前回の第7回では、綿花相場の急騰について書きました。今回は同じ農産品銘柄の一つ、「コーヒー」の急騰の噺です。

 ※コーヒー豆の種類や生産、消費、輸出、輸入などの基礎的なデータは以前のレポート「コモディティ☆クイズ【9】「コーヒー関連国(地図付)」の世界シェアは?」 で確認することができます。

1975年から1976年にかけて、コーヒー先物価格が急騰

 以下は、米国の先物市場で取引されているコーヒー豆(アラビカ種)先物の価格です。これは、コーヒー豆の国際的な価格の指標の一つです。

単位:セント/ポンド ※1ポンドはおよそ450グラム
出所:CME(シカゴ・カーマンタイル取引所)のデータをもとに筆者作成

 1975年初頭、コーヒー価格は1ポンドあたり46セント前後で推移していました。しかしその後、1977年3月に300セントをつけました。およそ2年間で価格が約6倍になったのです。

 これ以前の40年間、コーヒー相場は安値が50セント近辺、高値が300セント近辺で停滞していました。1975年前後の約2年間で、歴史的な安値から歴史的な高値まで、目いっぱい上昇したわけです。まさに歴史的な急騰だったと言えます。

農産品は「生産量減→価格上昇」が典型パターン

 コモディティ(商品)と一口に言っても、金やプラチナ、銀、パラジウム、銅、原油、ガソリン、灯油、軽油、トウモロコシ、大豆、砂糖、そして今回のコーヒーなど、金属、石油関連、農産品まで、実にさまざまな品目があります。

 これらの値動きについて考えるとき、生産量、消費量、需給バランス(生産量-消費量)、投機筋の動向、その他、周辺要因として世界の景気動向を示す経済統計や株価、そして各種通貨の動向などを参考にします。

 各品目いずれも、広範囲な変動要因の影響を受けながら価格が推移しているとみられますが、筆者はとりわけ“生産量”の動向が、価格に大きな影響を与えていると考えています。生産量の減少は価格上昇、増加は価格下落の一因になります。

 例えば、鉱山でストライキが起これば、金やプラチナ、銀など当該鉱山で生産されている貴金属の生産量が減少することが連想され、OPEC(石油輸出国機構)が減産をしたり、中東情勢が緊迫化したりすれば、原油の生産量が減少することが連想されます。このような生産量の減少観測もしくは実際の減少がこれらの品目の価格上昇の一因になります。

 同じ価格上昇でも“消費量の増加”も一因になることがありますが、生産量の減少の方が、“あるはずのものがなくなる”“なくなると困る”といった、想定される変化に対し強い警戒感・緊張感が生じやすく、価格動向へのインパクトは強くなると筆者は考えています。

 コーヒーなどの農産品における「生産量の減少」が起こる典型的な例としては、「天候不順」が挙げられます。今回取り上げた、1975~1976年の2年で、コーヒー価格が歴史的安値から歴史的高値に急騰した理由も、この天候不順が主因と言われています。

 天候不順が発生し、大規模な生産減少が起きたのは、世界No.1のコーヒー生産量を誇る南米のブラジルです。天候不順とは、霜(しも)の害、霜害(そうがい)です。

霜害発生、ブラジルのコーヒー豆生産量がおよそ半分に

 ブラジルは世界No.1のコーヒー豆(アラビカ種)生産国です。以下のグラフは、コーヒー豆(アラビカ種)生産国、上位3位の生産量を示したものです。

単位:1,000袋(1袋=60キログラム)
出所:USDA(米農務省)のデータをもとに筆者作成

 南半球の冬にあたる6月から8月、南回帰線(南緯23.4度)付近に位置するブラジル南部のコーヒーの主要生産地域では、霜が降りることがあります。

 冬には収穫は終了しているため、直接、霜がコーヒーノキ(コーヒーの実がなる木)の果実に影響を及ぼすことはないものの、冬の晴れた夜明けに急激に気温が下がり、コーヒーノキの葉に霜が降り、その後、日差しを受けて霜が溶けて水分が温められると、歯が茶褐色になって落ちてしまい、枯れることがあると言われています。

 そして、この霜害による落葉が、翌年以降の数年間、生産量を減少させる要因になると言われています。

 同地域で降霜は珍しくありませんが、1975年に起きた降霜は規模が大きかったこと、霜害に強い品種の改良が行われていなかったことなどにより、大規模な生産減少に見舞われました。

 USDA(米農務省)のデータによれば、大規模な降霜の翌年にあたる1976年度のブラジルのコーヒー豆(アラビカ種)の生産量は、1960年度から2018年度の58年間で最も少ない900万袋となりました。

単位:1,000袋(1袋=60キログラム)
出所:USDA(米農務省)のデータより筆者作成

 供給不足になるのではないか? と消費国で不安が高まったこと、その後、実際に生産量が歴史的な低水準まで減少したことが、コーヒー豆(アラビカ種)先物価格を急騰させたと考えられます。

 1975~1976年のコーヒー相場の急騰を風が吹けば桶屋が儲かるに当てはめれば、南半球が厳冬に見舞われたらコーヒー相場が急騰したということになります。

 

アラビカ種の動向が、コーヒー相場を左右する

 USDA(米農務省)の統計によれば、以下のとおり、世界全体に占めるブラジルのコーヒー豆生産(アラビカ種)シェアは、40%を超える状態が続いています。生産量は世界全体で年々増加する傾向にあるため、ブラジルの生産量も年々増加傾向にあるわけです。

出所:USDA(米農務省)のデータより筆者作成

 降霜や病気に強い品種が開発されているとはいえ、温暖化が進んでいるとされる地球において、想定外の気象変動が起きることも想定しなければなりません。

 コーヒー豆の先物価格の動向をみていく上では、世界No.1のコーヒー豆(アラビカ種)の生産国であるブラジルの気象変動に引き続き注目していく必要があると思います。

 

コーヒーこぼれ話 生産エリアは「コーヒーベルト」

 世界で栽培されているコーヒーノキは大きく分けて2種類あります。「アラビカ種」と「ロブスタ種」です。ともに原産地はアフリカです。

 アラビカ種は主に亜熱帯性気候の標高1,000メートル程度の地域で栽培されています。デリケートで気温の変化や病気に弱い品種と言われます。今回取り上げた、相場が急騰したのはこのアラビカ種です。

 一方、ロブスタ種は気温の変化や病気に弱いアラビカ種を補う形で生産が拡大した「強い」品種です。

 また、ロブスタ種はアラビカ種に比べて、カフェインが約2倍、水出しの場合多く抽出できる、香りが強いなど、比較的経済性が高く、安価な大量消費に向いていることから、インスタントコーヒーや缶コーヒーに用いられることが多いようです。

 コーヒー豆は、北緯・南緯25度以内の国(気候の区分における「熱帯」とおおむね一致)で生産量が多く、このエリアを指して「コーヒーベルト」と呼ばれています。

 このエリアの気候が乱れると、コーヒー豆の価格変動が起こる可能性があるということになります。

出所:CME(シカゴ・カーマンタイル取引所)のデータをもとに筆者作成
出所:CME(シカゴ・カーマンタイル取引所)のデータをもとに筆者作成