円相場には日本の景気に逆行するアマノジャクな性質があります。このコラムでは、日本人にとって自国通貨である円の性質を理解しながら、経済と市場の現状を理解し、投資の今後を読み解きます。

為替変動は美しい

 為替は攪乱(かくらん)的で不可解なものと考える人は多いでしょう。しかし、為替変動には美しいロジックがあります。日本人にとって為替と言えば、まずは円相場になりますが、「為替は攪乱的で不可解なもの」と印象づける原因に、「円相場の持つ強烈なアマノジャク性」があります。このため、経済や相場について直感的に理解している方向とは逆に、為替は動きます。

 日本の投資家は長年、このアマノジャクさに振り回されて、散々な目に遭わされてきました。為替リスクをとって海外投資するのは、もうコリゴリという人を相当生み出しました。しかし、円相場は徹底したアマノジャクです。アマノジャクなりのきちんとした理屈があると考えれば、実に素直なアマノジャクだと言えます。

 このコラムでは、円相場のアマノジャクな面を明らかにしながら、さまざまな通貨の動きを貫く、美しいロジックを浮かび上がらせていきます。

 為替変動のロジックが「美しい」とは、経済や金利、株式など他の市場の動きにきちんとリンクし、機能していることを意味します。そのため、為替を理解すれば、世界と市場を体系的に捉えることができるのです。

円相場は日本景気に逆行する

 早速、円相場のアマノジャクぶりについて、典型的な事例をご紹介しましょう。それは、「日本の景気が悪化するときに円は強くなり(円高)、景気が良くなるときに円は弱くなる(円安)」性質です。

 図1で、日本銀行の短期経済観測(3カ月ごとの企業景況感のアンケート調査)の代表指標である大企業製造業の業況判断指数(DI)と、ドル/円相場の動きを並べています。日銀短観のDIは、日本の景気サイクルをきれいに映し出してきました。両線の山と谷を見比べると、日本の景気にドル/円相場がやや遅れて連動しています。

図1:日本の景気とドル/円のサイクル 

出所:日本銀行、Bloomberg Finance L.P.のデータから田中泰輔リサーチ作成

 悩ましいのは、日本の景気が良くなると、少し(平均1年半ほど)遅れて円安が進み、景気が悪化すると、やはり少し(こちらも平均1年半ほど)遅れて円高になるという巡り合わせです。日本の景気が悪いとき、外国人がことさらに日本株を売るのに、なぜ円高(円買い)になるのか、このアマノジャクぶりに面食らって、円相場は理解不能とサジを投げた人も多いはずです。

海外投資に大敗した理由

 景気に逆行する円相場の理屈は次回に解説しますが、今回は景気に対するアマノジャクという事実関係をしっかり押さえたいと思います。日本人が海外投資で失敗を繰り返してきた理由が浮かび上がってきます。

 日本では好景気が続くほど、株価が上昇し、円安で外貨資産も値上がりし、フトコロ具合が良くなります。そして、投資家は高リスク投資に積極的になり、たびたび外貨資産を買い過ぎてきました。ところが、景気が下り坂に転じる頃には株価は下がり、やがて円高で外貨資産にも為替差損が生じます。

 早々に利益を確定させて退避すれば良い話ですが、それをためらわせる事情もありました。

 好景気、株高、円安のときは、投資家も、投資家に金融商品を売る金融業者ももうかり、みな笑顔です。多くの金融業者の相場予想は自ずと株高、円安に偏ります。そんな彼らが株安、円高への相場の転換をいち早く予想することはほぼありません。さらに景気悪化で株安、円高の典型的な局面に移っていても、株安、円高の予想を出せなくなりがちです。顧客である投資家を苦しめ、金融業者自らの首を絞めることになるとしても。

 やがて彼らは割り切ったように、「大丈夫です。円安が来ます。株高になります」と、日本の投資家の応援団のように振る舞うようになるのです。専門家にそう言われたら、一般の投資家は資産を売ることなく持ち続け、やがて含み損が膨らんで身動きとれなくなるという事態を繰り返してきました。

円を「逆さメガネ」で見て世界を楽しむ

 このように、日本人が円で株式や外貨資産へ投資すると、良いときと悪いときの落差が激しいサイクルに交互に見舞われてきました。しかし、円相場の変動は、理屈が明快な上、景気に対して遅れて動くものです。つまり、景気の変調をじっくり観察してから対応できるので、後出しじゃんけんのような、「濡れ手に粟」の投資ができたはずです。

 さて、図1をもう一度ご覧ください。いま、日本経済に陰りの兆しが出ています。私は、2018年後半を通して、株式もドル/円も相場の終盤を示す黄信号が点滅しているため、リスク投資のポジションを減らすべき局面だと、メディアなどで伝えてきました。

図1:日本の景気とドル/円のサイクル 

出所:日本銀行、Bloomberg Finance L.P.のデータから田中泰輔リサーチ作成

当コラムのこれからの狙い

 当コラムではしばらく「円の秘密」をシリーズとして考察していきます。アマノジャクな円の性質を前提とすれば、日本人に適した投資パズルの解法も、直感的、常識的ではないものになります。相場の動きに悩まない、流行の「長期+分散+積み立て」投資から、知的格闘を楽しむ一歩先のリスクの取り方もご紹介します。

 アマノジャクな円という「逆さメガネ」からは、主要な通貨の性質もスッキリ見通せるようになるでしょう。このコラムを通し、円相場を見る逆さメガネに慣れることで、世界の絶景、投資の異景をぜひ一緒に楽しんでいただきたいと願っています。

 次回は、円相場が景気に対してアマノジャクに振る舞う理由を解説します。円相場が日本の景気に見事に連動するというのに、日本の景気自体の分析が円相場の予測にとってさほど重要ではない、というミステリアスな事実もお伝えしたいと思います。