7月6日大阪にて開催された楽天証券の20周年セミナー。伝説の金融アナリスト、デービッド・アトキンソン氏が講演した「講演内容:生産性の向上について~人口減少×高齢化に打ち勝つ企業の生産性向上戦略~」の後編です。

経営者のリスクを取った挑戦が日本経済を救う

 生産性はどんな要素によって決まるのか。英国政府が複数の大学に依頼して長期に渡る膨大なデータを分析した結果、導き出した要素の順番はこうです。

1.Entrepreneurship
2.設備投資
3.社員教育
4.技術革新
5.競争

 Entrepreneurshipはわざと翻訳しませんでした。日本では起業家精神と訳されますが、それはEntrepreneurshipの定義の一部であり、正しくは「リスクを取って新しいことに挑戦すること」です。新しい商品を開発する、最先端技術を活用する、企業のあり方を全面的に変える……というようなこと。

 これが0.91ということは、生産性向上を実現するためにはほぼ、社長の挑戦したい気持ちで決まるということ。起業家でなくても、既存企業の経営者でも、その気持ちがあれば実現できます。

 社長のリスクを取って挑戦するという気持ちが固まれば、それを実現するための設備投資と社員教育が必要となり、その後にさらなる技術革新が求められるというわけです。

「輸出小国」日本がやるべきことは輸出比率を高めること

 では、具体的に日本経済をよくするためには何をしていけばいいのか。まずは「輸出比率を高めること」です。どの国でも例外なく、輸出比率が高くなればなるほど所得水準が高く、生産性も高いです。教科書通りの理屈です。

 日本は人口減少により内需が減り、供給が過剰になることが目に見えているので、供給過剰分を削減するのではなく、できる限り海外に輸出することが望ましいのですが、日本の輸出比率は高くありませんのでチャンスです。

 こう言うと、「いえ、日本は輸出大国です」と反論されるのですが、日本は「輸出小国」です。確かに輸出総額の多い順では、日本は中国、米国、ドイツに次いで世界第4位ですが、金額は3位ドイツの約半分です。ドイツの人口は日本の約3分の2しかないので、かなりの差をつけられていることがわかります。具体的な数字で引き直すと、人口1人当たりでは世界44位、対GDPの輸出額の比率では日本は世界で113位です。しかも輸出額の大半は自動車が占めており、その他の商品の割合はごくわずかです。

 日本の潜在能力を考えれば、輸出を増やす余地はまだまだ残っています。その好例が、私が深く関与している観光産業です。国内の神社仏閣、スキー場などは、人口の減少で来訪者数が減っています。それなら外国人に来てもらおうと、政府は入国手続きの簡略化、フリーWi-Fiの提供、文化財の多言語化などの施策を推進し、外国人の誘致に力を入れました。神社仏閣は輸出できませんが、外国人が外貨を使ってくれるので輸出産業と言えるのです。訪日外国人数は2012年の800万人に対し、今年は3,400万人になりそうです。観光収入も1兆円から5兆円に大きく増えました。生産性が向上したというわけです。

 では輸出比率が高くなることと生産性が向上することには因果関係の流れはどうなっているのでしょうか。

 ドイツの学者がその因果関係を研究して論文を発表しています。生産性が高いから輸出ができるのか、逆に輸出をするから生産性が高くなるのか。結論は「生産性が高いから輸出ができる」でした。生産性の低い企業は輸出をするのも難しいのです。

 輸出企業の特徴はなにか。「従業員数の多さ」です。先の論文によると、輸出する企業の平均社員数は180名、輸出しない企業の平均社員数は58名。小規模・中小企業が減って、中堅・大企業に集約されればされるほど産業構造が強くなり、輸出が増えて、さらに産業構造が強くなるという好循環が確認されています。

小規模・中小企業の多さが生産性向上を妨げる

 私は36年間、日本経済の分析に携わってきました。日本には、技術力が高く、人材が優秀で、勤勉に働き、社会は安定して治安がいいという強みがあるのに、生産性は28位にとどまっています。スペインとイタリアは、生産性は31位と33位ですが、労働人口では24位と30位。国際競争力は19位と21位。これらの順位はほぼ一致しています。日本の国際競争力は5位なのに、生産性は28位。両者のギャップが世界一開いています。

 生産性の低さについて、「会議が多い」とか「農耕民族だから仕方ない」などという人がいますが、それらを裏付けるデータはなく、感情論に過ぎないことが分かっています。でも、どこかに謎を解く鍵があると思い、36年間追ってきたのですが昨年8月、ようやく謎を解く鍵を見つけました。日本とイタリア、スペイン、ギリシャの共通点はほとんどないのですが、一点だけありました。それは従業員20人未満の企業で働く労働者人口の比率が、日本とイタリアなどの国とでは、ほぼ変わらない水準にあるということです。

 一方米国はその割合が低く、デンマーク、ドイツ、ベルギーなども近い水準です。米国の強みは成長性の高いベンチャー企業の多さと解釈されることが多いのですが、最大の強みは従業員20人未満の会社の割合が著しく少ないということです。データで見ると従業員250人以上の企業の比率は米国49.8%、日本はギリシャと並ぶ12%です。

 小規模な企業の給料が全体として低いことは、日本も海外も同じです。日本の場合、従業員10人未満の平均給与(年収)は300万円ほどで、企業規模が大きくなるほど年収が高くなります。企業規模が大きくなれば、当然ながら労働の分割ができて、従業員の専門性が上がり、労働に余裕が生まれ、商品開発など将来の投資のための作業ができるので競争力が高まり、さらに規模が大きくなることができるのです。

経営者は積極的に生産性向上に関与すべき

 現在日本の企業数は360万社あり、ほとんどが小規模・中小企業です。この数は2060年には150万社まで減ると予測されています。厳しい言い方ですが、もし予測通り減らなければ日本経済はだめになり、減っていけば再び経済成長が望める構造に変わるでしょう。

 小規模・中小企業の減少が失業率の向上につながるというのは勘違いです。人口減少により、企業数が減少しても失業率は増えません。労働者が集約されるだけです。

 これまでの日本経済は人口増加型資本主義でした。「いい物をより安く」が通用したのは、人口が増加して需要が増え続け、商品の単価を下げることで需要が喚起されてより利益が出る環境があったから可能でした。人口が減少する人口減少型資本主義の時代では、単価を下げても短期的に需要を喚起できるだけで長期的には減り続けます。「よりいい物をより高く」して生産性を高めなければ生き残れなくなるでしょう。

 人口減少時代の生産性は自動的に高まるものではありません。社長が生産性向上を図ると決めて、能動的に動く必要があります。

 欧州ではこんな実験が行われました。最低賃金を強制的に引き上げる指導をすれば、生産性が上がるのではないかという実験です。一番の成果を出したのは英国です。1999年に最低賃金を3.60ポンドとしてからほぼ毎年引き上げられて、2018年は7.83ポンドになりました。2.2倍の引き上げです。年平均引き上げ率は4.17%。これにより生産性は先進国中最高水準の1.7倍に向上しました。

最低賃金を上げると生産性が高まる

 これが長年かけて実証された事実なのです。

 日本の最低賃金は諸外国の7割程度と言われています。先進国ではダントツの最下位。しかも諸外国では、人材評価と最低賃金がほぼ一致しているのですが、日本は人材の評価が高いのに、最低賃金が低い。評価と賃金に乖離(かいり)が大きいのです。搾取経済の証拠と指摘したくなります。

「韓国では最低賃金を引き上げて失敗したではないか」。そんな指摘が聞こえてきます。韓国が失敗したポイントは、わずか2年間で30%も上げたところにあります。海外の論文では、毎年12%以上上げると経済に悪影響を与えることが分かっています。それなのに昨年、韓国は16.4%も上げた。経済に悪影響が出るのは当たり前です。日本は毎年4~5%ほど上げていけば、再び経済は成長するはずです。

 賃金を引き上げると失業者が増えるという懸念を指摘する人もいます。これも否定された仮説です。英国、ドイツ、香港、中国、フランス、ニュージーランド……いろいろな国・地域の最低賃金引き上げの結果を検証すると、失業率は高くなるどころか低下しました。英国は歴史的最低水準まで下がっています。

生産性を向上させないと誰かが破たんする

 生産性を上げて所得を増やしていかないと、日本の未来はどうなるのでしょう。社会保障を劣化させれば世の中に貧困高齢者が増えて個人消費が減る。高齢者の社会保障を維持したままでは生産年齢人口に過剰な負担がかかる。そのどちらも避けようとすると国の借金が増えてしまう。高齢者が破たん、生産年齢人口が破たん、国が破たんの3つの選択肢しかありません。

 日本の人材育成投資は2010年以降約0.5兆円と低迷しています。対GDP比では米国の2.1%(44兆円)対し、日本は0.1%にすぎません。人口は米国の3分の1なので、15兆円の補助金を出したとしても、あまりにも小さい企業が多すぎて、効果が得られにくい状況です。私が代表を務める小西美術工藝社が属する業界でも、30億円市場を20社で分け合っています。従業員3人という会社もあり、このような規模ではITの活用どころか、会計のパッケージソフトすら使う必要がありません。新しいことをしようとしても人材が足りません。補助金をいくら導入しても、小規模・中小企業が多いという根本的な構造にメスを入れなければ解決されません。

 女性活用も同じです。従業員20人未満の企業の比率が高くなるほど女性活躍ができないという統計があります。さらに、現状の日本では、女性の収入は男性の約半分ほどであり、女性の労働者が増えれば増えるほど、全労働者に占める生産性の低い人の割合が増えることになります。この点も改善していかなければなりません。

能力にふさわしい賃金が得られる社会を目指せ

 手前味噌の話をさせてもらうと、私は金融アナリスト時代、大手銀行21行を統合して4行にせよというレポートを書いてバッシングにあいました。しかしすぐに統合が実現し現在は3行(グループ)に集約されました。その後、観光戦略を実行しないと地方が疲弊すると警鐘を鳴らし、観光戦略が推進された結果、先ほどお話ししたような成果を得ることができました。感情論に流されず、電卓を叩いて答えを出せば、正しい結果を導き出すことができます。

 企業を集約して生産性を向上させて労働者の賃金が上がる環境を作り出せれば、日経平均株価も上がります。もしそれができなければ、日経平均株価は2万円台から大きく上がることはないでしょう。

 私は日本人にもっと潜在能力を発揮してもらって人口減少に耐える仕組みを作り、GDP総額が大きく増えなくても一人一人の能力にふさわしい賃金を得ることで豊かな社会が実現して欲しいと願っています。それができれば日本経済にも大きな期待が持てると考えています。

■デービッド・アトキンソン

1965年英国生まれ。オックスフォード大学で日本学専攻。1987年アンダーセン・コンサルティング入社。その後ソロモン・ブラザーズ証券、ゴールドマン・サックス証券を経て、2009年、国宝重要文化財の修復を手がける小西美術工藝社入社。2011年同社会長兼社長に就任。

 

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