雇用統計は予想を大きく下回り、108円割れ

 前回のコラム「5月は一直線の円高。6月は?トランプ貿易戦争、FRB利下げ論の行方は?」で、「1ドル=108.25円が重要ポイント」とお伝えしました。すると、先週7日(金)のNY市場の終値がちょうど108.25円近辺でした。まるでマーケットが相場を分かっているような終わり方でした。

 この1ドル=108.25円とは、年初来高値112.40円と年初来安値104.10円(※1)の半値の水準です。半値の水準より円高で推移すれば年初来安値を目指す動きに、逆に108.25円を割り切れなければ、年初来高値の方向に再び上昇していく傾向があります。

(※1)高値、安値は各種相場情報から筆者が判断した水準。

 また、7日には注目の米雇用統計が発表されました。非農業部門雇用者数が7.5万人と予想の18万人を大きく下回り、前月の22.4万人(下方修正後)からも大きく減少しました。

 この雇用統計の数字を受けて、ドル/円は1ドル=108円割れ。そのまま107円台で推移し、108.25円以下で週越えかと思われました。しかし、メキシコへの制裁関税発動回避で、108円台に押し戻され、108.25円近辺で週を終えました。

 先週は、米国株も大きく反発しました。

 NYダウ平均株価は5日続伸。週間で1,168ドル上昇しました。5月は月間で1,777ドル下落し、大変な月でしたが、6月に入ると一転して、5月の下げを1週間で65%も回復しました。ドル/円も株上昇に支えられて円安に動いています。

 株が反発した原因は、メキシコへの制裁関税発動見送りだけではありません。利下げ期待が大きく後押ししました。6月4日のパウエルFRB(米連邦準備制度理事会)議長の講演会での発言(※2)によって利下げ観測が強まり、株は反発。7日の弱い雇用統計で利下げ期待が一段と高まり、週末まで米株は上昇して終えました。    

(※2)パウエル議長は「景気拡大を維持するために適切な行動をとる」と発言し、利下げを示唆。

 ここへきて、FRBの利下げ観測がかなり強まってきています。米金利先物市場では年3回の利下げを織り込んでおり、7月までに利下げするという予想は8割に達しています。

 6月のFOMC(米連邦公開市場委員会)は18~19日、7月は30~31日に開催されます。

 6月利下げの見方は一部にありますが、NYダウの史上最高値まで800ドル弱に迫る株価水準で、かつ月末の米中首脳会談の可能性も残っている環境下では、可能性は低いと思われます。6月に次回利下げのシグナルを送り、7月に利下げするとのシナリオが妥当なところでしょうか。

米利下げの背景に留意が必要

 6月のFOMCでの利下げシグナル発信、7月FOMCでの利下げが実施されれば、それぞれのタイミングで株は上がるかもしれません。

 しかし、最も留意しなければならないのは、利下げの背景です。

 パウエル議長は貿易摩擦の悪化による経済減速懸念があるため、「適切な行動をとる」と説明しましたが、利下げしたからといって貿易摩擦が解消されるわけではなく、懸念材料として残ります。景気が回復しなければ、追加利下げの期待も高まりますが、株のけん引材料としては限界が見え、さらに株上昇による円安にも限界が出てきます。

 トランプ米大統領は10日、米中貿易摩擦について6月中に米中首脳会談が実現しなければ中国からの全輸入品に関税を課す「第4弾」を直ちに実施すると、米経済専門チャンネルのCNBCのインタビューで答え、中国に揺さぶりをかけています。首脳間で一定の合意に達することは可能だと会談への意欲を示していますが、まだまだ先行き不透明な状況は続きそうです。

 メキシコへの制裁関税についてもトランプ大統領は再発動の警告を発しています。

 7日にメキシコへの制裁関税を無期限延期すると表明したばかりですが、トランプ大統領は10日、「(不法移民対策について)何らかの理由で(メキシコ議会で)承認されないようなことがあれば、関税は再び課される」と、ツイッターで関税再発動の可能性をちらつかせています。

各国中央銀行が数年ぶりの金融緩和路線。その背景は?

 貿易摩擦の影響は各国の中央銀行の政策にも反映されてきています。下表のように5~6月に世界の中央銀行は数年ぶりの緩和路線に動き始めています。

 貿易摩擦の影響によって景気の下振れリスクは高まっていますが、貿易摩擦が激化する前から中国経済の減速という懸念材料はありました。従って貿易摩擦が解消されれば、世界景気は上向くとは必ずしも言い切れない部分もあることにも留意する必要があります。中央銀行が利下げに動き始めた国を見ると、中国経済と関係が深い国が多いことは、そのことも物語っているのかもしれません。

 ドル/円は、メキシコへの制裁関税見送りのニュースと米利下げ期待による株価上昇によって円安に動いていますが、1ドル=107円台からの戻りの勢いは米国株と比べると鈍い状況です(5月値幅の約25%弱)。ドル/円は、FRBが利下げをしても解消されないものは残ることを感じ取っているための値動きなのかもしれません。

5~6月の各国中央銀行の金融緩和政策

日時 金融政策
5月 7日 マレーシア中央銀行が3年ぶりの利下げ
8日 ニュージーランド中銀が2年半ぶりの利下げ
9日 フィリピン中央銀行が6年半ぶりの利下げ
6月 4日 パウエルFRB議長が利下げを示唆
オーストラリア中央銀行が3年ぶりの利下げ
6日 インド中央銀行が3回連続利下げ