 スペイン・ポルトガル・イタリア人は、自国通貨の下落によるインフレによって消費が抑圧されるならば、それは自国経済が弱い為とあきらめるでしょう。ところが、EU・ドイツの命令で、緊縮財政をやらされ、それで消費が抑圧され、景気が低迷していると聞かされると、EUへの怒りが蓄積していきます。

 今のところ、南欧諸国の反EU勢力は、「反緊縮」「反移民」を唱えているだけで、EUからの離脱を明確には宣言していません。自国通貨を捨て、共通通貨ユーロを採用してしまった以上、それを自国通貨に戻すにはあまりに巨額のコストがかかるからです。EUに留まった上で、EUの規制に反旗を翻すスタンスをとっています。

 英国がEUからの離脱を決断できたのは、通貨まで共通化せず、英ポンドを残していたからです。通貨を人質にとられたEU諸国は、EUからの離脱を簡単に口に出来ません。ただし、イタリアやフランスで反移民・反EUを唱える政党が急速に勢力を拡大するなど、欧州各地で反EU勢力が拡大しています。

ドイツにも焦り

 EUを主導しているのは、EU最大の経済強国ドイツです。南欧のEU加盟国で勢力を拡大しつつある急進左派勢力や極右勢力など、反EU勢力は、今のところ「EU官僚」「ブリュッセル(EU本部があるベルギー首都)」を、緊縮財政を押し付けて景気を低迷させる元凶として批判しているが、一歩間違えば、批判の矛先は「ドイツ」に向かいかねません。

 そのドイツに焦りがあります。経済的に弱体のギリシャなど南欧諸国を、ドイツがEUを通じて財政的に支えていることに、ドイツ国民の不満が膨らんでいるからです。「われわれの税金を使ってギリシャを支えるのはやめろ」という声が広がっています。財政規律を重んじるドイツ・オランダなどは、第2・第3のギリシャが現れることを防止するために、財政状態のよくない南欧諸国に、何としても緊縮財政を守らせなければならないと焦っています。

 EUを主導するドイツでも、反移民・反EUを掲げる極右政党「ドイツのための選択肢」が勢力を拡大する事態が起こっています。

日本株への影響

 英国のEU離脱問題、欧州全域で反EU勢力が拡大している問題は、簡単に解決せず、長期的にくすぶり続けるリスク材料となるでしょう。ただし、すぐに世界経済や世界の株式に大きな影響を及ぼすものではないと考えています。当面、日本株に与える影響は、あまり大きくないと考えています。

 日本株の投資判断は変わりません。日本株は、買収価値や配当利回りから見て「割安」と判断しています。世界経済の混乱で売られる局面では、大型の高配当株から積極的に買っていくべきと考えています。

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